交差点のタネ
子どもの頃のことである。
気がつくと、家の庭の隅っこに「道」ができていた。
はじめそれは、テントウ虫が通れるくらいの、ひょろひょろと細い紐のような道だった。しかし、日が経つにつれ、道の幅はだんだんと広がっていった。一週間経った頃には、トカゲが通れるくらいの道に。一か月経った頃には、ウサギが通れるくらいの道に。そうして、一年も経った頃には、人ひとりが楽々通れるくらいの道になっていた。
ある日、私は思い切って、その不思議な道に足を踏み入れた。
その道は、ほかのどの道にも繋がっていない、一本道だった。立ち並ぶ家やビルや学校や、スーパーや工場や駅の隙間を縫うようにして、道はどこまでも続いていた。
その道以外、どこにも行くことができない道を、いったいどれだけ歩き続けたことだろう。
やがて私は、大きな交差点に辿り着いた。
その交差点の真ん中には、一軒の家が建っていた。
家の中には、一人の住人と、三人の客がいた。三人の客は、東の町からやってきた子どもと、南の町からやってきた子どもと、北の町からやってきた子どもだった。
西の町からやってきた私は、そこに四人目の客として加わり、彼らとお喋りしたり、いっしょに遊んだり、おやつを食べたりして、日が暮れるまで楽しく過ごした。
それからというもの、私はたびたびその不思議な道を通って、交差点の真ん中に建つ一軒家を訪れるようになった。一軒家に一人で暮らす寂しがりやの主は、遊びにやってくる私やほかの子どもたちのことを、いつでも歓迎してくれた。
「昔、この家の花壇に、交差点の種を蒔いたんだ。その種から芽吹いた小さな道が、今ではなんとも立派に育ったものだろう?」と、一軒家の主は、自慢げな顔で私たちにそう語った。
不思議な道をたどって、交差点の一軒家に遊びに行く日々は、しばらく続いた。
けれども、一つ、また一つと歳を取るにつれ、不思議な道に足を踏み入れることは、だんだんと少なくなっていった。それと共に、庭の隅っこから延びる道は、だんだんと狭く、細くなっていき、いつしか途切れて消えてしまった。
そうして、あの交差点を二度と見つけることができないまま、私は大人になっていった。東の町、南の町、北の町に住む三人の友達にも、交差点の真ん中に建つ一軒家の主にも、二度と会うことのないまま、彼らの顔も忘れていった。
+
ある日のこと。
家の庭の隅っこに、十字の形の種が落ちているのを見つけた。
枯れた道の「枝先」から落ちたのだろう、そのこぼれ種を、私は花壇に埋めてみた。
【終】
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