幼馴染が自動販売機型サイボーグになった経緯について。

ロッキン神経痛

人間兵器 売天 ーばいてんー

売天

『こんにちは、あたたかい飲み物はいかがですか!』


 その真新しい自販機は電柱に寄り添うように立っていた。前には誰もいないのに、機械音声だけが流れている。合成された抑揚のない声だ。その白いボディには、オレンジと赤で描かれたDIEDOのロゴマーク。きっと、誰が見ても普通の自動販売機に見えるんだろう。だけど僕は、この自販機が、元は一人の女の子だった事を知っている。


藤谷 澪ふじたに みお


それが、人間だった頃の彼女の名前だ。

小学校の時、僕の家の近所に引っ越してきた澪。最初は近所の公園で一人で遊んでいた澪に、僕が声をかけたのがきっかけ。それから、何となく学校でも一緒に居るようになって、気付けば誰よりもお互いを理解する、かけがえのない存在になっていた。お互い相談する事もなく、自然に同じ高校に入って、毎日通学路を一緒に歩いた。どこへ行くにも一緒だった。友人に冷やかされた事もあったっけ。


でも、それも今となっては過去の話だ――。


「学徒兵にさ、徴兵される事になったんだ。」


 そう澪に告げた時の、あの悲しい顔を僕は今でも忘れる事が出来ない。この年の初め、この国はついに共和国軍の上陸を許してしまっていた。容赦を知らない大陸の軍隊に、あっという間に海辺の街は制圧されて、民間人にも沢山の死者が出たとテレビで報道していた。この小さな街にもサイレンが鳴ったあの日の夜、遠い街の空が赤く染まっているのを、僕は自室の窓から見た。


 数日後、その戦いで負傷した兵士達が僕の学校の体育館にも運ばれて来たのだけれど、手当を受けている彼等は、ほとんど僕達と変わらないくらいの若者ばかりだった。バケツが一杯になる量の血を、千切れた手首から噴出させて泣き叫ぶ同じ歳の兵士の姿を、僕は呆然としたまま見ていた。今思えば、あそこから僕達の日常が崩壊していったのだ。僕が見ていた兵士は、しばらくして亡くなったと人づてに聞いた。若くても人は死ぬ。僕達はそんな当たり前の事を突き付けられた。


 共和国軍が上陸してからというもの、テレビでは戦争の話しかしなくなった。大人達の雰囲気も、目に見えてピリピリとしているのが分かった。この小さな街にも学徒出陣の号令がかかるのは時間の問題だと思っていたけれど、まさかこんなに早く、僕のような下級生にまでその声がかかるとは思わなかった。


 徴兵が決まると、すぐに訓練が始まった。澪と遊ぶ計画を立てて楽しみにしていた夏休みは、日常と共に消えてしまったらしい。毎日何十キロも、重たい銃を持って走る。それは帰宅部だった僕には、かなりハードなものだった。とにかく毎日クタクタで、訓練以外の時間はほとんど寝ていた。だから必然的に僕は、澪ともあまり喋らなくなってしまった。彼女と話している時間があれば、一秒でも身体を横にしていたかったのだ。それでも彼女は、僕の側に居てくれた。ある日、何かが吹っ切れたように澪が元気になった事を覚えている。私も一緒に頑張るから、そう言っていたっけ。僕は生返事で答えていたけれど、今思えば、彼女はこの時に全てを決めていたんだろうな。


 戦況が悪化して戒厳令が街にしかれてからは、訓練は早朝から始まるようになった。一人で歩く通学路は、どこまでも静かだった。その頃には学校から授業がなくなっていて、男子は全員が戦闘訓練をし、女子は身の回りの雑用や、近くの軍需工場で銃器の組み立てをしていた。上級生の中からは、出征する生徒が何人も出てきて、その度に体育館で式典が行われ、同じ調子の校長の祝辞を何度も聞かされた。緊張した面持ちで送られていく彼等の大半は、学校に帰って来る事はなかった。いや、中には帰ってくる人もいたけれど、皆どこか壊れてしまっていた。


全校集会がある度、学校中の雰囲気は重苦しくなっていった。僕と澪は顔を合わす事も少なくなっており、同時に忙しい訓練の毎日で心が摩耗して、僕もその事をなんとも思わなくなってきていた。頭の中は戦いの事でいっぱいで、早く戦場に行きたいとさえ思うようになっていた。


それは、サイレンが街に鳴り響いた日のように寒い日のこと。雪上歩行の訓練を終えた僕は、校長室に呼ばれた。この時、僕の心は喜びに打ち震えていた。ついに、僕も全校生徒の前に立つ時がやって来たのだと。この街を、大切な人を守る為に戦えるのだと。


朝から開かれた全校集会。僕は、壇上から全校生徒を眺める。男子生徒のほとんどは、既に出征して数える程しか残っておらず、残ったどの顔にも、憔悴の色が色濃く浮かんでいた。それは、僕達を死地へと見送る悲しみの表情ではなく、自分が戦場に行けないが故の苦悶の表情であることを、僕は良く分かっている。仲間たちがこの街の為に、国の為に戦っているのに、いつまでも自分だけが選ばれないという事は、いつしかプレッシャーとなり心にのしかかってくるのだ。一方、女子生徒達の表情は凜として、晴れ晴れとしたものだった。別に彼女達には情がない訳では無い。集会が終わった後で、皆こっそりと泣いてくれている事を僕達は知っている。この学校の女の子は、皆優しい子達ばかりなのだ。


「御国のために、粉骨砕身して参ります。皆さん、今まで有り難うございました。」


やがて僕の順番が来て、深くお辞儀をすると少ない人数ではあるが盛大な拍手が返ってくる。僕は女子生徒の顔を壇上から見ていたのだけれど、結局澪はこの体育館のどこにもいなかった。集会が終わり、いよいよ出征する旨をメールで送ったけれど、それにも返信はなかった。しかし、それもそのはず、この時既に彼女はサイボーグ化手術を受けた後で、この学校には居なかったのだ。僕はそれを次の日の朝に教師に聞かされて、動転のあまり意味の分からない事を喚き散らしたらしいのだが、その時の事はあまり覚えていない。


 少し落ち着いた後で、僕が担任の教師から聞いた話は想像を絶するものだった。結論から言えば澪は、軍が緊急募集していた人体実験に志願して、戦況を変える画期的な人間兵器とやらになる事を希望したのだという。それは、自販機型のボディに人間の脳髄を移植するというもので、まさに追い詰められたこの国の狂気が生み出したとしか言えない代物だった。


 自販機の姿で道に立ち、時に優しい機械音声でカモフラージュされたそれには、油断した敵国の兵士を殺すあらゆる工夫がされており、体内には様々な武器が仕込まれ、頑丈なボディは手榴弾程度ではびくともせず、最後にはタイミングを見計らって内蔵された爆弾で半径10mの構造物を吹き飛ばし、より多くの敵兵の命を道連れにする事が出来る。その素晴らしい戦果の代償に、一人の人間の人生を差し出す人間兵器。自販機型サイボーグ、売天ばいてん。思えば、今月に入って民間人の自販機利用が全面禁止されたのも、この為だったのだろう。


 澪は、なんと家族にすら相談せずにサイボーグ手術を受け、既に先週から現場に配属されているのだという。それを聞いた僕は、午後の訓練も無視して学校を飛び出し、澪の元へと走った。


(自販機型のサイボーグだなんて、ふざけるな。)


そんな馬鹿げたものを新兵器だと作るようになっては、この戦争に勝ち目があるとは思えない。それに、「自販機が人を襲ってくるはずがない」という盲点のみに頼った兵器である以上、一度でも敵の前で使用すれば、その優位性は脆くも崩れ去ってしまう。そうなれば移動手段を持たない売天達は、動かない的として容易く破壊されてしまうではないか。いや、そもそも人権を無視し、最終的に自爆ありきの設計がされた人間兵器。僕の幼馴染は、既に国に殺されてしまったに等しい。やりきれない、全てが間違っていると思った。


僕は教えられた場所へ、澪の元へ走る。


街の中心から離れるにつれ、見慣れない自販機が点在しているのに気付く。澪の他にも、手術を受けた人間が居るとは聞いていた。恐らく、これが彼等なのだろう。どの自販機も、声一つ立てずに立っている。会話は出来るはずだが、誰とも喋ってはいけないと教えられているそうだ。僕は物言わぬ人間兵器の横を、真冬にも関わらず、汗だくになりながら駆け抜ける。


そして街の入り口付近、周りに住宅も何もない道に、不自然に並んだ自販機の一つに、僕は彼女を見つけた。どれも同じDIEDOの自販機だが、近寄らなくても分かる。あれが澪だ。全く僕は直感を疑わなかった。そこには、確信のようなものがあった。


『こんにちは、あたたかい飲み物はいかがですか!』


 その真新しい自販機は電柱に寄り添うように立っていた。前には誰もいないのに、機械音声だけがら流れている。合成された、抑揚のない声だ。その白いボディには、オレンジと赤で描かれたDIEDOのロゴマーク。きっと、誰が見ても普通の自動販売機に見えるんだろう。だけど僕は、この自販機が、元は一人の女の子だった事を知っている。


「澪!」


僕が声をかけると、機械音声はふいに止まった。ほら、やっぱり澪だ。


「どうしてだよ澪、どうして……。」


自然と声は震えた。僕は変わり果てた澪の身体に手を触れる。冷たいボディ。もう手を握ることも出来なくなった澪。彼女は俺を前にしても、沈黙を守っている。


「もう一緒に歩くことも出来ないじゃないか。なんでサイボーグなんかになっちゃうんだよ、バカ澪!」


叫び、ドンドンと澪の身体を叩く。しかし、返ってくるのは超合金で出来た頑丈なボディの感触だけ。


『……。』


「二度と元の身体には戻れないんだぞ、そんなの死んでるのと同じじゃないか。」


『……だって、あなたを守りたかったら。』


聞き慣れた声が、小さなスピーカーから流れた。頭を垂れて涙を流していた僕は、思わず前を向いたが、当然そこに彼女の優しい顔はない。


「何を言って……。」


『あなたを、守りたかったの!!』


ボリュームに耐えられず、ガガガとスピーカーにノイズが乗った。


『この街にも、すぐに奴らが来るわ。そしたら、あなたも直接戦う事になるでしょ。だから街の入り口で、私は奴らを殺すの。』


下級生である僕は、部隊でも比較的後方の位置に配属される事が決まっている。澪はそれを知っていて、そんな僕を守る為だけに、街の入り口で奴らと戦う自販機型サイボーグになったのだと言った。


「そんな、僕が戦う意味がなくなるじゃないか……。」


顔を合わせる事は減っていたけれど、僕が厳しい訓練に耐えられたのは澪という存在がいてくれたからだ。壊れかけた心と体が、なんとか動いてくれていたのも、戦って澪を守るという動機があったからだ。


『あなたとの心の距離が、どんどん開いていくのを感じたの。一緒に居ても、無表情でどこか遠くを見つめてるだけ。何を話しかけても上の空。味のないガムを噛み続けているみたいに空虚な毎日。ほんの数ヶ月前には、一緒に居るだけで幸せだったのに。』


「……これは戦争なんだ。僕達のあの日常は、消えてしまったんだよ。」


『そう、だから私、戦争が憎いの。戦争を運んできた奴らが憎いの。私の大好きだった人を返して!私の大好きだった日常を返してよ!』


泣き声を上げる澪を、僕は抱きしめようとしたけれど、人間兵器と化した澪のどこが肩なのか分からなかった。何ひとつ彼女にしてあげられない自分に腹が立つ。その時、手のひらがボタンに触れて、お金も無いのに飲み物が出てくるガタンという音が聞こえた。僕は、条件反射的にそれを取り上げる。しゅるっと絞ったオレンジ。僕と澪が好きだったジュースだ。すると、泣いていた澪がハッと我に返ったように声をあげた。


『それ飲んじゃダメよ!……中に青酸カリが入っているの。』


「青酸、カリ……。」


今や澪の身体の全ては、敵兵を殺す為だけに出来ていた。


『ごめんね。私、もう普通の女の子じゃなくなっちゃった。青酸カリ入りのジュースを出す女の子なんて、嫌いだよね。』


今度は、力なく笑う澪。もはや、何を言っても足りないだろう。僕は言葉の代わりに、コインの返却口からサラサラと流れだした、彼女の涙をそっと拭う。


『ありがとう。』


「いいんだ。」


その時冷たい感触が頬にして、空を見上げると粉雪が降ってきていた。この冬初めての雪だ。辺りには、ブウゥンという自販機のファンの音以外何一つ聞こえない。とても静かな時間が二人の間に流れていた。お互いがお互いを思う気持ちは、既に痛いほど分かっていた。だからこそ、やり場のない怒りが胸に渦巻き、現実を前に、ただ振り回され続ける自分が憎くて仕方無かった。そして、それは澪も同じ気持ちだったのだろう。


「あのさ、澪――。」


僕は、今まで言えなかった言葉を全て吐き出した。これが最後かもしれない、そんな気持ちが僕の心に張った膜を取り除いたのだ。


『ゲータレードの缶の横、そこがスピーカーよ。』


ただ一言、それが澪の返事だった。僕は、四角い澪の前に両手を広げて立つ。こんな事なら、もっと早く気持ちを伝えていれば良かった。


冬の寒空の下、僕と澪は初めてのキスをした。



――――――――



はーはーと、かじかむ手に息をかける。それでも両手が暖まる事はなかった。両奥歯がガチガチと鳴って、鼻水はそのまま凍りつく、厳しい雪空の日だった。軍の防寒具は不足しており、全員には支給されていなかったので、学徒兵達は軍服の上から各々私物のジャケットを羽織っている。僕達は白いスプレーで着色されたそれを纏い、簡易な塹壕の中に身を固めていた。


「きたぞっ、戦闘準備!」


斥候として付近を見回っていた兵士が、絞り出すような声と共に戻ってくる。瞬時に緊張が部隊全員に伝わるのが分かった。しばらくして、ガチャガチャと装備を揺らせながら、この国の冬を知らないだろう共和国軍の兵士が、おぼつかない足取りでやってきた。僕達は、それを認めて息を殺し、絶好のタイミングで一斉に襲いかかる。


声にならない声を上げ、長い長い列の中腹を歩く兵士達の横腹に弾丸を撃ち込んだ。バラララと鳴り響くライフルの音が、鼓膜いっぱいに響き渡った。奴らはあまりに大げさな防寒具を身に纏っている為か、動きも鈍い。銃を構える事も出来ずに死んでいく奴らは、まるで幽霊でも見るかのような怯えた目で我々を見ていた。まさか進軍のこんな序盤で、戦闘になるとは夢にも思っていなかったに違いない。そう僕は今、最前線の戦場に居るのだ。


学徒兵の中でも下級生が配属されるのは、後方支援を主とする部隊と決まっている。しかし僕は、最前線への配属を強く希望した。理由は勿論、澪を奴らと戦わせない為だ。街への侵攻を許せば、澪の命は危険に晒される。自動販売機になろうと、僕には澪が必要だった。こいつらを、彼女の所へ行かせはしない。その為に、街へ近づく奴らを皆殺しにしてやろうと誓った。


銃撃の合間、大陸の言葉で、奴等が叫んでいるのが聞こえる。うるさい、さっさと口を閉じろ、と引き金を引く。別に、思っていたような葛藤も何もなかった。訓練通りやれば、人の命は容易く奪える。これは単純な鉄砲玉の応酬。命と命のトレードに過ぎない。僕達が奴等を殺すように、当然奴らも僕達を殺す権利がある。すぐに奇襲の効果はなくなり、圧倒的な人数の奴らを前に、元々数の少ない僕の部隊は後方へ下がっていく。本隊は、作戦通り街中に展開していた。この作戦において、僕の部隊の果たす役目はあくまで陽動に過ぎない。それは分かっていたが、街の方へと後退していく度に、僕の心は焦燥感でいっぱいになっていった。あとどれだけで、澪達の立っている通りへ着いてしまうのだろうか。せめて一人でも多く、奴らを殺してやらなければならない。


「――おい若いの、聞こえなかったか!自販機通りまで撤退だ、あとは売天達に任せろとのお達しだ。」


必死の形相で銃を構えて撃っている僕に、正規の軍人さんが耳元で大声で教えてくれる。しかし僕は、それを聞いてしまっては撤退などする訳にはいかなかった。


「もう少し、もう少しだけ戦わせて下さい!」


「馬鹿、命令は絶対だ!早く――」


それだけ言うと、突然軍人さんはぼくの肩へと前のめりに倒れてくる。見れば、こめかみから赤い血が流れていた。同時にズダダンと耳の近くで音がして、僕の意識はそこで途切れた。


……目が覚めると、辺りは静かになっていた。生臭い血の臭いがすぐ近くからする。身体がとても重い。見ればあの軍人の死体が僕に覆いかぶさっていて、顔がすぐ目の前にあった。それをやっとどかして、僕は変わり果てた雪景色の上に立つ。どのくらい時間が経ったのだろうか、血の染みこんだ雪の上に新雪が降り積もり、グラデーションのかかったピンク色になっていた。風の音に混じってかすかな呻き声がどこかから聞こえる。僕のように取り残された人間のものだろう。


呆然とするのもつかの間、すぐに一つの事に思い至った僕は走り出す。僕の頭の中には、もはや澪の事しかなかった。部隊は更に後方へ行ってしまったらしく、生きている人影が見当たらない。ズキズキと頭が痛んだので手を触れてみると、右耳の一部が千切れてしまっているのが分かった。でも今は、そんな事はどうだっていい。雪にもたつく足を左右に運んで、ほとんど泳ぐように進んだ。その近辺には奴らも居ただろうに、見つからなかったのは奇跡だったと思う。ひたすら雪の中を進み、やがて沢山の脚で踏み固められた足跡がはっきりと地面に現れ出した頃、僕は嫌な音を聞いた。


それは、爆発音と奴らの阿鼻叫喚の叫び声だった。何を言っているかは分からない。しかし、それは怯えと恐怖の絶叫である事は分かった。街の入り口へ着くと、バラバラになった人体が散乱してあちこちにへばりついているのが見えた。前方から風がブワッと顔に当たったのでそちらを振り向くと、ドゴンと大きな音が遅れて聞こえてくる。頬を撫でた風は、売天が自爆した爆風だった。


「澪!澪!澪!」


僕は叫ぶ。叫びながら走る。原形を留めない奴等の死体に、何度も足を取られた。一見した所、自軍の兵士の姿はない。僕達の作戦は上手く運んでいるらしい。しかし、作戦の成功は、イコール澪にとっての危険を意味する。あれだけ道に並んでいた自販機の姿は、今やどこにも見当たらない。代わりに、コンクリートの道路が捲れ上がって大きな穴が空いていた。ドゴンドゴンと大きな音がする度に、僕の心はぐちゃぐちゃのミキサーにかけられたようになる。まだ大丈夫、そんなに奥には行っていない。澪はきっと無事だ。澪はまだ生きている。必死に自分に言い聞かせて、涙を流しながら進む。こんな世界は間違っている。頭がおかしくなりそうだった。


澪、澪、澪。


それを見つけた時の感動を言い表す言葉を僕は未だに見つけられずにいる。いよいよ全てを諦めかけた僕は、見覚えのある電柱の側に澪の姿を見つけた。彼女の前には、身体のあちこちが欠損した奴らの死体の山。側面から飛び出している大口径のバルカン砲によるものだろうか、道路脇の塀や標識はめちゃくちゃに吹き飛んでいた。澪以外の売天はほとんどが自爆を終えた後らしく、道路は原形を留めない程に荒れていた。それでも、そんな絶望的な状況下でも彼女は、まだ電柱に寄り添うように立ってくれていた。何とか生きてくれていた。


『どうして、こんな所に!?』


頭から血を流して、前線からやってきた僕を見て、今にも泣きそうな声で澪が言う。


「君を、守る為にだ。」


僕は、よたよたと彼女に近寄る。嬉し涙で視界がにじんだ。その時、突然胸に殴られたような強い衝撃が走った。咄嗟に振り向くと、死んだふりをしていたのだろうか、顔面蒼白の敵兵が、半身を起こしてハンドガンの銃口をこちらに向けていた。銃口からは煙、発砲音は既に、僕の胸に真っ赤な穴を開けている。


『嫌っ、嫌ああああああああ!』


受け身も取れずに無様に倒れる僕。視界に入った自販機の取り出し口からは、いくつも銃口が伸びて、ふらふらと立ち上がり逃げようとする敵兵をミンチに変えていた。僕は、雪に真っ赤な線を付けながら這いずって、そのまま澪の元へ。


「愛してる、澪。愛してるよ。何度生まれ変わっても、君の側に居る。」


『私も、私も愛してるわ。ああ、神様!』


視界は回転を始め、僕に空いた穴からは血がだくだくと漏れ出ていくのが分かった。遠くから、聞き覚えのある声が、いくつも聞こえる。僕は――




 ミンミンと蝉の鳴く真夏日、田舎道の電柱の側に、寄り添うように二台の自販機が立っていた。片方は白地にオレンジと赤色のDIEDOのロゴ、もう片方は赤地に白色のココ・コーラのロゴマークの自販機だ。その白と赤のコントラストが、陽に映えて眩しい。そこに、虫取り網を持った少年が、同じ歳くらいの少女の手を引いて歩いてやって来た。頭がすっぽり隠れるくらいの麦わら帽子をかぶった二人、人とすれ違う度に、繋いだ手を慌てて離す所を見るに、どうやら兄妹ではないようだ。そんな小さな恋人達は自販機の前で立ち止まると、お互いに手に持ったがま口を覗き込んで相談を始める。二人分の小銭を持ち合わせておらず、どの飲み物にしようか決めかねている様子だ。


『こんにちは、つめたい飲み物はいかがですか!』


突然流れた機械音声に驚いた二人は、くすくすと笑い合う。しばらくして、小銭を入れた少年は、少し背伸びをして中段のオレンジジュースのボタンを押した。そしてガタンと落ちてくるジュースを、少年は少女に差し出した。と同時に、ピピピと電子音が流れる。


『おめでとう、当たりだよ!もう一本選んでね!』


いかにも楽しげな機械音声の調子に、嬉しそうに顔を見合わせる二人。少年がまた同じボタンを押し、出てきたジュースを片手に、二人はでこぼこ道を歩いて行く。まだ舗装がされていないそのままの道を、水たまりに気を付けながら。


しばらくして、ふと少年が足を止め、小さくなった自販機の方を振り向いた。なあにと不思議そうな顔をして少年の顔を覗き込む少女。少年は、何だか自販機が笑った気がする、とだけ呟いた。


まるで、この国の新たな出発を、神様が祝ってくれているような晴天の日。


変な事を言うのねと、笑いながら走って行く少女とそれを少し恥ずかしそうに追いかけていく少年。そんな二人が、いつまでも一緒でいられるように、静かに見守る二つの自販機がそこにはあった。

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