振り返らずにはいられない

 あるところに、人並み外れて目立ちたがり屋の男がいた。


 その男が、ある日、道端の自販機で飲み物を買おうとしたときのことである。缶コーヒーやスポーツドリンクに混じって、実に奇妙な商品が売られているのを、男は見つけた。


 その商品の名は――【願いを叶える悪魔】。


 興味を引かれた男は、その商品のボタンを押した。


 取り出し口に落ちてきたのは、一本のペットボトルだった。


 そのボトルの中には、小さな悪魔が一匹、入っていた。


「このペットボトルのフタを開けてくれたら、あなたの願いをなんでも一つ、叶えましょう」


 薄っぺらい透明な壁の向こうから、悪魔は男にそう言った。


 それに対して、男は迷わずこう返した。


「俺の願いは、いつでもどこでも、絶えず注目を浴びるような人間になることだ。周りにいる誰も彼もが、思わず振り返らずにはいられない、そんな人間に。俺は、見てのとおり平凡で、人の関心を引くような才能なんて、何一つ持っちゃいない。けれど、だからこそ、いつも人に注目されているやつが、うらやましくてたまらないんだ。……どうだろう。こんな願いを、本当に、叶えることができるのか?」


「もちろん。お安いご用です」


 それを聞いた男は、たいそう喜び、ペットボトルのフタを開けた。


 すると、ボトルの中から、シュポンと悪魔が飛び出した。


 同時に、ボトルの底から、コポコポと無色透明の液体が湧き出して、それは、たちまちのうちにボトルを満たした。


「その水を、願い事を思い浮かべながら、飲み干しなさい。そうすれば、あなたの願いが叶います。ただし、願う気持ちが強すぎると、思いもよらぬ結果を招いてしまうこともあるので、お気をつけて……」


 それだけ言い残して、悪魔は黒い翼を羽ばたかせ、どこへともなく飛んでいった。



 そのあと、男はペットボトルを持って、繁華街にある駅前へと向かった。悪魔が残したこの水の効果がどれほどのものなのかを、うんと人の多い場所に行って、確かめるために。


 人で溢れ返る駅前広場。その中心に立ち、男は悪魔に言われたとおり、願い事を思い浮かべながら、ペットボトルの水を飲み干した。


 その瞬間。周りにいる誰も彼もが、みんないっせいに、男のことを振り返った。横を向いていた人も、男に背を向けていた人も。


 ゴキッ、ボキンと、首の骨の折れる音が、何百、何千と重なって、駅前広場とその周辺に響き渡った。



【終】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る