エピローグ

 ねえ、覚えてる?

 小さい頃は自分のお母さんが 魔法使いに思えたこと

 キミの大好きな美味しい料理を 毎日作り出すあの手が

 魔法みたいに思えたこと


 まだ、持ってる?

 キミが小さい頃友達だった ロボットやぬいぐるみ

 眠りにつくベッドの中で たくさん内緒話をしたこと

 大切な友達だと信じて疑わなかった あの頃の気持ち


 忘れないでいて

 不思議な魔法や ワクワクする冒険や 夢見るようなメルヘンは

 いつでもキミの側で眠っているんだって

 

 普段は隠れていて じっと目を凝らさないと分からないけれど

 キミが見つけてくれるのを ボクたちは待っているんだって


 大人になっても忘れないで

 甘い魔法を夢見ること ワクワクするような冒険を楽しむ気持ちを


 キミの中にある キラキラしたお星さまを失わないで


 大切に持っていれば きっとまた会える


 小さいころは友達だった

 キミの魔法使いと


 ――絵本「魔法使いのケーキ屋さん」より


 その後の話を、少しだけします。

 しばらく経って、十年ぶりに、「魔法使いのケーキ屋さん」の二冊目が発売された。

 魔法使いの男の子と、お供のリス。ひとつだけ違ったのは、泣き虫のウサギが加わったこと。

 絵本はたちまち話題になった。珪樹さんは知らなかったみたいなんだけど、二冊目を待っていたファンが、たくさんいたんだって。

 子供の頃、「魔法使いのケーキ屋さん」を読んだ子達が、十年経ってお母さんになって、今度はその子供たちに受け継がれる。

 珪樹さんの蒔いた魔法のタネは、こんなところにも育っていたんだね。

 私は〈Ange〉にアルバイトとして弟子入り。パティシエの夢を叶えるために、毎日珪樹さんにしごかれています。

 珪樹さんは相変わらず、ケーキ作りには厳しくて、普段もそっけなくて意地悪だけど……、今までになかった優しい瞳で、私を見てくれているような気がします。

 時折囁かれる甘い言葉は、私の反応を見て遊ばれているような気もするけれど……。私はいつまでも慣れなくて、今日もまた、珪樹さんの魔法にかかるの。

 でも、ひとつだけ。珪樹さんには秘密にしていることがあるんです。

 本当は、少し気付いているの。あの日の夢は、本当は夢じゃなかったんじゃないかってこと。時々、白い小鳥がお店の屋根の上を飛んでいること。

 ねえ、珪樹さん。珪樹さんは、やっぱり――?


「……何、ボーッとしてるの?」

 メレンゲを泡立てている珪樹さんの、いぶかしげな声が飛んできた。

 今日は、私の家のキッチンで一緒にケーキ作りをしている。もちろんビスくんも一緒で、私のマグカップを泡風呂にして遊んでいる。

「あっ……、すみません!」

 はっとして、持っていた泡立て器を握り直す。いまだに珪樹さんには、敬語が抜けない。

「ただでさえ普段からボヤッとしているんだから、調理中は集中しなよ」

「はいっ! ……あ……っ!!」

 頷いて返事をして、手元が動いた瞬間に、近くにあったボウルに肘を当ててしまった。

 斜めに傾きながら、調理台の上から落ちていくボウル。私は、盛大な音を覚悟して、思わず目をつむり、耳を押さえた――。

 ……あれ?

 覚悟していた音がいつまでも響いてこなくて、私はおそるおそる目を開けた。

「……気を付けなよ」

 床には、綺麗に着地したボウル。

 中の小麦粉は少しも零れていなくて、すりきりしたみたいに水平に納まっている。

 え? え??

 そ知らぬ顔で作業を続ける珪樹さんを、弾かれたように振り返る私の横で、ビスくんが、ウインクした気がした。

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魔法使いのケーキ屋さん~泣き虫ウサギと恋するモンブラン~ 栗栖ひよ子 @chrishiyoko

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