第13話 俺、今、女子議論中
さて、なんだか、その前の挙動不振だったのを誤魔化すかのように、ちょっと不自然な感じのキメキメのドヤ顔で、
「下北沢さんって、週末完成させたマンガに納得してないでしょ? だから元の体に戻れないんじゃ無いの?」
それを聞いて、
「…………」
一瞬、ぎょっとした顔になって、すぐに下を向く下北沢花奈。
どうやら図星のようだった。
——と言うか、俺もそうだと思ってたけどな。
この子は自分が描き上げたマンガに納得してないのだ。そして、たぶん、それが、体が戻らない原因に違いないって俺は思っていたのだった。
で、同じ考えの
「描き直して見ることはできないの?」
と続けて言うのだが、
「…………」
その言葉に更に下を向く下北沢花奈であって、——それを見て、俺はさらに確信を深めるのだった。
ああ。
この子は……
——絶対、自分の描き上げたマンガに納得していない。
そして、それをなんとかしなければならない。満足する形に書き直すことが、体を入れ替わるために必要?
いや、断言まではできないが、他に何か案があるわけでも無いし……
——とりあえず、それを試してみても良いのではないか?
俺は、そんな風に俺は思うのだった。
しかし、そんな提案に対して、
「…………僕には良くわからないんだ」
下北沢花奈はますます下を向きながら、力なく呟くのだった。
*
——よく分からない。
そう言った下北沢花奈であった。何が『分からない』のかは、いろんな気持ちを込めていそうな彼女のその一言だけからだと、意味が曖昧だった。でも、少なくとも、意味が彼女が描き上げたマンガのどこに不満を持っているのかははっきりとしていた。
それは俺の手が止まったところであった。俺が、この子の体に入れ替わり、——代々木と赤坂のお姉様方に監視されながら彼女の作ったプロットに従ってマンガを描いていた途中のことであった。
秋葉原で拉致されて、仕事場になっている下町のオンボロアパートまで連れていかれ、強制的に
それは——その執筆は——最初はスイスイと進んでいたのに、途中、秘書艦が提督の秘密を見つけて、自分の存在を消そうと決心するところから先にピタリと進まなくなってしまったのだった。
問題はそこ——それから先の物語に違いなかった。
誰かヒロインの一人に提督が心を決めるたびに宇宙が崩壊する、その袋小路から逃れるため、無数に繰り返したタイムトラベルもうまくいかず、ついには自分が無になろうとする提督とそれに付き合う秘書艦。
——この結末に、下北沢花奈はきっと納得いっていないに違いないのだった。
たぶん、——だから、手が勝手にすいすいと動いて描き続けていた下北沢花奈=俺のマンガ執筆は、宇宙崩壊の原因たる提督が、無に還ろうと決心するあたりからピタッと進まなくなってしまったのだった。そこから先のストーリーに、彼女が納得していないに違いないのだった。
つまり、提督が、もしくは秘書艦が無に帰るのをよしとしない?
下北沢花奈はそう思っているのだった。
だが、
「ともかく、下北沢さんがマンガの
と俺が言ったのに対して、
「……他にどう言う結末にすれば良いのか、僕は思い付かないんだ」
このままじゃ納得いかないと思っていても、じゃあ他にどんなストーリーにすれば良いのか? 彼女にはそれが思い付かないようなのだった。
そして、
「でも、ともかく描きなおした方が良いんじゃないの? そんな
あいつの問いかけに、
「それは…………」
複雑な感情をいろいろ内に押し込んで、葛藤しているかのような顔で絶句する喜多見美亜=下北沢花奈。
そんな彼女を見ながら、
「嫌で済めば良いけどな……」
と俺が言えば、
「——はい? 『嫌で済めば』って、好きで描いてる同人誌なんでしょ? 嫌な思いしてまで出さなくても良いじゃ無いの? 納得できない形で自分の作品が世にでるのなんて嫌に決まってる——私はそうよ。いえ、みんなそうじゃないの? 下北沢さんもそうでしょ?」
と、俺に批判されたと思ったのか、少し声をあらげながら、あいつが言えば、——ちょっと逡巡しながらも、微かに首肯する喜多見美亜=下北沢花奈。
それを見て、俺も首肯しながら言う。
「——そりゃ俺もそう思うけどな。自分が納得しないものが世に出て、それで自分が、良きにしろ悪しきにしろ、評価を受けるなんて嫌だな。それは結局、自分が自分で無い何かとして、世の中に見られているってことだろ。そんなの『自分』と言うものを殺してるのとおんなじだ。——俺も嫌だな。そんなことになるのなら、むしろ、世の中に自分の作品なんて出さない方が良いって思うよ」
「はあ? じゃあ。なんで『嫌で済めば』なんて言うのよ」
ちょっと、と言うか、かなりイラついた様子のあいつ。
だが、
「それはな、俺やお前や、下北沢花奈なら『嫌』で済むけれど……」
「ん? じゃあ、全員『済む』ってことじゃない? じゃあ誰が『済まない』って言うのよ?」
「それは——斉藤フラメンコ先生なら——ってことだよ」
俺の言葉に、深く頷く喜多見美亜=下北沢花奈に、あいつはぽかんとした顔になるのだった。
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