第43話 死ぬために生きるのか
最後の章 解き放たれた空
紅炎の発した最後の言葉と共に、マラグィドールは大きな爆発を起こして船体を歪ませた。
大きな爆発から、衝撃波が周囲に広がり、次いで音が伴って激しい旋風がわき起こる。
セボリアを取り巻く地上車両がいくつか爆風に巻き込まれて転がり、砂に埋もれ、また壁の一部に小さな破片が当たってヒビをつくる。
夕焼けの空に広がった赤い光は、内側にマラグィドールの船体を飲み込むと、それらを三つに分裂させて進路を変えていった。
一つは、地上。誰もいない荒野のど真ん中にある旧イントゥリゲート基地に落下する。
そこにはかつてのアンビギューターたちの最終拠点があったが、結集を終わらせたアンビギューターとカートたちの真上にマラグィドールの破片が落下して炎上する。
二つ目の破片はセボリアの壁からやや脇にそれて落下した。そこには誰もいなかった。荒野と砂だけが広がる無人地帯で、艦橋を含む主要船体が落下し地面に埋もれる。
三つめの破片が、軌道をやや下に落としながらもセボリアの壁に激突した。
破片が激突した衝撃でゲートが半開きになり、内側から爆発と白い煙を吐き出して炎上する。
広がるざわめきに、少し経って世界に静寂が広まる。
残ったのは、セボリアにいた人々だけだった。
地上に残ったのはカートとアンビギューターの死体と、落下した破片、黒煙、自分たちと生き残った兵士、遠くに霞むいつか自分たちが作ったタワー。
人類とカートの戦いは、ここにきてあっけない結果を見せた。
人類は初めて、カートとの戦いに勝利していた。
弾幕を受けて撃沈した旧式浮遊戦艦マラグィドールと、自分たちが生み出した世界最強の人工兵士集団アンビギューターの全滅を代償にして。
それから、人々はシルフィードの存在を認知していた。
空飛ぶ白い翼、シルフィード。あの翼が現れてからカートたちの侵攻は大きく変わっていったし、あるいはあの機体が無ければ自分たちのセボリアはなくなっていたかもしれない。
人類は複雑な思いと共に喜んだ。
尊い犠牲と、二度と戻らない何かを失って得たのはなんであったのか。
※
墜落したマラグィドールの破片の下から、何かが動いて身を乗り出した。
翼は完全に折れて動かなくなり、脚も全損、辛うじて動くのはコクピットカバーだけという状態で。
なお動いているのは、泥と油と粉塵と煙にまみれ真っ黒に汚れたシルフィードだった。
カバーが動き、次いで火薬シリンダーを発火させて強制的にパイロットシートがコクピットから射出される。
白いパラシュートが開き座席が地上に落ちると、空に打ち上げられている一人のパイロットが見えた。
パラシュートが落ちてパイロットが地上に足を着くと、パイロットは膝を折りながらよろよろとシルフィードに歩いていく。
「ま、まだ生きてるの」
シルフィードは答えない。すでにエンジンは破壊され、翼は折れ機体はモビオスーツとしての能力を失っている。
それでもパイロットは、人間としてその中身を探し続けた。
「生きてるなら返事して」
必死になってシルフィードのエジェクトレバーを探し、レバーを引いて曲げる。シルフィードはもう動かなかったが、ソノイはコクピットカバーを懸命に叩いた。
「ユーヤー生きてるんでしょ!?」
シルフィードは答えなかった。代わりに、ゆっくりとカバーが外されて中から人が出てくる。
哀れなアンビギューターは息も絶え絶えに、死にかけの様子でソノイを見あげている。
『人間……なぜ、あなたがここに』
「あなたのパートナーだからよ!」
『ここは危険だ』
「なにバカなことをっ」
ソノイはアンビギューターのショルダーハーネスベルトを引きちぎり、肩を持ってシートから担ぎ出す。
そのまま勢い余って地上に落ちるが、しばらくはこうしていてもいいかなとソノイは思った。
「なんであなたは戦ってたの」
『それが、我々の使命だからです』
「嘘ばっかり」
『それはどうでしょうか』
ソノイは空にのぼった月を眺めながら、隣に寝転ぶアンビギューターを思った。
『我々は人類を守り、人類をあのタワーの上、争いのない新天地へ導くことを使命としていました。ですがあなたたちは、カートたちと戦う中でかつての理想を忘れ、地下に籠もった。特に大佐には、それが許せなかったのかもしれません』
「そのためにあんな壮大な嘘を?」
『さあ、どうなんでしょうね』
「アンビギューターって全員同じクローンなんでしょう?」
『大佐は違います。我々アンビギューターはほとんど同じだが、大佐は我々の大元のクローンです。あの人たちの考えは我々とは違うし、我々にはよく分かりません』
たち、という数え方にソノイは何か引っかかった。だがそれよりも、それはそれとしてここまで自分たちが傷つけられてきたことに腹が立ってきたので、ソノイはこのアンビギューターとかいう嘘つき共をぶん殴りたい衝動に駆られてきた。
「ねえ。殴っていい?」
『我々はあなたたちのために戦ったんだ』
「そんなことどうでもいいのよ。むしゃくしゃしたから殴るの。もうどうなってもいいわっ」
『無茶な! 我々は嘘なんて言っていませんっ』
体中が痛い中でソノイは立ち上がり、哀れなでかわいそうなアンビギューターの上に馬乗りになって拳を上げる。と、その前になってこの小男が全身をアーマーに包んでいるのに気が付いた。
「まずは、この鉄仮面を剥がすっ。このっ、顔を見せなさいアンビギューターっ!」
『やめてください死んでしまいます!』
首を絞められじたばた藻掻くソノイとアンビギューターの周りで、不思議な形をした破片たちが集まってきて電子音を鳴り響かせた。
『お楽しみのことろ、ヒッジョーに申し訳ないんだけどネー! わたしのことお忘れ!?』
機械が腕を振るい、また別の足だけ機械が悔しそうに地団駄を踏み、別の機械がソノイたちを覗いて青い瞳を前後左右に振って抗議の構えをする。
『人のこと見殺しにしておいて自分たちだけいちゃつくって、どういうことなのよアンタ!?』
「みんなで生きるって言ったじゃない?」
『言ってないじゃないウソツキ! ウソツキ! オオウソツツキ!』
手だけ機械がソノイに迫って鋭いつまみ攻撃をかけてくる。
ソノイは紅炎の突く攻撃を避けながら、アンビギューターにつまづいて転がって大声で笑った。
「生きてるわ! 私は生きてる!」
『生きるって言ってたじゃんウソツキっ!』
『少尉。これから我々は、何をしますか』
※
黒煙を漂わせ、すべてを破壊され何もなくなった砂と荒野だけの世界と、マラグィドールの破片がゆっくり炎を上げて燃えている。
この地域一帯に集まったカートたちはしばらくセボリアには攻めてこないだろう。
恐るべき人食い寄生生物カートは、人類の守護者アンビギューターと共に全滅した。
それでもなお、かつて人類が築いたタワーからは大量のカートたちと、肉の胞子が舞い降りている。
攻めなければまたカートたちが押し寄せる。もう誰も自分を守ってはくれない。
セボリアの壁に激突したマラグィドールの破片と、衝突でできた巨大な裂け目から人々が覗く。
人々は、荒野と赤い砂漠に何を見るのか。
地上に広がるのは永遠とも思える荒野と地獄絵図。敵はかつて無いほど強く、そして多い、絶望しかこの先にはないだろう。
だが生きるためには進むしかないのだ。
月が昇り闇夜の時間が訪れ、日が昇り、時間が経てばふたたび朝がやってくるだろう。
口々に呟かれる彼らの声は、すべて言葉にしえないほど悲痛な呟きだった。
怖いとか、恐ろしいとか、逃げ出したいとか。
壁に取りつく緑色の甲虫が、殻を広げると羽を広げて空に向かって羽ばたいた。
暗いセボリアに閉じこもる人々の瞳は、何色であったろうか。
地上に落ちたシルフィードは、なにも答えない。
了
双翼のシルフィード 第13稿 名無しの群衆の一人 @qb001
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