終末の線路はどこまでも

郁崎有空

第1話

 トラックの小汚い排気音と揺れと暗闇が感覚を支配するなか、灯花ともかの手の温もりだけがわたしを落ち着かせた。

 灯花は既に眠りについていて、すうすうと寝息を立てている。目が慣れてようやく見れるようになったその姿を、わたしはずっと見つめている。

 幼馴染で、六の頃から中学の今までずっと一緒だった。今までどんなことだって二人で乗り越えてきた。

 こうしていれば、やがては眠れる気がした。一人だったらきっと、ずっと眠れる気がしなかったから。

 ふたつに縛ったおさげ、まだ幼さを残した顔、そよ風のような吐息、わたしより小さめで柔らかな手、小枝のようにしなやかな指。

 灯花を見つめているにつれ、高鳴る心臓の鼓動で逆に目を冴えていくような。それでも、それならそれでいいような気がした。

 荷物がわたしたちの目の前で、ガタガタ小刻みに震え続けている。わたしたちが生きるための、わずかな貯蓄だ。

「線路は続くよ、どこまでも……」

 そう、線路は続いている。

 安寧という名の駅のない、果てのない線路は今も続いている。




 砕けた音とともに前に投げ出され、わたしは目を覚ます。わたしはいつの間にか眠っていたらしい。

 しかし、着いたにしては乱暴な起こし方だった。外ではクラクションが鳴りっぱなしでやかましく、荷台の扉が開けられる様子はない。

 わたしは背後に振り返り、なるべく大きく声をかける。

「おーいヤーさん! どうしたー!」

 ヤーさんはトラック運転手の八島さん。とある事情で最近出会った、どこか気のいい三十くらいのおじさんだ。「ここ最近は運転中に酒が飲めて良い」とか言っているが、酔ったままでもちゃんと運転の出来る腕の立つ人だった。

 返事は返ってこなかった。ここまで乱暴な止まり方は初めてだったし、なにかがあったのだ。

 まだ握っていた手を離そうとすると、ちょうど灯花の目が覚めた。

「もう着いた?」

「分かんない。ちょっと見てくるからここで待ってて」

「そういえば、さっきからクラクションうるさいね。もしかすると、道路でシカさんが通せんぼしてるとかかもしれないね」

「うん。とにかく、勝手に外に出ないでね」

 わたしは灯花に絡めた指をほどいて離し、コンテナ内に掛かった斧を手に取る。いざという時のために、旅先で拝借したものだ。

 そして今がその時だった。

 斧の使い方は森である程度練習したことがある。「俺がもし事故った時は、これ使って外に出ろ」と言われて、何本かを練習に使った。結局腕力が足りず一本も折れなかったのだが、今はそうも言ってられなくなった。

 扉の隙間の中央になるべく狙いをつけ、垂直に叩き込む。隙間と水平に叩き込むほうが楽だろうが、この向きでしか使ったことがないのだから仕方がない。わたしが剣道をやっていたら隙間を外のかんぬきに直接刃を叩き込めたかもしれないが、あいにくわたしは文化部だった。

 数十回(手が痛くて回数もまともに覚えていない)かけてようやくかんぬきが外れた。元々古いトラックだったのが幸いだったし、新しいトラックだったら斧のほうが先に刃こぼれを起こしていたと思う。

 ここのところ油の差していない扉は悲鳴のような音とともに開き、外の景色がばあっと広がる。

 ひと気のないビル群と、整然とした街並み。夜なのに電気はすべて消えていて、星が自らの輝きをここぞとばかりに主張していた。

 コンテナを降り、懐中電灯を灯して運転席に回る。光をそこに当てると、わたしは恐ろしい光景を目にした。

 率直に言えば、トラックの前方は抉り取られて消えていた。トラックはコンテナだけを残して、前方の車に衝突していた。

 周囲は静まり返っていた。少なからずこの近辺に残っているのは、わたしたち二人だけになってしまった。

 空を見上げた。闇と星と月だけが変わらずあり、ヤーさんを連れ去ったものは既に消えていた。

 今でも忘れない。終わらない苦行の線路を敷いた『鉄塔』のことを。



 暗い暗いトラックの中、三角座りでじっと待っていると、懐中電灯の光とともに、一つに髪を結んだ女の子が帰ってきました。彼女はわたしの幼い頃からの友達で、きりちゃんです。

 桐ちゃんは血相を変えて横にあった手提げカバンを手に取り、わたしの手をぐいと引きました。

「こっからは歩くから」

「どうしたの?」

「……ヤーさんちょっと遅れるみたいだから、先に行っててってさ」

 桐ちゃんは淡々と、早口でそう言いました。これは長年桐ちゃんを見てきた上で思ったことですが、彼女は何か急いでるような、そんな気がしてならないのです。

 理由は分かりませんが、何か急ぐようなことがあったと見えます。

 わたしもリュックサックを手に取って急ぎます。桐ちゃんのカバンは学校で使っていたやつで、わたしのは旅先で手に入れて使い始めた新しいやつです。わたしも最初は学校で使っていたものだったのですが途中で無くしてしまって、ショッピングモールにあったものを使っているといった感じです。

 先に行ってるということは、この中の積まれた荷物としばらくの間はさよならしなくてはいけません。そこでわたしは、段ボールの中から板状のものと缶詰をいくつかリュックサックに入れました。

 桐ちゃんが怒るかなと思いましたが、偶然にも桐ちゃんも真剣な顔で同じことをしています。桐ちゃんのちゃっかりさんの一面が見られて、何か嬉しいです。

 トラックから出ると、明かりひとつないビルのシルエットがずらりと広がり、代わりに満天の星空と月がキラキラと輝いていました。

 夜にもかかわらず、虫のさざめく音ひとつありません。少し前からずっとこうなのです。

「シカさんいた?」

「……うん。渡り終わるまでに結構時間がかかるみたい」

「そっか」

 わたしは桐ちゃんの背後についていきました。シカさんが通ってるからか、わたしたちも遠回りをするようです。

 退屈しのぎに、桐ちゃんの服の裾を引く。

「ねえ桐ちゃん! 星綺麗だね!」

「まあ、うんざりするほどにね……」

「えっ」

「ごめん、なんでも……明かりがないと、すごく星が映えるよね」

 桐ちゃんは苦笑いしてそう言いました。

 桐ちゃんは時々、どこか悲しそうな顔をします。だからわたしが笑ってないといけないと、その度に思うのです。

 常にわたしの前を立ち、わたしを導いてくれた桐ちゃんだからこそ、こんなに頑張れます。旅を始めたあの時も、お互いつらいはずなのに、それでも桐ちゃんは涙を拭ってわたしを連れだってくれました。

 だからわたしも、この旅が終わるように桐ちゃんを助けられるようになりたいし、旅が終わるまでそばに居られたらと思うのです。



 連なるビルの中から、自動ドアをハンマーで割って適当に入る。かつて人のあった形跡ははっきりと残っているが、長いこと放置されて埃が溜まっている。鉄塔がわたしたちの街を襲ったのは十七日前だが、地域によって日がだいぶ異なるとかなんとか。

 始まりは遠くの国の地域での集団蒸発だ。1ヶ月前、謎の構造物が多数墜落した3日後のこと。墜落地点周囲の人間が一斉に姿を消した。数時間後、海外で上げられたある動画に、消滅した地域の光景と聳え立つ長い四脚の未確認物体が確認された。まさにそれが、『鉄塔』である。

 まあ詳しいことは割愛で、今ある現状が鉄塔のもたらした結果だ。人がほとんど消えた今では事実をいくら知っても意味がない。

 電気は全く付かなかったりするので、夜は懐中電灯が必須だったりする。都市のくせに一帯はいつも圏外なので、暗い時は早く寝るに限る。

「それじゃ、今日はここを寝床にしよう。雨でも降ったら大変だし」

「えっ、いいの? ヤーさん寝てる間に着いちゃわない?」

「……まあ、1日で着ける場所じゃないから。暗いといろいろ危ないでしょ」

「そっか」

 灯花は納得して非常階段を上がる。内部に行くと、寝床にしやすい部屋がいくつかあるはずだ。

 暗闇に懐中電灯は心もとなくて、早く部屋を探してしまいたいという衝動に駆られる。もう何かがいる恐怖に怯えるだけ無駄だと分かっているのに、わたしの心はどこか急ぐ衝動でいっぱいだった。

 いくつか先にある部屋を確かめた灯花が声を上げた。

「ねえ桐ちゃん! この部屋、床がふかふかっぽいよ!」

「本当に? そんじゃ電池もったいないし、そこにしよっか!」

「うん!」

 わたしは灯花のもとに急ぎ、部屋に入った。



 寝床を見つけて早速ですが、桐ちゃんとわたしは寝袋を用意して、部屋の真ん中で寝ることにしました。先ほど確かめてみましたが、部屋の照明は完全にダメになってるみたいです。

 食事は先ほどこっそり持っていった缶詰ひとつとチョコレートを四分の一で済ませました。チョコレートはどうもこの国のものじゃないらしく、近々怪獣騒ぎとかで多く輸入されてきたものだとか。正直、今まで食べたチョコレートの中で一番の不味さを誇る気がします。

 桐ちゃんいわく、「日本のチョコレートは味と口溶けを良くしたために、代わりに日持ちしなくなって保存食に向かない」とのことです。ということは、しばらくの間はチョコレートといえばこれということになります。そう思うと、何か寂しくなってきました。

 美味しくないチョコをもそもそ食べてしょげていると、桐ちゃんのしなやかで柔らかな腕がわたしの肩へと回されました。

「どうしたの桐ちゃん?」

「大丈夫。きっと、どうにかなるから」

「……うん、分かってるよ」

 桐ちゃんはここ最近、わたしを慰めてくれます。しかし実際は、わたしが桐ちゃんを慰めているのではと思わなくもないのです。桐ちゃんのそのふんわりした言葉を聞くたびにわたしの不安は高まり、逆に桐ちゃんはどこか心のもやが晴れたような顔をするのです。

 いつからでしょうか。桐ちゃんがわたしが憧れるに遠く及ばない、弱く繊細な女の子なんじゃないかと思うようになったのは。もちろん桐ちゃんのことが嫌いになったわけではないのですが、自分を励まそうとする情けない桐ちゃんを見るたびに目を背けたくなるのです。

 大災害が起こったあの日、わたしはわけがわからず呆然としているなか、桐ちゃんはわたしの手を引いて、その日から長い旅が始まりました。目の前で自分の家が倒壊するさまはとてもあっけなく、家族がどうなったかは分かりません。というより、あまりにも一瞬の出来事なので、この記憶がどうもおぼろげなのです。

 その日から、頼りになる桐ちゃんの情けない姿を見ることが多くなりました。言ってることはいつも通り心強くても、異様に増えたスキンシップが裏腹の面を浮き彫りにするような、とにかく嫌な方の桐ちゃんです。

 わたしは抱きしめられるなか、悶々と浮かぶ感情を振りはらってなすがままになりました。そして、それがしばらく続いた後、その腕は解かれて桐ちゃんはいそいそと寝袋に入りました。そこには、年相応の少女の可憐さみたいなものが見られます。

 先ほどのチョコレートとは違う、どこか苦いものを感じながら、わたしも寝袋に入りました。



 かすかな足音に目を覚ます。風の音とわたしたちの寝息以外は聞こえないはずのこの世界で、足音は異様に目立った。

 革の鳴る音、靴底が床を鳴らす音、衣擦れ、物がかさばる音、部屋の向こうで扉の開く音。

 灯花の手をそっと離して寝袋から出ると懐中電灯とハンマーを持っていき、ゆっくり扉を開ける。扉にぐっと力を入れる前に、思いきり開け放たれた。

「よかった。まだ人がいた」

 重いリュックを背負った背の高い女性が見えた。わたしはハンマーを身構えて、距離を取る。

「待って待って! 私べつに夜盗とかじゃないから!」

 女性が慌てて両手を上げるのを見てこちらも構えを解き、女性はほっとして胸を撫で下ろす。

「寝起きならごめんなさい。だいぶ歩いてきたけど、まさか本当に人がいたのね」

「……いやまあ、こちらも」

 気まずさに懐中電灯を持った手で頭を掻く。

「ところで、一人だけ?」

「いえ、もう一人います。あともう一人いたんですけど、昨日連れ去られて……」

「あぁ……」

 鉄塔には秘密だらけだ。人を連れ去る目的も、方法も、基準も。

 多分、この人もわたしたちと同じ類だ。この地球の生物のほとんどが消えたなかで、わたしたちが今もここにいる理由。何故か鉄塔は一部を明らかに感知しないようだ。

 女性は懐中電灯を消してそっと部屋に入り、寝袋を避けて部屋に入った。重そうなリュックサックを下ろすと、中からシャーペンとノートを取り出した。

「そこで電気つけないでくださいね。多分もう一人寝てると思うので」

「……わかった。まあ、急ぐことじゃないから」

 女性はノートを隣に置いて、三角座りをする。明け方も近くなった上に少し目が慣れてきたので、何をしてるかなんとなく分かる。しかし、表情までは分からない。

 懐中電灯を消して扉を閉じ、静かに寝袋に入る。日が明けるまでは寝て過ごすのが一番だ。

「あれ、また寝るの?」

「日が昇りきるまでは、外出ても電池の無駄ですしね」

「……よくこんな状況で寝られるものね。死にたくならない?」

「まあ……生きられる限りは生きるつもりです」

 問いかけに率直な返事を返して目をつぶる。自然に隣の手を握り直し、再び眠りにつく。



 寝袋から起きると、桐ちゃんは未だ眠っていました。繋いだ手はまだ離れていないようで、わたしは起こさないようにそっとそれを離して、身体を起こしました。

「どもども」

 目を覚ますと、桐ちゃんとは逆側に知らない女性の方が座っていました。あまりにも自然に座っているもので、思わずビクリと後ずさってしまいました。

「いや、そっちの子に夜中に入れてもらったものでね。突然でびっくりするかもしれないけど」

「あは、そうですか……」

 その女性は、真剣な表情でノートに何かを書いていました。気になっていたのですが、なんとなくあまり聞いていいものではないような気もして、結局違うことを訪ねました。

「一人ですか?」

「まあね。知り合いはみんな連れ去られたから」

「連れ去られた……?」

「あれよ、あれ。鉄塔。知らない?」

「鉄塔……?」

 わたしが知っているのは「何か大災害が起きた」ということですが、鉄塔の話なんて知りません。桐ちゃんからはそんな話、何ひとつ聞いてませんでした。

「一時期ニュースになってなかった? 鉄塔って呼ばれる巨大な宇宙人が、人を連れ去っているって」

「……怪獣のやつですよね。でもあれ、桐ちゃんがガセだって」

「いやいや、まさか! ガセだったらこんなに人は居なくならないって!」

 わたしは寝ている桐ちゃんを睨みつけました。なんのために、こんなつまらない嘘をついたのか。

「まあ、後から知ってパニック起こされると困るから——ってことは、言うのはマズかった?」

「いえ、別に……」

 世界がどうなっているかなんて、正直どうでもいいのです。ただ、わたしの中の桐ちゃんの姿が醜く歪んでいくのが許せないのです。

 桐ちゃんがわたしにつまらないことでわたしを騙したという、その事実が許せないのです。

 わたしは隣に座る女性に目を向けると、女性のペン先を走らせる手が早まり、シャーペンとノートを置きました。

「……まあ、問題ないよね」

 女性がボソッと言いました。この世に絶望しているような、そんな仄暗い声に変わると、女性がふと立ち上がりました。

「運動がてら、ちょっとビルの中を散歩してみない?」

 先ほどとは違う最初の時の明るい声で、女性が言いました。

 わたしはその問いに、立ち上がって答えました。



 寝袋に入りやすいラフな格好のまま、部屋の外に出ました。

 ビルの中は日が昇った今も薄暗く、電気がないだけでこんなに変わるのだと感じられました。懐中電灯を点けるまでもないですが、明るい気分になれるほどでもありません。

 わたしは周りを見回して、特に何もない、がらんどうの景色を楽しみました。

「良かったの? もう一人の子を置いていって」

「いいんです。桐ちゃんが一方的に、わたしのことを思ってるだけですから」

「…………」

「それに、わたしがちょっといないくらいで泣くこともないでしょ。桐ちゃんもわたしも、もう子供じゃないんで」

「……ここでいいか」

 女性はボソリとまた仄暗い声を呟きました。

「えっ」

 気づくとわたしは片腕を壁に押さえつけられました。後頭部を打ち付けた痛みから間もなく、ゴム紐のズボンの中に手が忍び込むのを感じて、わたしもすぐに抵抗します。しかし、どっちの手も振り払えず、敏感な部分を指がなぞりました。

 わたしは頭が真っ白になり、腰が引けて抵抗できなくなります。女性の下卑た表情が一瞬見えてすぐに目を閉じると、何かが口を塞ぎました。

 柔らかく、粘ついていて、生暖かい。口腔にざらついて濡れたものがねじ込まれ、わたしの舌に絡みつきました。それが唇と舌だと、すぐに分かりました。

 息は荒くなり、声が漏れ、涙がじわりと出るのを感じて、下着が湿っていく感触に支配されていきました。

「私、正直言うと最後は誰でも良かったの」

 女性が無抵抗なわたしの手を離して、下着まで脱ぎました。逃げようと思いましたが、身体が覚束なく間に合いません。

 下着までも脱がされ、わたしの肢体に女性の身体が重なりました。身体を撫でていく指がわたしの理性と人生を壊していくようで、それに逃れようとするも、それは徒労に終わりました。

 わたしはその指に、その生身に身を委ね、全てを壊されるのを覚悟しました。そして、柔らかくおぞましい醜悪な肉塊は、生暖かい吐息でわたしの首筋をくすぐり、わたしの上を揺さぶり嬲り——。



 人が脅威になるとは思っていなかったので、まさか生きてるうちに人を殺めることになるとは思うはずもなかった。

 血に濡れたハンマーと、陥没した後頭部。かつて生きていた、女性の姿だった。

「大丈夫?」

「…………」

 灯花は泣きそうな表情でぐったりとしていた。わたしは今は亡き女性の重い肉塊を何回にも分けて蹴り飛ばし、一糸纏わないその姿をすぐに抱きしめた。

「桐ちゃん……」

「ごめん、わたしがあんな人を入れたばっかりに……」

「いや、わたしもあの人も逃げようとしてたから……」

 きっとわたしが頼りなく見えたのだろう。そんな重荷を背負わせたことに後悔する。

「ねえ桐ちゃん」

「……何?」

「わたし、最後は綺麗に締めたいって思ってた。だから、今の桐ちゃんとなら……」

 灯花の腕がわたしに回される。思えば、小学生の頃以降、灯花の腕で抱かれたことがないことを思い出す。

 重力が、引力が、わたしを灯花の方へ引き寄せる。お互いに引き合い、結び合い、悦びで心が満たされる。

 もはや先に到着駅のない苦痛の線路を、ここで終点にした。



「エンディングだよ」

「……うん」

「桐ちゃん、どうだった? 今までの人生」

「色々あったけど、幸せだったよ。最期まで、ずっと」

 鉄塔に選ばれなかったのは、綺麗な最期を迎えるためのチャンスだったのかもしれない。屋上の縁でそんなことを思いながら、わたしと灯花は手を繋ぐ。

 強いビル風が引き返すことを誘うが、わたしたちは迷わない。

 一歩先を行けば終点だ。コトの解決にはなっていないが、最期くらいは綺麗に締めようと決めたから。

 ゆっくりと、その先へ踏み出した。重力がわたしを押しやり、奈落へと落ちていく。それでもなお、握った手と手を意識が続くまで、絶対に離しはしなかった。

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終末の線路はどこまでも 郁崎有空 @monotan_001

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