第4話
三人の少女は、もはや取り返しのつかない段階にまで辿り着いてしまっていた。
実は、修行は一ヶ月ほどで終了する予定だったのだ。ところが、ハマハズの治める領土を虎視眈々と狙っていた敵国のフュハシュの一族が、ハマハズの城を襲撃し、一晩で皆殺しにしてしまったのだ。蛇使いの師匠を含め、城に住んでいたいっさいの人間が抹殺された。
悲劇としか言いようがなかった。
ミア、ムイ、メウの三人がどこの島で修行しているのか、師匠以外に知る者はいなかった。ミア、ムイ、メウでさえ、自分たちがいる島はどこのどういう島なのか知らなかったのだ。過酷な修行であるため、途中で逃げ出してしまうかもしれない。それを防ぐための措置として、師匠は敢えて、誰にも三人の少女の修行場所を告げなかった。
その措置がいけなかった。ミア、ムイ、メウの三人は、師匠が死んでしまったことも知らずに、いつまでも修行を続けることになってしまったのだった。
「どうしてこうなってしまったんだろう」
メウは、裸蝶の舞う美しい姿を眺めながら、膝を抱えて地面に座り、物思いにふけっていた。
ほんとうは、誰が悪いわけでもない。家族が崩壊していくのは、修行の長期化に伴う必然のできごとだったのだから。
だが、メウは自分を責めた。もっと素直であればよかった。
メウは目にいっぱい涙を浮かべ、自分を責め続けていた。そのうちに、その場をひらひらと舞っていた裸蝶がやがて去り、メウはひとりぼっちになった。ますますメウは自分が惨めに思えてきた。こんなに悲しい思いをしているのに、そのうえ一目惚れの相手に逃げられるなんて、自分はどうしてこうもついていないのだろう……。
しかしつぎの瞬間、メウの心から、裸蝶への思慕は透き通るようにして消えていった。もう、裸蝶などどうでもよくなっていた。不思議な体験だったが、まるで始めから決まっていたことのようにも思えた。
メウは、涙をごしごし拭くと、すっくと立ち上がった。メウはこのときすでに自らのなすべきことを完全に自覚し、ただその実現にのみ向かって身体を動かし始めていた。
「帰らなくちゃ。みんなが待っている」
メウは迷いなく、家族が待つ家へと向かった。
「ただいま」家の戸口を開けて、メウは朗らかに言った。
「おかえり、お父さん」ミアが出迎えてくれた。
メウは、ミアの頭をごしごしと撫で、
「今日もいい子にしてたかな?」
と言った。
「うん、あたし、いい子にしてたよ。今日もお母さんに褒められたの!」ミアは嬉しそうに答えた。
「おかえりなさい、あなた。晩御飯、できているわよ。三人で食べましょう」と言って、ムイも出迎えてくれた。
すべてがうまくいっていた。
何事もなかったように、家族はふだんの調子を取り戻していた。
メウの中に、親に反抗する気持ちは微塵も残っていなかった。それもそのはず、今や、メウ自身が親となったのだ。
実は、この一年間、三人は何度も何度も家族における役割を入れ替えていたのだった。といっても、意識的に入れ替えていたわけではない。だから、むしろ生物進化の過程にも似た自然の機序がそうさせたのかもしれなかった。
三人の蛇使い見習いの少女は、この島で、いつまでも、いつまでも、ウロボロスの円環のように入れ替わり立ち替わり家族の中での役割を演じていく。
はだかの蝶の泉 もちかたりお @motikatario
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