第36話 陰陽五行説
「――今日は陰陽五行説のエネルギーについてだ」
平沢さんと動植物園に行った次の日。
今日は俺達出仕が3人揃ったので、午後からは研修になった。
昨日は「木」のエネルギーの使い方について見解が深まったので、研修になったのは個人的に嬉しかった。
やはり、俺はまだまだ知らないことが多い。
昨日は、自身の目で見て学ぶことが、自身の成長に繋がるのだと再確認できた1日だった。
(よし、学ぶぞー!)
だからこそ、今日の俺はやる気に満ち溢れているのだ。
1人で心の中で意気込みながら、シャープペンシルを持つ手に力を込め、柴崎さんの話に耳を傾けた。
「以前にも陰陽五行説については説明した。自然界には『陰』と『陽』の相反するエネルギーがあるというものだ。さらに細かく言うと、その中に5つのエネルギーがあり、抑制し、調整をしながらバランスを保つことで世界は成り立っているという考え方だ」
陰陽五行説。
これが俺達、神主が行っている邪気祓いの根源に思想だ。
「『陰』は物質的で、実体がある固体エネルギーをさす。その名の通り、冷たい、暗いなどの
柴崎さんの話は少し難しいが、とりあえずは明るいのが『陽』で、暗いのが『陰』と覚えたらいいか。
一応しっかりとメモはとっておこうと思い、俺は手を止めずにメモを取り続けた。
「そして、その中でも5つのエネルギーに分かれる」
話しながら、柴崎さんは数字の「5」をさすように、手のひらを俺達に向ける。
その数字の意味は俺にもわかる。
エネルギーは、5つ。
木 火 土 金 水
この中で、俺は「木」のエネルギーの所有者だ。
「―――そして、エネルギーによって能力も違う」
「能力?」
首を傾げる俺に、柴崎さんはホワイトボードに文字を書いていく。
陰陽 季節 方位 色 時 五官 気候 崇高感情 十二支
[木] 陽 春 東 青 朝 目 風 同情 寅 卯
[火] 陽 夏 南 赤 昼 舌 熱 愛情 巳 午
[土] 陰 土用 中央 黄 午後 口 湿 共感 丑 未 辰 戌
[金] 陰 秋 西 白 夕 鼻 燥 敬意 申 酉
[水] 陰 冬 北 黒 夜 耳 寒 知恵 子 亥
柴崎さんが書いたのは、5つのエネルギーの分類表のようだった。
自然界のすべてのものが、5つのエネルギーに分かれている。それがこの表でわかるようだった。
俺は「木」だから、「陽」のエネルギーになるのか。
成川と立花は、どちらも「陰」のエネルギーだ。
「この中で一番わかりやすいのは『色』だろう。3人とも、お守りを光らせてみろ」
柴崎さんに言われるがまま、俺達はそれぞれお守りを取り出す。
俺はお守りを握り、お守りの効力を発動した。
「……おお!すごい!」
その光景に俺は息を飲む。
俺は" 青白く "光り、立花は" 金色 "に、成川は "白く "お守りが光っていた。
研修会の時に、3人でお守りを光らせた時に疑問に思っていたことが解消された。
これはエネルギーによって、光る色も違うのだ。
少し面白くなったきた、と思いながら、柴崎さんに体の向きを戻す。
「他にも『五官』もわかりやすい。犀葉も祿郷に『目を凝らせ』と言われていたのを覚えているか?」
「はい」
「『木』のエネルギーを持つ者は、視力にエネルギーが宿る。他のエネルギーを持つ者より、視覚的な異変に気付きやすい」
そうか、だから祿郷さんも、立花も、俺に「目を凝らせ」と言ったのか。
璃音の捜索に行った時も、同じ「木」のエネルギーを持つ平沢さんが、一番に住宅街の闇に隠れる璃音を見つけていた。
他にも、いろいろと見覚えがある。
山の中で、俺が初めて野兎に邪気祓いをした時も、視覚的に映像が流れた俺に、祿郷さんは「俺は耳だ」と言っていた。
この表を見ると、祿郷さんは「水」のエネルギーを持つ者なので、五官は「耳」だ。
研修会の時も、成川は「鼻」を鳴らしていたように思う。
やっと今までの疑問が解消できた。
「このように、5つのエネルギーの特性がある。これをしっかりと覚え、理解することで、式神や邪気祓いにも生かせる。他にもいろいろと分類されているので、気になる者は自分で調べてみてもいい」
この表を見ていると、昨日の平沢さんの言葉を思い出す。
―――そのエネルギーを持つからこその性格や考え方。
昨日は神力エネルギーのイメージのみで話していたが、この表があることでより納得ができた。
やはり、性格とエネルギーは関係あるのか。
いや、じゃあ何で俺は、平沢さんみたいに落ち着いていないのだろうか。
もっと柔軟な考えを持っていきたいのに、なんかこう、直感と勢いで動いてしまうところがある。
「……俺もあと3年した落ち着くのかなぁ」
「いや、無理だろ」
「無理だな」
「……ぐう」
研修後は、いつも通り山でジョギングをして、今日の業務は終わった。
社務所でスーツに着替え、帰り支度をしながら、今日の出来事を思い返していた。
ぽつりと呟いた独り言に、言葉を返してきたのは俺の同期2人だ。
聞かれていた恥ずかしさと、即答で否定された腹立たしさに唸る。
「じゃ、お疲れ、犀葉」
「……」
「……お疲れ。2人とも頑張れよー」
どうやら、成川は今日は宿直のようだ。
立花は今から夜の見まわりがあるらしい。
2人に軽く挨拶をして部屋を出た後、社務所の奥で宮司さんと先輩に挨拶をして、俺は神社を出た。
「 ふふっ、あーきら!今日もおつかれさま! 」
「ありがとう、璃音」
神社の大階段を下りていたら、後ろからふわりと飛んできた璃音に抱き付かれた。
お礼を言いながら頭を撫でると、嬉しそうにはにかむ。
自身の心の中が温かくなるのを感じながら、俺と璃音は歩を進めた。
―――その足が、ふと止まる。
「 こんにちは 」
突如、目の前に現れた少年。
黒髪の短髪、Tシャツ、ジーンズのズボン。
突如前触れもなく現れたことに、びくりと俺は肩を揺らした。
驚いて少しの間固まってしまったが、璃音が一歩俺の前に出たことで我に返る。
その異様な雰囲気に、この少年は『此の世ならざるモノ』だと判断した。
「こんにちは。俺達に何か用があるのかな?」
色濃く、深くなっていく夕焼けのせいで、目の前の俯く少年の顔がはっきりと見えない。
その少年を観察するが、靄は纏っているようには思えなかった。
靄を纏っていたら、近くにいるだけで嫌な気配がする。
つまり、悪いものではないということだろうか。
(いや、でも油断はできない)
気を引き締めろ、俺。
恐る恐る後ろポケットに入っている塩水入りの小瓶に、触れたとほぼ同時に、少年はゆっくりと顏を上げた。
「 おにいさん、俺のことが見えてるんでしょ? 」
その表情を見て、俺は小瓶から手を離す。
緊張するように肩は強張りながらも、少しだけ期待を込めた瞳で俺を見る少年。
その風貌が、伊勢で出会った少年と重なってしまった。
「……うん、見えるよ」
「 わあっ、俺のことが見える人に出会ったの、初めてだ! 」
興奮したように少年が駆け寄り、俺の腕を掴む。
そのまま腕を引かれ、やってきたのは、神社の近くにある小さな公園だった。
「 ねえ、遊んで!一緒に遊ぼう! 」
「 うん、いいよ。ね、あきら 」
「え?ちょっと…!」
公園についた途端、少年は璃音にも向き直り、その手を握る。
璃音も嬉しそうに快諾したかと思ったら、突然空いていた左手で俺の腕を握り、駆け出した。
2人に腕を引かれるがままにやってきたのはジャングルジムだ。
「懐かしいなぁ」
「 よーいどん! 」
「 負けないよー! 」
すると2人は、掛け声と共に競争するように登り、繋がっていた滑り台を使って楽しく遊び始めた。
俺は、さすがに子ども用遊具で遊ぶのは気が引けたので、ベンチに座って2人を見ていた。
「 あきらー! 」
「 こっちも行こうよ! 」
「 うん! 」
滑り台を使って楽しそうにしている璃音を見ると、やはり年相応だと思う。
いつもは俺といるせいで、こうして一緒に遊具などで遊べない。
時々はここに寄ってもいいかもしれないなぁ、そう考えていると、公園の入口の方から足音が聞こえてきた。
「……あっ」
聞こえた足音に振り向くと、そこには学生服の少年が立っていた。
ああ、この少年は何度か見たことがある。
最近見たのは昨日だったっけ。
「
すると、ジャングルジムに登っていた少年が、一目散に駆け出し、学生服を着た少年のところへ向かう。
「 今日も学校お疲れ! 」
にこりと微笑みながら話すが、その声は少年には届いていないようだ。
いつまでも合わない視線に、それに気づいたように『此の世ならざるモノ』の少年も表情を曇らせる。
ああ、この少年は、『此の世ならざるモノ』が見えていないのか。
「こんにちは、学校お疲れ様」
その様子が、いたたまれなくて、俺は声をかける。
すると、警戒するような瞳が、瞠目したものに変わった。
あ、もしかして、不審者と思われているのだろうか。
「……えっと、君はいつもこの公園にいるの?」
「どうしてそんなこと聞くの」
「いや、昨日も会ったからさ。俺、この山の上の神社で神主をやってるから、よく君を見かけてね」
「……神主、さん」
見かけたのは2度ほどだが。
喋りかけてしまったことで、さらに警戒心が高まった少年に、慌てて弁明する。
少年は俺を上から下まで一通り見たかと思うと、歩を進めてそのまま俺の横に座った。
その行動に驚いたのは俺だけでなく、『此の世ならざるモノ』の少年もだった。
「……えーっと、」
横に座ったのはいいが、無言のままだ。
何か話したほうがいいのか、それとも話しかけてほしくないのかわからない。
思春期って難しいなぁと考えていると、俺の横に座っていた少年の視線が俺を捉える。
「……あの、腕は、大丈夫ですか?」
「腕?……あっ」
腕?と言われて、ふと自身の左腕を見る。
今はスーツを着ていて、カッターシャツで包帯は見えない。
何で知っているのだろうと思い返し、この少年を初めて見かけた日のことを思い出した。
そうだ。犬に噛まれて病院に行った帰りに、この少年に出会ったのだ。
「ああ、大丈夫だよ。ちょっと犬に噛まれちゃってさ。しかも柴犬に!あははっ」
「……ふっ」
そう自嘲気味に言うと、くすりと笑う声が聞こえた。
それに驚いて少年を見ると、途端に自身の口を押さえて、俺に勢いよく頭をさげた。
「ご、ごめんなさい!」
「え?いや、いいよ!だって先輩にも笑われたし、これは俺の不注意だし。いや、笑ってくれたことに驚いたんだ」
「……僕、変ですか?」
だって、俺どう見ても不審者だし。
そういうつもりで言ったのだが、どうやら別の意味で受け取ってしまったのかもしれない。
俯く表情は、とても暗く、悲しそうだった。
「……そんなことないよ。君の笑う顔が見れて、嬉しくて驚いたんだよ」
「えっ?……あ、塾に行かなきゃ!」
何かを抱えているのだろうか。
そんなことを考えつつ、ぽんと優しく肩に触れると、泣きそうな表情で少年は俺を見上げる。
その時に、俺の後ろにあった時計が目に入ったらしく、思い出したかのように立ち上がった。
公園の出口に向かって走っていく後ろ姿に、俺は小さく手を振った。
何に悩んでいるのかよくわからなけど、頑張れよ。青少年!
恋だったら実ると良いな!
そんな中年オヤジのようなことを考えていたら、立ち止まったまま俺達を見ていた『此の世ならざるモノ』の少年が今度は俺の隣に腰かけた。
「 おにいさん、ありがとう。和樹の笑う顔、久しぶりに見た 」
「さっきの子は和樹君って言うのか。じゃあ、君は?」
「 俺?俺は、
そう屈託のない笑みを見せる『此の世ならざるモノ』の少年―― 一樹。
なんで俺が見えることを知っているのか、ずっと疑問だったが、最近見かけていた『此の世ならざるモノ』の少年だったのか。
おそらく、昨日の俺と目が合ったことで確信を持てたのかもしれない。
身体の大きさ、喋り方を見ても、小学生の高学年くらいの男の子だ。
双子の弟ということは、おそらく亡くなってまだ数年ということだろうか。
「そっか、よろしくね。一樹君。俺は犀葉 瑛。こっちは璃音だ」
「 ……うん。ねえ、おにいさん、璃音ちゃん。また一緒に遊んでくれる? 」
「もちろん!」
「 うん!もっと楽しい遊びを教えてね! 」
璃音が一樹の手を握ると、嬉しそうに一樹ははにかんだ。
そして、走り去っていった双子の兄を追うように、ゆっくりと姿を消した。
その消えた場所を見つめ、俺は先日の光景を思い返していた。
一緒にいたのを何度も見かけた。
しかし、一緒にいても、和樹には一樹の姿は見えていないのか。
だからこそ、寂しかったのかもしれない。
「 あきら、また明日も来たい 」
ふと、璃音が俺の手を握る。
おそらく、自身の存在に気づいてもらえない一樹に、自身を重ねているのだろう。
そんな璃音を安心させるように、俺はしっかりとその手を握り返した。
「勿論。明日も来ようか」
「 うん!ありがとう! 」
霊感のある神主サマ 胡夏 @rareki23
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