オフ会

真賀田デニム

 オフ会

第1話 現在――[光]


「よし、25ポイント増えてる!」


 藤本康介ふじもとこうすけはモニターの前でガッツポーツをすると、心急くままに作者名をクリックする。自分の作品にB!ブラボーポイントを投じてくれた読者のプロフィールが気になったのだ。


 B!ポイントとは、小説投稿サイト『モジノラクエン』に於ける作品の評価ポイントであり、1から5の間で読者に貰える仕様となっている。5が最大であり、その評価ポイント次第ではトップページの『ピックアップ小説』や『ランキング』に乗り、より多くの読者を会得することが可能だ。


 つまり、人気作品になるにはB!ポイントを増やしていくことが必須であり、そんなB!ポイントを投じてくれた読者が気になるのは自然なことだった。


「お、読み専か」


 @Riripadという名の読み専。読み専かどうかは作品を公開しているか否かで簡単に分かるが、読み専のユーザーは往々にしてIDをそのままペンネームしている。執筆もしていないのにペンネームなど付ける必要がないということだろう。康介は次に全評価者数が乗るページへと進む。


 評価者は五人。

 嬉しいことにその全員が@Riripad同様読み専の読者だった。作者からのB!ポイントが快くないわけではないが、少なからず互助の関係が影響していることもあり、手放しで喜べない部分があるのは事実だった。その点、読み専の読者は単純に面白いから読むのであり、その満足度はやはり違った。


 誰が何ポイント投じたかまでは分からないが、貰えるだけで十分だ。しかし今回も気になることがある。評価者を一人一人クリックし終えた康介は、ため息交じりに独り言つ。


「俺だけにポイントを投じるなよ。複アカ疑われたらどうするんだ。適当に配っておけよ」


 複アカ――。それは、運営の知るところになればサービスの停止すらあり得る、複数のアカウントを所有するという違反行為。


 康介はパソコンとスマートフォンを持っているがどちらも同じユーザーIDで登録しているので、複アカではない。にもかかわらず他人の行為で複アカを疑われたらたまったものではない。しかし実際は、疑念のさきにあるサービス停止の可能性はほぼないだろう。疑い出したらきりがないほどに、『モジノラクエン』には複アカらしきものが溢れかえっているのだから。


 自分一人にB!ポイントを投じる行為も、好意的に考えばそれだけ康介の書いている王道ファンタジー小説『ファイナルブルー・ヒストリア』が魅力的であるとも取れるわけで、素直に喜んでおくのがベターなのかもしれない。


 それにしてもシャワーを浴びて出てきたらB!ポイントが25も増えているとは、金曜日の二十一時という時間帯は読者が多いのだろうか。トップページに乗っているランキング保持者の作品も軒並みポイントが増えている。


 康介は何とはなしに、その作品の中の一つをクリックする。飛んだのはその作品を書いている作者のページ。更に作者の近況を綴るラクエンノートをクリックした康介はそこで、B!ポイントをくれた人への感謝の言葉を見つけた。


 やはり書くべきだろうな。


 とある事情から過去に書いた記事を全て削除して、ラクエンノートが真っさらな状態の康介のページ。本当だったらもうラクエンノートを利用したくないのだが、これだけのB!ポイントを貰っておきながら感謝の言葉の一つも述べないのは、いささかばかりの罪悪感がある。一部の読者の機嫌を損ねてフォローを外されないためにも、やはり書くべきだろう。


 康介はラクエンノートを開き、寸刻の逡巡しゅんじゅんののち記事を書く。



 ―――――――――――――――――――


 2018年11月17日   

 21:14

[編集]

            

 いつもお読みいただきありがとうございます。


  

 フォローしてくれた方、B!ポイントを投じてくれた方、そしてレビューを書いてくれた方ありがとうございます。読者様の応援があるからこそがんばれます。これからもおもしろい作品を書いていきますので、どうか宜しくお願いします。

          

 ――――――――――――――――――――



 定型文のような何の捻りのないありきたりな文面だが、書かないよりかはマシだろう。康介は誤字脱字を確認したのち、『公開』をクリック。そして適当に髪を整えて着替えを済ませると、玄関へと向かう。


 ――このとき、康介は忘れていた。


 



 ◇



 安アパートにやもめ暮らしの男など大抵そうだと思うが、康介はご飯は出来合いのものを買って食べるのが当たり前となっている。お金が掛かって仕方がないが、自炊をする気がないのだから受け入れるほかない。よって好きなゲームも買えないお財布事情だが、幸い今は執筆が楽しいので特に問題はなかった。


 玄関扉を出て廊下へ出ると冷気を伴った秋風が康介の体を通り過ぎていく。今年は早めに炬燵こたつにミカンの時期かな、などと脳裏に過らせつつ階段を下りて通りへと出た康介は、ふと思うことがあって背後に顔を向けた。


山路やまじ荘』という名の、大家の苗字を冠した至って普通のモルタル二階建てアパート。そこが康介の住処すみか。高校を出てから七年間住んでいるので相応の愛着はあるが、一度大きな夢を見てからは掘っ建て小屋にしか見えなくなっていた。


 夢。それはプロの小説家。

 そして公募ではないWeb媒体からのデビューを康介は狙っていた。

 

 小説投稿サイト『モジノラクエン』で執筆を始めてかれこれ七か月が経つ。はじめの頃は全くPVも伸びず、腹いせにどこからの誰かみたいに運営批判のエッセイでも書いてやろうと思ったものだ。しかし今ではPVはおろかB!ポイントが増えない日はない。つまり波に乗ったのだ。読者が読者を呼ぶ連鎖の波に。

 

 それはファンタジージャンルの一部の作品に起こり得るB!ポイントのフィーバー現象。その現象が、いつの日か康介の『ファイナルブルー・ヒストリア』にも起きはじめたのだ。


 フォロー数、      2254

 B!ポイント数、    1102

 PV数、     351,257

 ファンタジーランキング、  9位


 それが今現在の『ファイナルブルー・ヒストリア』の戦績。

 これで夢を見るなというほうが無理な話だろう。最悪、冬のコンテストで落選しても、いずれどこかのレーベルが書籍化の打診をしてくるレベルであることには違いない。そして当然書籍化したら貰えるのが、あの印税というやつだ。漫画やアニメやゲームにマルチメディア展開でもすれば、もしかしたらその額は億に達するかもしれない。


「麻布あたりでマンションでも買うか」


 湧きあがる高揚感から、康介は夜の通りで一人、声を上げた。



 ◇



 足繁く通う近所のコンビニで購入する食品は大体決まってる。一度食べておいしいと思った物は基本的に飽きるまで買い続けるからだ。康介は迷いもせずに『から揚げ特盛弁当』と『ごぼうサラダ』を手に取るとレジへ向かう。しかしすぐに歩みを止めた。特設コーナーにある『イチゴ大福』が気になったのだ。


 百五十円か。


 いつもなら出すことを渋る金額。しかし今日は気分がいい。それもこれも短時間でB!ポイントが25も増えたからにほかならない。康介は『イチゴ大福』を手に取ると今度こそレジへと足を向けた。


 並ぶ客の後ろで考えるのは、今書いている第四十八話のこと。ここら辺でもう一人個性的なヒロインを出したいのだが、属性に悩んでいたのだ。『ドジッ娘』か『中二病』か『メイド』か、はたまた『ヤンデレ』か。或いは美少女のような見た目の美少年、『ロリショタ』か。


 ――と頭の中を駆け巡る五つの属性の女の子達が、自分を使えとばかりに主張を始め出したそのとき、声が聞こえた。


「お待ちのお客様こちらのレジへどうぞ」


 となりのレジから店員が呼んだようだ。後ろには誰もいない。康介は思考を一時中断してもう一つのレジへと移動すると、商品をレジ台に置く。そして、そういえば若い女の子の声だったな、とその面様おもようを確認したとき息を飲んだ。


 おそらく、康介の表情は尋常とは言い難いものになっていたのだろう。その女の子はぎょっとしたような顔を浮かべる。しかしすぐに何事もなかったように店員のそれへと戻り、接客を始めた。


 康介はレジ袋を受け取り、そそくさとコンビニを出る。そして暗雲漂う夜空を見上げると、何度も大きく深呼吸した。乱れた精神を落ち着かせるためだった。


 似ていた――でも違う。あの子は、


「は、はは、当たり前だろ。だってあいつは……玲香れいかは――」


 路上で独り言ちる康介に白眼視はくがんしを向ける通行人達。康介は体裁を整えようとわざとらしくせきをすると、速足で家路へと就く。


 忘れたい、でも忘却の彼方に追いやることのできない記憶。だからこそ時間を掛けて、セピア色の写真に収まるどうと言うこともない過去にしてきたのに、それは一瞬にして鮮やかな色を伴って蘇ってくる。


 谷川たにがわ玲香。


 それは今はもういないはずの元恋人。

 康介にとがを意識させる、思い出したくもない過去の幻影――。

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