第48話『決戦Ⅱ』

「くっ…!!」


 ザギュートは、激痛をこらえきれなかったのか、小さな呻き声を漏らすと、俺から遠ざかるように飛びのく。


 その隙に、俺は振りぬいた剣の勢いそのままに空中で後方回転し、膝を折ることで衝撃を吸収して音もなく地面に着地する。


 まるでサーカスのようなアクロバティックな動きだが、今の俺の身体能力をもってすれば容易いことだ。


 ザギュートは本気の闘志を秘めた、燃え盛るような瞳で俺を睨む。だが、その瞳にもはや恐怖は感じない。先ほどの攻防で分かったことだが、俺の魔力は奴のそれを大幅に上回っているからだ。


 優れた戦士として、彼我の実力差をより如実に感じ取ったのだろう、ザギュートからそんな声が漏れる。


「まさか、貴様の魔力がこれほどとはな。全くもって想定外だ…」


「あぁ、俺もそう思うぜ」


「これは、私の道もとうとうここまでかもしれんな…」


 そう言うと、ザギュートは哀愁をにじませたような儚い表情を浮かべる。だが、その様子が俺には気に入らなかった。


「お前たちが、お前たちが俺達の村に攻め込んでくるから悪いんだろうが!!そんな奴がそんな顔浮かべんじゃねぇ!!」


 俺はプレモーションもなしに、一気にザギュートへと切りかかる。


 その俺の姿を捉えたであろうザギュートは、手首を裏手に返すことでハルバードを右下段に構える。


「そうやもしれんな、だが我が理想のためにこの命燃やし尽くすのなら…悔いはない!!」


 ザギュートは、左足で一歩踏み込む。その力強い踏み込みに地面が揺れる。


 そして、俺の飛翔する身体の勢いも載せた右上段からの一撃に合わせて、豪速のハルバードが振われる。


 刹那、ガキィン!!、と両者の武器の衝突による衝撃音が響く。


 だが、その威力は完全に互角。グロッセスメッサーとハルバードは互いに大きくその身を後方へと飛ばす。


 グロッセスメッサーが後方へと意思に反して跳ねるのを感じた時、俺は驚愕に目を見開く。


 俺の魔力は確実に奴のそれを上回っているはずなのに、ザギュートのどこからこのような力が湧いてくるのか分からなかったからだ。


 俺は混乱した思考のまま、ハルバードによって押し出されるようにして、後方の地面に着地する。


 応対するザギュートの表情からは、溢れるような自信が感じられる。こいつは俺よりも弱いくせに何でこんなに自信満々なのかさっぱり分からない。


「大体、お前の言っている理想ってのは何なんだよ!!」


 今度は、水平に薙ぎ払いを放つ。


 蒼白の曲線が空中に刻まれる。


 だが、グロッセスメッサーは虚しく宙を切るだけだ。ザギュートは、俺の攻撃を読んでいたようにその四本の脚でどうやっているのか、バックステップを取ることで華麗に俺の一撃をかわすと、胸の内に猛る炎を放出するかのように吠えた。


「ふん、知れたこと!!この腐りきった帝国を改革し、民に豊な暮らしを取り戻させることこそが私の望み!!そのためになら、この命など惜しくはない。貴様にここで敗れ去ろうものならそこまでの話!!!!」


 直後ハルバードがその切っ先を俺に向けると、高速で俺に打ち出された。


 ザギュートは、俺に風穴を空けんとハルバードの鋭くとがった先端を一気に俺へと突き出してきたのだ。並みの魔物であれば気づく間もなく串刺しにされてしまうだろう豪速の突きだが、俺にかかれば回避可能な一撃にすぎない。


 俺は右足で一歩踏み出すと、その足に重心をすぐさま移動させ、右側に身体を倒しながら腰を左に捻ることで、ハルバードをかわす。突きによって引き起こされた一陣の風が左身に流れるのを感じる。


 そして左方向へと溜められた腰の捻りを一気に解放しながら、右方向へと回転の勢いに乗せて一閃。


 だが、そこでザギュートは上半身を大きく左に傾けることで俺の斬撃をかわすと、すぐさま伸ばしきっていた左腕を振り払うことで薙ぎ払いを放ってくる。


 俺は、その初動を確認した時点で、後方へと身体を投げ出す。背中スレスレのところをハルバードが通過したのを確認した後に、俺は地面に両手をつくと、勢いそのままに回転し両足でしゃがみこみながら着地する。


 その場から見たザギュートの瞳に映った闘志は、少しも衰えることがない。俺という絶対上位者を前にして一切引くこともせず、前しか向かずにぶつかってくるのだ。


 ザギュートのその強い気迫に、俺は飲み込まれそうになる。


 だから俺は必死になってザギュートに抵抗するしかない。


「帝国を救うなんて…。そんな子供の夢みたいなこと言ってんじゃねぇよ!!」


 俺は左足を踏み込み、その膝に力を溜めると、一気に右足を前に蹴りだしながら跳躍し、右方向へと高速で旋回しながらザギュートへと飛び込む。


 それを迎え撃つザギュートのハルバードが、闇に染まった赤色の光を放つ。


 武技の発動だ。


「《カラミティ・スラッシュ/惨禍の斬撃》!!」


 輝剣とハルバードによって、つんざくような金属音が二度響き、それに合わせて火花の閃光が大きくほとばしる。ザギュートの二撃によって、跳躍の威力を完全に相殺された俺はやむなく引き下がるしかない。


「チっ!!」


 渾身の一撃が容易くいなされてしまったことに俺はつい舌打ちする。


 だが、対するザギュートは一切余裕を崩すことがない。


「確かに、我が野望が子供の夢物語のようなものだということは私も自覚している。だが、お前も本当はそれを望んでいるんじゃないのか?」


「は!!??」


 剣を振りかぶろうとしていた俺の身体がピクリと止まった。そして、胸にブワっと嫌な液体のような、それでいて気体のようなものが流れ出す、そんな感覚が走った。


 何を言っているんだこいつは。


 俺は答えを求めてザギュートを見るが、奴は確信めいた表情を浮かべてこちらを静かに見つめてくるだけで、言葉を発しようとはしない。


 俺の頭の中には、戸惑いしかない。俺がそんな馬鹿みたいなことを思っているだって?俺の胸が、ドキドキとうずくのを感じる。だが俺は決して、そんな馬鹿気たような理想は抱いてなどいない。俺が守りたいもの、それは――。


「俺は、この村をこの手で守れれば、それでいいんだよ!!!!」


 俺は裂帛の気合を載せて、グロッセスメッサーを大上段から振り下ろす。型など気にせず、腕力にものを言わせただけの強引な一撃だ。


 だが、その威力は馬鹿にならない。


 大上段からの斬撃にザギュートはハルバードを合わせてくるが、完璧には受け止めることはさせない。蒼白の軌跡を空に刻むグロッセスメッサーが、大きく奴のハルバードを弾き、ハルバードの切っ先を下へと押し込む。


 俺は、この手でこの村を守る。


 それだけで十分だ。


 そのまま一歩前に踏み出すと、俺はグロッセスメッサーを奴の心臓に目がけて目にも止まれぬ速さで突き出す。蒼白の軌跡が、俺の右後ろから前方まで一直線に突き刺さる。


 だが、ザギュートはそこに来るのが分かっていたとでも言うように上半身を右に捻ると、グロッセスメッサーは、すんでのところでかわされる。


 ふとザギュートを見ると、その左手に握られているハルバードが、刺突の時を今か今か待ち構えるように構えられている。


「だとしたら何故そこまで動揺する!!」


 食らえば一発で致命傷になりかねない、そんな強力な刺突攻撃がザギュートの左腕から放たれる。


 だが、事前にその兆候を感じ取っていた俺は、またしても後方に大きく飛びのくことでハルバードに貫かれることを回避する。


 その跳躍によって、またしてもザギュートとの距離が少し開く。


 さすがにここまでの激戦によって、俺の息も切れ始めた。肺が空気を必死に取り込むために、そのポンプを急いで繰り返し伸縮させる。だが、それはザギュートをしても同じことのようだ。


 奴の額からは汗がにじみ出し、その逆立てられれた髪が濡れた重みで少し垂れ下がってきているし、その肩では荒い呼吸が行われている。


「別に動揺なんかしてねぇよ!!『フライング・エッジ/飛翔する斬撃』!!」


 俺の気勢に乗せて、さらに輝きを増したグロッセスメッサーによって描かれた三日月状の軌跡が、その場にとどまることなく高速で放たれ、ザギュートへと一気に飛んでいく。


「《リバースサイドレーン/魔の通り道》」


 だが、距離が空きすぎていたのか、三日月状の斬撃はザギュート武技によって容易くかわされてしまい、残像を伴うような速度で一気に後方へと回り込まれてしまう。


 俺が振り返るよりも早く、ザギュートは背後から囁くような声で俺に言った。


「しかし、お前は自分のことを勇者と言ったな。勇者というのは、苦しめられている民をその悪の手から救うものではないのか?」

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仲間殺しの勇者 前編 河原一平 @onepay39

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