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 その後の会計時、九条はタッチすらしなかった。もうどうにでもなれという心境になる許子。


 バーを出ると、星空が彼女に降りかかる。地方都市の、乗降客も多くは無い駅前となれば、まだまだ商業ビルも疎らである。山からの空気を吸って、大仕事をひとつ片付けた実感を得た。

 九条は役所の方向へ歩き去っていこうとする。許子がそれに気付き、彼を止める。


「何? 奢りの例ならいいよ。レセプション・パーティーだと思ってくれれば」

「本当にありがとうございました。美味しかったです」


 九条が変な顔をする。


「お店は君の行きつけじゃないか」

「へへ、いいじゃないですか。別に。美味しかったんですから」

「少し酔ってるな。気をつけなよ」


 もう一度振り返って、歩き出す九条。まだ後処理が残っているらしい。何だかんだ言っても、自分の仕事を終わらせる責任感はちゃんと持ち合わせている。多くを語らない寂しげな背中が、ゆっくりと遠ざかっていく。


 ――やっていけるだろうか。この人と。機械音痴の自分が。


 一瞬の逡巡を振り解き、上気した頬を自ら抓る。そんなに回っていない。大丈夫そうだ。

 脚に力を入れ、走り出す許子。


「九条さん、抑止課、頑張りましょうね!」


 鬱陶しそうに振り返った九条が、薄っすらと笑っていた気がした。


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テクステリア 柴田勝家&各務都心 @shibata_to_toshin

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