この店で、いちばん…
この店で、いちばん高価な品を。そんな買い物を、あなたはしたことがありますか?
……いえね。わたくしは、ほら、このとおり、「なんでも屋」などやっておりますでしょう? ええ。街の裏通りにある、こんな古い小さな店なのですけれど。あなたのようにたまたま通り掛かったお方が、ふらりと入っていらっしゃる。そんなことが、それなりにあるような店でして。……そう。こんな雨の日には、特に、ね。
あの日の奇妙なお客さまも、雨宿りがてら、看板を見て立ち寄ったのかもしれません。「なんでも屋」なら、探しているものが見つかるかもしれない――と思って。
あれは、雨降りの夜のことでした。
店番をしていたわたくしは、ふと、雨音に紛れて聞こえてくるノックの音に気づいたのです。まだ閉店時間ではありませんでしたから、店の入口のドアは開いていたのですけれど、ノックの音はいつまで経っても止みません。不思議に思って、わたくしはドアを開けに行きました。
ところが、ドアの向こうには誰もいない。そこにはただ、夜の雨に濡れた裏通りの景色があるだけでした。ますます不思議に思いながら、わたくしは、元通り閉めたドアに背を向けたのです。すると、なんということでしょう。店の真ん中で、いつの間にか、誰かが首を吊っているではないですか。
「この店で、いちばん重い命を頼む」
驚いているわたくしに、首を吊っているその人は、そう言いました。それを聞いて、ああ、この人はお客さまだったのかとわかりました。しかし、どうしたものでしょう。いくら「なんでも屋」とはいっても、わたくしの店で、あいにくお命の類は取り扱っておりません。
困っているわたくしに、その人は、さらに言いました。
「見てのとおり、私は首を吊ったんだ。でも、いつまで経っても死ねないんだ。それはきっと、私の命が軽すぎるからだと思うんだ。重い命さえあれば、その重みでちゃんと首が締まるはずに違いない。……だから、この店でいちばん重い命を売ってくれ」
それを聞いて、わたくしは、思わずこう言い返しました。
「あなたの命は、軽くなどありません」
すると次の瞬間、その人の首を吊っていたロープがちぎれ、その人の体は店の床に落ちて、そのままずぶりと頭の先まで、床の中に沈み込んでしまったのです。
……ところで、お客さま。申し訳ありませんが、その石に、そんなふうに肘を掛けるのはご遠慮願えますか? その石は――ええ。先ほどの話のお客さまが埋まっている、その場所の上にわたくしが立てた、墓ですのでね。
【終】
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