第終話

 翌日——日中は恵理さんの都合が悪いそうなので、はざま刻になってから私たちは彼女のお宅へうかがった。

 恵理さんが事の顛末を興味津々に聞きたがったので、昨夕なにがあったのかを詳しく説明してから、私は大いに気後れを感じながらも、鞄からそれを取り出した。

「あの……、それで……。恵理さん、ごめん。

 約束したのに、パンダさん、とても汚してしまって」

 昨日と同じようにリビングのテーブルの上に置かれたパンダのぬいぐるみは、昨日とは違ってかなり汚れてしまっていた。使われなくなったホームを転がって、線路にまで落ちたからだろう。白いふわもこの身が土で黒ずんで、肌触りもざらついている。

 私は申し訳なさに、目が会わせられなかった。

「ほんとうに、ごめん。

 洗ってから返そうかとも思ったんだけど、勝手なことしていいか分らなくて……。

 ……ごめんなさい」

「……」

 恵理さんは黙ってパンダさんに視線を落としていた。

 その表情は、怒っているのか、無表情で読み取れない。

 私もこれ以上どうしていいのか分らなくて、ただ黙って待つことしかできなかった。

 恵理さんが、そっとパンダさんに手を伸ばし、取り上げた。

「いいよ」

 息を抜くように微笑む。それは、少し呆れているようにも見えた。

「ものを大事にするって、そういうことじゃないでしょ。

 壊れてないし、こんなの洗えばキレイになるんだから」

「恵理さん……、ありがとう」

「えーー! 俺、洗濯機の中でぐるぐる回されちゃうの??」

「……!」

 ——そうだった。忘れていたけれど、まだくままるさんの問題が残っていた。

 恵理さんも頭から抜け落ちていたのか、目を丸くして手の中で暴れるくままるさんを見詰め——そうしてから、諦めたようにため息をついた。

「まあ、いいでしょ。人柄を知っちゃうと、再利用するのもかわいそうな気がするし、害は無いしね。

 くままる。今の洗濯機は回さなくてもぬいぐるみ洗えるんだよ」

「密室に閉じ込められるのはじゅーぶんっ、恐いッ!」

「そう? なら私がタライで手洗いしてあげる」

 そう言って、恵理さんはパンダさんを握ってぷぅぷぅと音をさせる。くままるさんはいっそう恐がって、ものも言えなくなってしまった。

 恵理さんがいいなら、それでいいのかもしれない。

 楽しそうな恵理さんにつられて、私も少し笑顔になる。

 リビングの大きな窓の外は、今日も雲と町とを色付かせる夕焼けで、薄暗い町並みに幻のようなゆうれいが、何事もなく行き交っていた。


   完

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たれかれであふ幽まどき いわし @iwashi

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