美少女怪盗マスク☆ヴァン~校長の長い友達/華南蓮


 2学期も半分以上を過ぎた頃。

 体育祭も文化祭も終わって、退屈していた俺と蘭子先輩は校長室に呼び出された。


「よく来てくれたね、明智くん、小林くん」


 きっちり固めたオールバックと、整えられた口ひげがダンディな校長が、窓を背にして俺たちを見た。

 逆光のせいで、まるで秘密組織の黒幕みたいだ。無駄に迫力がある。

 俺の背中を冷や汗が伝う。今日はいったい何だろう。

 やっぱり、先日、理科室の人体模型『鈴木くん』盗難事件のときに、ちょっとばかり爆発させたのが悪かったのか。

 いや、でも、あれは『マジカル☆ヴァン』のせいであって、断じて俺は悪くねえ!

 とはいえ、怒られる前に謝る。それが俺のジャスティス。俺は蘭子先輩の前に出ると、勢いよく土下座した。


「すんませんっした!! 悪気はなかったんですけど、マジカル☆ヴァンを捕まえようと焦るばっかりに……」

「ん? 君は何を言ってるんだね? 今日、君たち探偵部を呼んだのは、頼みがあってのことなんだが」

「……へ?」


 間抜け面で顔を上げると、蘭子先輩がやれやれと呆れ顔で肩をすくめた。

 そして、蘭子先輩はポケットからシガレットチョコを取り出し、くるくると指で弄び始める。……怒られても知らないぞ。


「ふむ。我が探偵部にご依頼とは……何かお困りのご様子。安心ください。校長の憂いは、この明智蘭子が探偵部の名にかけて晴らしてみせましょう!」

「助かるよ。では……これを見てくれたまえ」


 校長が懐から取り出したのは、かわいいピンクの封筒だった。ゆるキャラのイラストが印刷されている。そこには、こう書かれていた。


『明日、12時15分。校長先生の大切なもの、いただきに参ります♪ 美少女怪盗マスク☆ヴァン』


手紙を読んだ蘭子先輩の目が、らんらんと輝き始める。


「なるほど! これはこれは……確かに我が探偵部の出番ですね! で、その大切なものとは?」

「う、うむ……そ、それは……」


 校長の目が泳ぎ、一点で止まった。そこには、小さなメダルが飾られていた。蘭子先輩がぱっ、とそのメダルを手に取る。


「ふむ! 私の推理によると、校長の大切なものとは、このゴルフ大会の優勝メダルですね!」

「そっ、そうそう! その通りだよ、いやー、さすがは明智くんだ!」

「くふふっ、いやー、それほどでもありますよ!」


 ものすごいドヤ顔を決める蘭子先輩。大丈夫かなあ、この人、すぐ調子に乗っちゃうからなあ。


「では、これを明日の12時15分までお守りすればよいのですね?」

「ああ、頼んだよ、明智くん、小林くん」


 その日の放課後。

 俺が自分の部屋でゲームをしていると、いきなり窓ががらっと開いた。そこから、ひょっこりと見飽きた顔が入ってくる。

 幼なじみの平井飛鳥だ。


「やっほー」

「やっほー、じゃねえよ。窓から入ってくんな。玄関があるだろ!」

「えー、だってめんどくさい。こっちから来た方が早いじゃん」


 よいしょっと窓枠を越えて入ってくる、隣の幼なじみ。って、おい、しましまパンツが見えてる! 見えてるから!

 慌てて目をそらす。しかし、この傍若無人な幼なじみときたら、俺の気遣いに気づくこともなく、押し入れを漁り始める。


「あんたさー、釣りしてたことあったよね?」

「あったけど、なんで?」

「ちょっとねー。今度の『仕事』で使いたいから♪」


 飛鳥がにやっと笑う。あー、これは絶対、ろくでもないこと考えてやがる。しかも、こいつが『仕事』と言い出すってことは……。


「お前……校長から何を盗むつもりなんだよ」

「はっ!? なんで、あんたが知ってるわけ!?」

「校長から探偵部に依頼があったんだよ。『大切なもの』を守ってくれってな」

「あいつ……余計なことを。はっ! あんた、まさか、またあたしの邪魔をしようっていうわけ?」

「おいおい……しかたないだろ。俺は探偵部なんだからさ」

「むー。あんな女の手下なんて、やめちゃえばいいのに!」


 ぷぅっと頬をふくらませて、飛鳥がそっぽを向く。

 そう、美少女怪盗マジカル☆ヴァンの正体はこいつだ。なんで、こんなことをしてるのかわからないが、飛鳥は怪盗をやめようとしない。

 つまり、今回も止めるだけ無駄ってことだ。


「なあ、せめて何を盗むか、だけでも教えてくれねえ?」

「やだ。あんたがあたしの手下になるなら、教えてあげてもいいけど?」

「無茶言うな」

「じゃあ、教えなーい! せいぜい、あの女にこきつかわれてれば~?」


 飛鳥がすくっと立ち上がり、押し入れから釣り竿を勝手に掴むと、窓から出ていこうとする。


「おいっ、だから危ないから、やめ……」

「うるさいなー。もう、あんたなんか知ーらないっ!」

 

 俺に向かってあっかんべーすると、飛鳥はまた窓から自分の部屋に戻っていった。

 だから……パンツ見えてるって。


 校長室の時計は12時10分を指そうとしていた。


「そろそろだな……」


 蘭子先輩が時計を見て、辺りに目を配る。机で仕事をしていた校長先生が、不安そうに顔を上げた。


「大丈夫かね。聞けば、マスク☆ヴァンは先月、理科室から人体模型を盗み出したというじゃないか」

「ご安心ください! 校長先生の『大切なもの』は私たちが、しっかり見張っているじゃありませんか」

「そ、そうだな。うん、私もしっかり身につけ……ごほん! いや、目の前にあるのは確認している。心配することなど何もないな!」

「ええ、そうですとも! そして、ヤツが現れた瞬間、この投げ縄で今日こそ、お縄にしてくれます!」


 得意げに蘭子先輩が投げ縄を握りしめる。そして、ポケットからシガレットチョコを取り出し、ぽりぽりとかじりだした。

 ひょいっと僕にも1本、差し出してくる。


「君も食べるか? 労働には当分が必要だろう?」

「いや、遠慮しますよ。……っと、そろそろ15分になりますよ、先輩」

「む……来るか」


 守るべきメダルを背にして、油断なく辺りを見回す先輩。

 窓か、それとも堂々と入り口から入ってくるか……。

 なんか、イヤな予感がするんだよな。


 カタッ。


 その瞬間、天井が小さく音を立てた。


「上だとっ?」


 蘭子先輩の声で、俺も校長も天井を見上げる。

 が、ときすでに遅し。

 釣り糸の先にぷらんぷらんと揺れる『校長の髪の毛』がつり下げられ、天井へと引き上げられていった。

 一拍置いて、校長が叫ぶ。


「ぎゃああああああ! 私の髪がぁぁぁぁぁぁぁ!」


 見れば、ダンディと評判の校長の頭は見事なまでにつるっつるだった。う、うーん、眩しい。目に痛いくらいだ。

 あっけにとられていた俺の腕を蘭子先輩が叩いた。


「少年、上だ! 足音を追うぞ!」

「はっ、はい!」


 蘭子先輩と共に、俺は天井から響く足音を追いかけ、校庭に出た。通風口から、埃まみれの女の子が飛び下りる。

 仮面をつけたその姿……美少女怪盗マジカル☆ヴァンだ。

 いや、仮面つけといて美少女ってどうなんだって気もするけど。


「ふっふっふっ、今日もあたしの勝ちね! それじゃ、校長の大切な『カツラ』はいただいていくわよっ!」

「待てっ!」

 蘭子先輩が投げ縄を放つけれど、一歩遅かった。マジカル☆ヴァンは軽々と塀を乗り越え、逃げていってしまう。


「逃げられた~っ! それもこれも、校長があんなくだらない嘘をつくからじゃないか~っ!」


 地団駄を踏んで悔しがる蘭子先輩。

 あー……これは、2、3日は荒れそうだ。駅前のケーキバイキングを予約しておいた方がいいだろうなあ。

 ため息をつく俺の目に、こっちに走ってくる校長の眩しい頭が輝いた。


 数日後。


「うげぇ……もう食えねえ」

 スイーツでいっぱいになったおなかをさすりながら、俺が自室で転がってると、また窓からひょっこりと飛鳥が顔を出した。


「あんた、いったい何したのよ」

「誰のせいだと思ってんだ。お前が校長のカツラを盗んだせいで、蘭子先輩のやけ食いに付き合わされたんだぞ」

「はぁぁぁぁっっ!? あんた、あの女とまたケーキバイキングに行ったわけ!?」


 だから、窓を乗り越えかけで止まるな! パンツ見えてるから!

 ……今日はピンクの水玉か。じゃなくて。


「あっ、あたしとも行きなさいよ! ううん、今すぐ行く! そしたら、校長のカツラくらい返してあげてもいいわよっ!」

「ちょっ、おまっ、無茶言うな! 口からケーキ出そうだっつの!」

「やだ! 行ーくーのー!」


 幼なじみの怪盗が、今度は俺の胃袋を全力で強盗しにかかった。腕を引っ張られて揺さぶられ、ケーキが溢れ出そうになる。


 開きっぱなしの窓からは、カツラをかぶった人体模型が俺たちを見つめていた。



 

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小説・アカシックリコード/水野良 他 NOVEL 0 @novel0_official

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