第3話

 メウは、乱れた服装をすることが増えた。子供には相応しくない破廉恥な格好だった。しかしいくらお母さんのミアが注意しても、メウはその格好を改めようとしなかった。


 加えてメウは、夕方に出掛けて行き、そのまま晩御飯の時間が来ても家に帰ってこないことが多くなった。夜遅くにどこへ行っているのかとミアが問いただしても、メウは無視するばかりだった。


 その日もメウの帰りは遅かった。


「メウ、こんな時間までどこ行ってたの。お母さん、毎日心配してるのよ」

「ふん。どこだっていいじゃない」


「その口の利きかたは何ですか。いい加減にしなさい。お母さんも我慢の限界よ。聞いてちょうだい、メウ。そんな恥ずかしい格好で、夜中まで出歩くなんて、非常識よ。ふつうじゃ考えられないわ。不良娘のやることよ。メウ、無視してないで、何とか言いなさいよ。ねえ、お父さんからも何か言ってやって下さい」


「子供の養育は、お母さんの仕事だろう。私は、毎日働き詰めで疲れているんだ。私まで子供の問題に巻き込まないでくれないか」


「冗談じゃないわ。子供の問題は、家族の問題よ。あなたにも関係があります」


「うるさいな。だいたい、君の育てかたが悪いから、メウがあんなふうになるんじゃないか」

「あなたが子供に無関心だから、メウがあんなふうになったのかもしれないわ」

「何だと。おれが悪いって言うのか」

「ええ、そうね。あなたの責任はとっても大きいと思うわ」

「冗談じゃない。そもそも、誰のおかげで食べていけていると思っているんだ」

「何ですって」


 メウは、乱れた服装を正すこともなく、毎日のように夜遅くに家に帰った。

 メウは、平和な家族の団欒が失われて平気だったわけではない。

 しかし、メウの態度は相変わらずだった。


 メウは、恋をしていたのだった。


 メウの純真な乙女心を射止めたのは、裸蝶らちょうという幻の生物だった。裸蝶は、この島では夜遅くでないと姿を見せない、透き通った翅の美しい蝶だ。


 ある夜、偶然にも裸蝶が舞うのを見つけたメウは、その美しさに一目惚れしてしまい、それ以来、毎日のように裸蝶の姿を拝みに、深夜まで外をふらつくようになった。


 最近は、月が満ちているから、とりわけ裸蝶が輝くように美しかった。


 十数頭の裸蝶たちが、月明かりのもと卍巴になって飛翔する様は、圧巻だった。


 メウは、裸蝶の姿をこれからも見続けられるなら、ちょっとくらい夫婦喧嘩が増えたり親子の関係がぎくしゃくしたりしても、別に構わないと思っていた。


 だが、この想定は甘かった。思っていた以上に家族の分裂が避けがたい現実として迫ってきていたのだ。


 そしてその日は訪れた。


 夕方、メウがいつも通り、裸蝶に会うために出掛ける準備をしているときだった。いつになく真剣な表情で、ミアがメウにこう言ったのだ。


「お父さんとお母さんは、離婚することになりました。メウは、お父さんとお母さんのどちらについていくか、よく考えて決めなさいね」


 メウの心に、まず驚きの感情が満ち、ついで悲しみの感情が広がっていった。


「嘘でしょう、お母さん。嘘だと言って」

「嘘じゃないわ」


 メウは、目に涙を浮かべ、「お父さんとお母さんの馬鹿」と叫んでから、闇雲に走り出した。


 まだまだ精神的に未熟な少女三人が、一緒に無人島で長期間すごしていれば、やがて三人が衝突し、決裂し、めいめいが修復不可能なまでに深く傷つき合ってしまうだろうことは、最初から分かりきっていたことだった。この修行は、それだけ危険なものだったのだ。もちろん、だからこそこの修行は、蛇使いの最後の修行として相応しいとされていたのだが、それゆえにこの修行のうちに潜む落とし穴には細心の注意を払う必要があった。


 しかし、この修行の大きな落とし穴に、ミア、ムイ、メウの三人は、誰一人として気がついていなかった。

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