第44話『頑張ったけど』
気付けば、俺は白い意識の奔流の中を漂っていた。
俺は精一杯、頑張った。けど、無理だった。あのザギュートとかいう魔物は正直言って桁が違った。付け焼刃の力しか持たない俺ごときじゃ、相手になるはずがなかったんだ。
あの戦士頭のザックですら負けていたじゃないか。それだけあのザギュートという魔物は強かったのだ。
そう考えると、逆に俺はよくあそこまで頑張ったなぁと思う。
そう、ザギュートに負けてしまったのも、しょうがないことだったんだ。だって、俺には力がないんだから。
普通に考えて、力のないものが力のあるものに勝つことなんて無理だろう。
少し強くなって調子に乗って、勇者を気取っているだけの俺なんかじゃ、本物の志を持つザギュートに勝てるわけなんてない。
先程までは、ザギュートの言葉を聞かないように必死になっていたように思うが、今となってはザギュートの志を自然と認めることが出来た。あの言葉に込められた思いは、きっと彼の本心だったのだろう。
あいつは本気でこの帝国のために戦っていたんだ。
俺もいけるかもしれない、なんていう思いをつい抱いてしまったが、そんなのはただの思い違いに過ぎなかった。だって、俺にはその力がないんだから。いけるはずなんてなかったんだよ。
まぁでも、少しでも力を持つことが出来て良かった。弱いまま死ぬよりもましだ。少しは、あこがれていた勇者のフリが出来たんだから。
これで、悔いなく死ねる、そう納得しようとした。だが、何故か俺の胸が少し痛む。
本当にそうなのか?
誰かの声が、頭の中で聞こえた。どこかで聞いたことのあるような声だ。またこいつか。誰なんだ、一体。もはや全てがどうでも良かった俺は、適当に返事を返しておく。
あぁ、いいんだよ。だって俺の力は所詮この程度。なら、最後に力を発揮できて俺は良かった。強い魔物になるのが夢だったんだ。俺は夢が叶ったんだ、これで満足だよ。
言葉の上では満足げな言葉を並べてみたが、胸の内がすぅーっと、空虚な感覚に陥っていくのは止めることが出来ない。
するとこいつは質問を続ける。
そうやって最後まで自分に嘘をついて死んでいくのか?
その言葉に、俺の心臓がドクンと跳ねる。
俺は、嘘なんてついてない。…俺は望んじゃいけなかったなんだ。力のない俺が望んだことなんて、どうせ叶わないんだから。お前は俺に出来るなんて言ってくれたけど、無理だったよ。無理。俺には力がないからね。だから、これだけでも本当に満足なんだよ。
分かりやすいウソをつくものだな。以前オレがお前に本当にやりたいことを聞いた時、お前は何と答えた?
何と答えただろうか…。そんなことはどうでも良かった俺は、思い出そうとも思わない。
俺の返答が無いにも関わらず、そいつはさらに言葉を続ける。
いいか?お前はこう答えたんだ。俺は大切な誰かを守りたいってな。それは嘘だったのか?本当にやりたいことを成し遂げることなく死んでいいのか?
その問いに俺の心がズキリと再び、今度はより強く痛んだ気がした。
この痛みは知っている。
自分の気持ちに、嘘をついた時の痛みだ。
その痛みは、もう嫌だった。だから、俺は自分の思いを、深く閉ざされた扉の奥から引っ張り出す。
あぁ俺だって出来る事なら、本当に出来る事なら、大切な誰かを守りたかったさ。けどね、そんなのは無理なんだって。もう分かったんだ。俺の持っている力なんかじゃ無理なんだってことが。力のない俺なんかじゃね!!
じゃあ力があればいいのか?
こいつはポツリとそう問うてきた。
力…?
あぁ、そうさ。力さえあれば…。
そう、俺はずっと…。力を、力を、ずっと力を求めていた。力さえあれば全てうまくいった!!だから俺は強くなりたいって、そうずっと思ってたんだよ!!今回だって俺に強さがあればこんなことにはならなかった!!力がないから俺はずっと苦しんできたんだよ!!!!力が欲しくないわけなんてないだろうが!!!!
何故だか分からないが、こいつになら俺の本心を全てぶつけられる。ほかの誰にも言えないことまで、いとも簡単に。
俺の心の奥からの叫びに、そいつは少し嬉しそうな声で訊いてくる。
じゃあ、その力を得るために何かを失っても構わないのか?
その質問に、俺のせき止められていた思いが氾濫を起こしたように、自分の意思とはもはや関係なく溢れ出した。
何かを失う?そんなことどうでもいい。
俺は強くなりたくて、強くなりたかった。その力で皆を守りたかったから。でも、結局俺は皆を守ることなんてできなかった。こんな弱い自分でいることが何よりも嫌だった。弱い自分で生きるのが苦痛だったんだよ!!
そうさ、今までは弱くてもいいなんて必死に自分をごまかして生きてきたさ。でも本当は違った。俺は強くなりたかったんだ!!!!そのためなら、何を失ったとしても構うものか!!!!
なるほどな。ならばお前に力を与えてやろうじゃないか。少しゆっくりしているといい。悪党を倒すのは勇者の仕事だろ?
自分の意識が薄くなっていくのを感じる、徐々に頭の中が真っ白になって…。
「ここは、オレの仕事だ」
残忍で、邪悪な欲望を解放できることを喜ぶ声。その声は、先ほどから会話をしていた男の声だ。
白色の世界へと溶けていく意識のなかで、俺はその声が誰の声なのかようやく気付く。
やけに親近感を覚えるその男の声。
それは、自分の声だった。
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