第45話『殺戮』

「クククク…。オレが動くのは久方ぶりだぜぇ」


 地面に横たわったまま、オレは自分の身体能力を確認する。この身体の能力を知ることが何よりも先決だからだ。しかし、予想だにしていなかった結果にオレは驚愕してしまう。


 なんだコレは。


 弱すぎる。弱すぎて出来ることがほとんどない。


 一言でいうならばカス。


 このオレに、こんなクソな体で動けというのか。まぁ、弱い身体でも出来ないことはないが、その分、何かと不便だ。あー、マジか。


 タツキィ、もうちょっとレベル上げとけよ。


 オレは一人、心の中でうそぶく。


 まぁ、今日のホブゴブリンがタツキ初めての獲物だったな。あのザコ共しか狩ってないんだから、そりゃあレベルも上がらないか。どうしようもないことをグチグチ考えてしても仕方がないしな。


 ふと、オレはあのホブゴブリンを殺した時のことを思い出す。


 あの時の事を思い出すと、つい口元がにやけそうになってしまう。


 危ない危ない、ここは死んだふりだ。一ミリたりとも身体を動かしてはまずい。


 この体の悲惨な能力でも、能力をフルで集中させれば、視覚に頼らなくてもなんとか周囲の気配くらいは感じ取れる。タツキには到底無理な芸当だがな。


 オレはザギュートなる魔物の気配を探る。すると、奴らしき気配がすぐに分かった。気配によると奴はその場で動きを止めているようだ。だが、何をしているのかまではすぐには分からない。


 それに対して、現在のオレの身体の状態だが、さすがに損傷がひどい。下手すれば本当に死んでしまいそうだ。今も留まることなく血が流れ出してやがる。


 早急に行動を起こすことにしよう。俺は、奴に知覚されないように無詠唱化した魔法を唱えた。


『《エクウィップ・ブレイブウェポン/勇者の武器装備》』


 一切の音も光も立てることなく、オレの手にグロッセスメッサーが宿る。オレからすれば、こんな剣はナマクラでしかないのだが、ないものねだりをしてもしょうがない。


 タツキはコッチの魔法を知らないからな。まぁ、いいだろう。


 先程から継続して感じ取っている気配から段々とザギュートの詳しい状態が分かってきた。奴はその場で脚を折って体を休めている。おそらくは何かしらの回復魔法を使用しているのだろう。


 上級の武技になればなるほど、その身体への負担も大きくなる。傷ついた体であれだけの、まぁ俺からすればカスだが、の武技を放ったのだからしばしの回復が必要なのも道理だ。


 オレが行動するにあたって、まずは自らの気配を消失させる――――


――――つもりだったのだが、この身体の基礎能力が低すぎて若干気配を薄れさせる程度が限界だ。


 動けば必ず気づかれる程の気配ではないが、安心は出来ない。オレは極力静かに行動を開始する。


 ザギュートが即座にこちらの行動には気付くことはなかった。


 勝ったと思ったとしても、とどめを刺すまで本当の勝負は分からないというのにな。所詮は奴も甘ちゃんにすぎないか。


 オレの口もとが期待に歪むのが分かるが、もう気にもとめない。ここまで来ればザギュートが動いたとしてもそれよりもオレの行動が早く成功するからだ。


 オレは一切の音を立てることなく目的地に向かって歩を進める。幸運なことにザギュートは未だ俺の行動に気づいている様子はない。


 オレはグロッセスメッサーを今一度強く握りしめる。


 そして






道端に転がっている村人の首を切り落とした。






 ギャーハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ!!!!!!!


 俺は心のなかで爆笑する。


 まだまだだ。もっと殺す。


 一人目の村人の首を切り飛ばした後、俺は次の獲物を定めるために周囲を見渡す。もちろん、気配は最大限薄めてある。すると、一人の村人と目が合った。次はコイツで決まりだ。


 そいつはオレと目が合うと、恐れおののいたように傷ついた体を引きずってオレから遠ざかろうとする。


 だが、遅すぎる。


 オレは、忍び足で夜の闇に紛れながら一気に次の村人までの距離を詰めきった。


 オレが目の前まで迫ると、その魔物の表情が恐怖に引きつったものに変わる。その表情は、完全に自分が殺されるのを恐れた魔物のそれだ。その瞳には大の男にも関わらず、涙が浮かんでいる。その表情を見たオレは、さすがに少し考えてしまった。


 今度も首を切り落とすのは芸がないかな、と。


 そう思った俺は、今度はその胴体を真っ二つに切り裂いてやった。


 二つにパックリと分かれたその体から、鮮血が溢れるようにこぼれ出し、その臓器が無造作に地面へと転がり落ちた。未だに生命の残滓か、ピクピク動いている臓器が可愛らしい。その魔物の顔は、え?と驚いたような表情で固まっている。


 殺されないとでも思ったのだろうか。


 バカすぎるっ。こんなに気持ちいのに殺さないわけがないだろう。


 たまらない…。最高の気分だぜ。クソなまった体が徐々に、本当に徐々にだが、解きほぐされて本調子へと戻っていくような感覚。それだけじゃない。ザギュートから受けていた傷も、あり得ないような速度で自然と癒えていく。


 オレはその後も次々と村人たちを手をかける。だが、悲鳴はあげさせない。まだ気付かれてはいけない。夜の闇に溶け込むようにして、俺は静かに、だが確かにその行為を続ける。


 本当は、裏門から少し離れた所で此方を窺っている魔物が何人かいるから、そいつらも殺してやりたい所だが、殺すのはザギュートによって致命傷を受けていた奴だけにしておいてやることにした。オレもタツキに迷惑をかけたいわけじゃないからな。タツキに自殺なんてされた日にはお終いだぜ。


 あらかたオレが致命傷を受けていた村人たちを刈り取ったと判断した時、俺はずっと隠していた気配を現すことにした。もう十分だぜ。


「アァーハッハッハッハッハッハッハッハッハ!!!!」


 気配を現すや否や、オレはずっと胸の内にわだかまっていた興奮を絶唱 という形で昇華させる。


 やはり、殺しと絶唱このセットが最高だ。オレはこのために存在しているのだとよく分かる。


 そして、先の絶唱によってようやくザギュートがこちらに気づいたのか、驚きの表情を浮かべながら、ゆっくりとした速度でにオレの方に近づいてくる。


 まぁあの村人共は、俗に暗殺と呼ばれる技術を使って音もなく殺していたからザギュートが今まで気づかなかったのも無理のない話だ。これもタツキには無理だがな。


 ザギュートなる魔物を観察すると、さっきまであった傷が嘘のように完治している。なるほど、治癒能力を向上させる魔法を発動させていたのか、と先ほどのオレの推測が間違っていなかったことが証明された。


 ザギュートという魔物は、戦士としても一級の実力を持つ上に、魔法も優秀なものを多く使える。この辺にいる魔物としては、こいつ以上の獲物はそうそう望めないだろう。


 タツキの最初の難関としては、もってこいだ。


 さて、オレの役目はここまでだろうな。能力を全体的に向上させておいただけじゃないぜ、新しい武技も習得しといてやった。もちろん傷は全快。村の皆を守るんだろう?さぁ頑張れよ、タツキ。


 これだけ心の中で思うと、オレは自分の意識を手放すことにする。オレはそう長い間宿主の身体を動かせるわけじゃない。まぁ俗にいうところの時間切れだ。


 だが今回も楽しかったぜ、クククク…。獲物を殺す快感だけはたまらねぇな。最初はこのクソカスな身体にムカついたが、この身体だからこそ、あんなカス達でも十分に楽しめたのだから悪くなかったな。


 次はタツキといつ話せるかな?まぁしばらくはないだろうな、とオレは思う。


 しかし、また話せる時が来るはずだ。その時まで元気でやるんだぜ、タツキ。


 オレの意識はそこで途絶えた。

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