第47話『決戦』

 さて、オレの役目はここまでだろうな。能力を全体的に向上させておいただけじゃないぜ、新しい武技も習得しといてやった。もちろん傷は全快。村の皆を守るんだろう?さぁ頑張れよ、タツキ。


 頭の中で自分の声が聞こえる。


 すると、一気に眠りが覚めた時のように、俺の意識が暗い湖の底からグングン引っ張り上げられていく。


 覚醒していく意識の中で、奴は一体何者だったのだろう、と俺は思う。俺の声を話していたが、間違いなくあれは俺の意思ではなかった。しかし、これだけ言っておけなくてはならないことがある。


 ありがとう!!


 心の中で礼を言った。すると、こんな声が聞こえた気がした。


 ふん、気にするな。俺も十分楽しませてもらったしな。もちろん、お前にもそれ相応の代償は払ってもらったが。まぁ、今回はまけてといてやったぜ。


 気のせいかもしれないが、そうじゃないかもしれない。機会があれば、また話してみたい。


 浮上していく意識の中で、俺は気付いたことがあった。それは、俺の中の声が先程話していたように、またさらに自分の力が増した気がすることだ。


 これだけの力があれば、いけるかもしれない。


 そんな思いを胸に、俺は閉ざされていた瞳を一気に開いた。


 しかし、俺の目の前に広がる光景は先ほどまでと変わらないように思えた。いや、しかしよく見てみると細部に違いがある。


 確かに、俺の前に立つのは先ほどと同じくザギュートだ。しかし、その身体は、俺が『フライングエッジ』でダメージを与えたのが嘘のように完治してしまっている。


 その姿を見て、俺も急いで自分の身体を確認したが、驚いたことに一切の傷は見られなかった。そのあまりの無事っぷりに、本当に先ほどまで俺が死にかけていたのか分からなくなってしまう。


 そして俺の右手に握られているのは、輝剣グロッセスメッサー。グロッセスメッサーは変わることなく、青白い自然な光をその刀身から放っている。しかし、その輝くような刀身には、先ほどには無かったはずの、血痕が付着していた。


 ザギュートははジリジリと俺への距離を詰めてくる。こちらの様子を窺っている様子だが、何よりも様子を伺いたいのはこちらの方だ。俺も、徐々に現状の確認から、目の前に立つザギュートへとその意識を向けていくが、その途中で俺の名前を呼ぶ声が耳に響いた。


「タツキィ!!!!お前だけでも逃げてくれぇぁ!!!!!」


 それはザックの悲痛な叫びだ。その言葉がザックの心の底から来ているものだということは、この長い付き合いですぐに分かる。だが、その願いを叶えてやることは出来ない。


 俺は、声の聞こえてきた方へと顔を向けると、ザックを見やる。その隙にザギュートが襲ってくるという恐れはなかった。ザックはその身体を地面に寝かせたまま首だけをこちらに回して、必死の形相で訴えてくる。


 すまないザック。でも俺は、もう逃げなくていいだけの力を手に入れたんだ。


 俺はザックの心をなるべく刺激しないよう、微笑を浮かべて静かな声でこう返す。


「ザック、もう俺は守ってもらわなくても大丈夫だよ。俺が、この村を守るから」


 それだけ言うと、俺は再びザギュートの方へと顔を向ける。


 ザギュートは想像通り、そんな俺の隙だらけの姿を見ても襲い掛かってくることはしなかった。それどころか、穏やかな心をもって待ってくれていた気がする。


「最後の話し合いは終わったようだな。貴様も何かしらの回復手段を持っていたのか、私の『ジェノサイド・ヘルスラッシュ』を受けてなお立つとはな。この武技を以てして倒せなかったのはお前が初めてだ」


 その声に含まれていたのは、素直な称賛。それと少しの興奮だろうか。


「まぁ、俺の傷がすっかり治ってたのは、俺もよく分からないんだけど…。そういうお前もさっき俺が決めてやった傷がすっかり治ってるじゃんかよ」


 先程剣を交えても感じたことだが、ザギュートからは、モルガンやその取り巻きのホブゴブリンのようなドロドロした嫌な雰囲気を全く感じない。本当に純粋に俺へと向かってきているのだ。


 そんな魔物が何故、俺たちの村へと急に襲い掛かってきたのか。それがかえって分からなくなる。魔導准帝カーラストを討つためだと言っていたが、それがよく分からないのだ。俺の頭にモヤモヤしたが残る。


「ふん、回復魔法程度使えんほうがおかしかろう?」


「そうかい、でもさっきみたいにまたやられるつもりは毛頭ないぜ?」


「ふん、貴様を見ればその程度分かる。一体どんな手段を用いたのかは知らんが、先ほどよりもさらに魔力を増したようだな。もはや私の魔力をも…。貴様ならカタストロフを任せるに足るかもしれんな」


 ザギュートは最後の言葉だけ、囁くような小さな声でつぶやいた。


「な!?」


 しかし、俺は想像だにしていなかった言葉に少々てんぱってしまう。しかし、そんな俺の様子など気にした様子もなくザギュートは語る。


「だが、いかなる格上の者が相手だろうと私に引くつもりなど毛頭ない。カタストロフ頭領として、散っていた者たちのために。そして戦士として、己の限界に挑戦するためだ!!」


 その言葉を皮切りにして、俺たちは互いに地面を踏み込むと、再び開かれていた距離を詰める。


 先ほどよりも、身体が軽い。まるで自分が風になったかのようだ。


 俺たちが互いに近づくと、先に相手の攻撃範囲に入ってしまうのは俺だ。ザギュートは、俺がハルバードの攻撃範囲内に入る直前から、ハルバードを薙ぎ払い始める。


 攻撃範囲に入るまさにその時に攻撃を当てるための、ごくわずかな時間すらも無駄にしないザギュートの本気の一撃だ。


 しかし


今の俺には、その軌道が手に取るようにわかる。


 剣で応撃?


 いや、違う。ここは回避だ。


 先ほどまでは、回避などする余裕はなかった。というよりも、回避できる自信がなかった。そのため、ザギュートの攻撃を全てグロッセスメッサーで弾いていたのだ。


 しかし、今の俺ならば回避が可能だと直感がそう告げている。


 ザギュートの攻撃を察知してから、ここまで瞬時に考えぬいた俺は、走る勢いそのままに踏み込んだ足と逆の足を振り上げ、体を地に水平にするようにして跳躍する。


 瞬刻、俺の背中のごくわずか下を薙ぎ払われたハルバードが通過するのを感じる。


 ――回避成功だ。


 つまり、そこには敵のスキが生じるということ。


 俺は跳躍の勢いそのままに、ザギュートとすれ違いざまに、そのまま脇に抱むようにして構えていたグロッセスメッサーを一気に振りぬく。その速度は先ほどまでとは比べ物にならない。それは、振りぬいた俺自身がその速度に驚くほどだ。


 グロッセスメッサーがザギュートの身体を切り裂く。


 しかし、思ったよりも手ごたえが軽い。ザギュートも流石の反応速度で、バックステップをとり勢いを殺したのだろう。


 だが、俺の攻撃はまだ終わらない。


 空中で剣を振りぬいた、つまり通常の方法ではもはや次の攻撃につながらない姿勢からさらにつながる剣技、即ち武技。


「《フライングエッジ/飛翔する斬撃》!!」


 俺は、背を地上へ向け、右手も大きく放り出したその姿勢から、素早く手首を返すと大きく伸ばした腕を一気に逆方向へと薙ぎ払う。


 蒼白の輝きを宿したグロッセスメッサーより円弧状の斬撃が走る。そしてこの武技による斬撃は、その場にとどまるだけではない。そのまま前方へと射出されるのだ。蒼白の三日月が空気を切り裂きながらザギュートへと高速で飛翔していく。


 そして次の瞬間には、ギュートの鉄の身体を引き裂く斬撃音が、辺りに響き渡った。

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