第46話『&』
ザックは、ふと意識を取り戻した。
伝説級の武器と、その性能を完璧に引き出したザギュートの妙妙たる武技によって、ザックは意識を失ってしまっていたのだと気づく。
どれだけの間、自分が倒れ込んでいたのか分からず、すぐさま起き上がろうと下腹部に力を込めるが、突如目から火花が飛び散るような激痛に襲われ、すぐさま再び地面へと倒れる。
ザックはその激痛の根源たる自らの上半身を確認する。それは酷い有様だった。
起き上がれないのもそのはず、ザックの身体はザギュートの斬撃によって、皮膚どころかその下の肉まで、深くえぐり取られてしまっているからだ。その傷口からは鮮血が流れ出し、自らの臓器がその姿を窺わせている。褐色の皮膚は、自らから流れだした血によって真紅に染まっていた。
そして意識を失っている間になりを潜めていた傷口が、ザックがそれを見てしまったことで、目を覚ましたように、再びズキズキとうずきだす。
しかし、問題なのはそこではない。ザックが意識を失っていた間に何があったのかということだ。
ザックは地面に横になった姿勢のまま、まだ無事であった首を動かし、辺りを窺う。何か村の皆に悪いことが起きたのではないか、という不吉な予感がザックの頭をよぎる。
というのも、やけに辺りが静かなのだ。
ザギュートが攻めて来ていたのに静かだというのは、訳が分からない。得体のしれない不安がザックを覆っていく。
右の方に首を動かして見たが、特に何も見当たらない。
ザックは首を逆の方に向けてそちらを見渡す。
すると、そこにはザックの視線を釘付けにするものがあった。それは、先ほどザックと激闘を繰り広げた相手。
四つの強靭な脚で地面に堂々と起立し、その明るいブラウンの長髪は、己の力を誇示するかのように荒々しく逆立てられている。そして、その左手に握られているのは、一見にして並大抵の武器など話にならないことを悟らせる、抜けるように白い美麗なハルバード。
反乱軍カタストロフ頭領ザギュート。
規格外の魔力を誇る、ザックの生涯最強の敵がそこにいた。その姿を見るだけで、ザックの身体がついすくみあがってしまう。体が、あの強さを、恐怖を、覚えているのだ。
ザックの人生において、シュナとマキュリス以外の魔物にやられたというのは初めてのことだった。それだけに、ザギュートには、より一層の恐怖を感じざるを得ないのだ。
しかし、そこに立っていたのはザギュートだけではなかった。ついザギュートだけに目が行ってしまったが、ザギュートの前に立つ魔物が一人いる。
それは、ザギュートと比較すれば明らかに劣る背格好の青年だ。
その姿を見たザックは絶句する。
何故ならその魔物は、ザックが守らなければならない魔物だったから。
その魔物の姿を見ただけで胸が痛くなる。それは、ザックがその魔物を守ってやれない不甲斐なさを感じた胸の痛みだ。
ザックは一瞬声を出すかどうかを逡巡する。それは、先ほどの激痛を思い出したからに他ならない。しかし、その迷いは一瞬でしかなかった。
「タツキィ!!!!お前だけでも逃げてくれぇぁ!!!!!」
声を張り上げたことで、再び意識が遠のくような激痛がザックを襲う。だが、それでもザックは叫ぶことを選んだ。なぜなら、血を吐くようなその叫びは、ザックの心からの叫びだったから。
自分ではタツキを守ってやることは出来ない。ならば、せめて無事でいて欲しいとザックは願ったのだ。だから激痛が走ることも厭わず、叫んだ。
「ぐっ!」
声を張り上げたことで、ザギュートから受けた傷が、まるでザックから意識を手放させようとするように、信じられない程の鈍い痛みを放ち始める。
しかし、またここで意識を失うわけにはいかない。
ザックはタツキを見つめる。
タツキは決して逃げ去ろうとはしなかった。それどころか、先ほどの声でザックに気づいたのか、ザックの方を見つめ返すと淡い笑みを浮かべる。そして、落ち着いた様子で言葉を紡ぐ。
それほど大きな声ではない。けれども、その静かな声は、ザックの心に深く、それは深く響く、そんな声だった。
「ザック、もう大丈夫だよ。俺がこの村を守るから」
強敵に対しても一切引くことなく、堂々とその前に立ちはだかる姿は、まるで伝説の勇者のようで。それだけ言うと、タツキはザックから視線を外し、ザギュートの方へ颯爽とその体を向けた。
ザックは、自分が心から安堵してしまっていることに気付いた。
タツキに何が起こったのかは分からない。
しかし、ザックの目に映るタツキの放つ雰囲気はまさしく強者のそれだ。その雰囲気は、ザギュートにも決して引けを取らない。それどころか………。
いや、これはあくまでもザックの直感に過ぎない。それだけで決めつけるのは危険だ。ザックは興奮する自分を少し押さえつける。
しかし、少しばかりの期待の念がこみあげてくるのはどうしようもない。
ザックは、小さなころに聞かせてもらった英雄譚の英雄が登場した時のような、少しの高揚感をもって、その戦いを見守ることにする。その結末を見届けるために。
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