アカの家

蒼海すばる

アカの家

私は目覚めていつものように「おはよう」を言う。


  違和感。


返事がない。いつもなら、起きているはずの時間なのに…と、そう思った。


不思議に思い、リビングへと向かった。

リビングには、見慣れない…いや、見たことのない赤い…紅いカーペットが敷いてあった。


私はその紅いカーペットを見て酷い頭痛と目眩に襲われた。

(…な、何!?)

私はとにかく、その場を離れようとして、無意識のうちに玄関へと歩いていた。


玄関へたどり着き、ドアに手をかけ、外へ出ようとする。が、ドアはびくともしない。鍵は空いている。


私は不審に思った。

鍵が空いているのに、空かないドア。見覚えのない紅いカーペット。


ふと、私は気づいた。

目が覚める前の私の記憶が欠けていることに。


自分自身の名前すらも、覚えていなかった。


思い出そうとすると、記憶に白い霞がかかっていて、どうしても思い出せない。


けれど、これだけはわかる。ここは私の『家』であり、ここに住んでいたことだけはわかる。…誰か一緒に住んでいたような…?


駄目だ…、思い出そうとすると記憶の霞と共に頭痛がする。


私はひとつため息をつき、欠けた記憶の手がかりを探すため、辺りを見回した。


普通の玄関だ。

下駄箱の上に、白い猫と黒い猫の置物があるくらいで、他は普通の玄関だった。


私は、あまり気は進まなかったがリビングへと戻った。

この部屋は、なるべくならいたくない。

なぜだかそんなふうに感じさせる部屋だった。


見慣れない紅いカーペット以外は、何となくだが見覚えがあるように思う。


本棚に置かれた、小さな猫の白磁の置物。目には、エメラルドの石がはめ込まれた繊細な作りの置物だ。テーブルの上に置かれた、読みかけの小説。日当たりのいい窓辺に置かれた、観葉植物。白いソファ。


私は一通り、リビングを見渡してから二階の部屋へと向かった。


二階の部屋は寝室だった。

淡い蒼のシーツのダブルベッド。ベッドの傍らに置かれたチェスト。その上に置かれたランプ。白いドレッサーに、クローゼット…。


私は疑問を抱いた。

私は誰かとこの家に住んでいたような気がする。それが家族なのか、恋人なのか、親友なのかはわからない。だが、一緒に暮らしていた。一緒に暮らすほど親しい関係ならば、写真の一枚くらい飾ってあってもおかしくはないはずだ。

けれど、この部屋にも、リビングにも、玄関にも、写真は飾っていなかった。


私は欠けた記憶を取り戻す鍵は【写真】だ、と思い慎重にもう一度部屋を見渡した。見落としがないように。


玄関へ行き、写真を探す。

玄関にもなかった。


(ここにもない。となると、やっぱり…)


私はリビングへと移動した。見落とさないよう隅々まで探した。


…。………。見つけた。


テレビ台の上に置いてあった、ガラス細工の写真たて。何で今まで気づかなかったのだろうか。


ガラス細工の写真たてに飾られた写真には、二人の若い男女が笑顔で写っていた。


一人は私。もう一人の男の方は…。


─────プツンッ───────


何かが切れるような音がした。と、同時に記憶が甦った。


写真の男は私の恋人で、私たちは同棲していた。とても仲が良かった。…はずだった。

いつからか、あの人は冷たくなっていった。


そして、あの日─────。

私は彼に殺された。


〈好きな男の手で殺されるんだ。君も嬉しいだろう…?〉


私が最期に聞いた、彼の言葉だった。

欠けていた記憶が一気に戻り、私はよろめいた。


──ヌチャ…──


足にまとわりつく、嫌な感触。

その感触で、私は「ああ、そうか…」とひとりごちた。


リビングにあった、見覚えのない紅いカーペットはカーペットではなく、私の血。殺されたときに流れた、私の血。


………彼は今どこにいるのだろう?


────────


一人の男の死体が見つかった。ズタズタに引き裂かれた死体のそばに、男のものとは異なる血で《私を殺したあなたを怨みます。私に言ったことをあなたにそっくり返します。好きな女に殺されるの。あなたも嬉しいでしょう?》と、書かれた紙があった。


警察の捜査の甲斐あって、男の死体のそばにあった血文字は一月ほど前に死体で発見された、今回殺された男と付き合っていた若い女のものだとわかった。


詳しく調べていくと、男は行きつけのクラブの若いホステスに貢ぎ、男女の関係にあったのだという。

段々と付き合っていた女が邪魔になり、遂には撲殺し女の死体を県境の山で遺棄した。


そして、数日後。


男が貢いでいたホステスが、殺人の容疑で逮捕、起訴された。

ホステスがいうには、

「服とか色々買ってくれるけど、どれもやっすいブランドだし。でも?ウザイから一回だけ寝てあげたのぉ。そしたらさぁ、何を勘違いしたのかわかんないけどアタシがほかのお客接客してたら『こいつは俺の女だ』って、怒鳴ってきて。ほかのお客と揉めるし、いい加減ウザったくなってさぁ。」


「殺っちゃったんだよねぇ。…くすっ…あはははは」


…と、殺人については認めているが血文字についてはわからないと言う。


─────────────────────


「私」は、記憶が戻ってからあの『家』から出ることは出来たのだろうか…?


もし…『家』から出られたのだとしたら…。

男の殺された現場に残っていた血文字は、もしかしたら…。


「好きな女に殺されるの。あなたもきっと、嬉しいでしょう?…ふふふ…。ははは…、あははははははは…」

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アカの家 蒼海すばる @sora-aomi_steller0531

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