第一話 異世界召喚
アンネゲルト山頂上付近の樹海にいかつい男数人が1つの冒険者パーティーを囲んでいた。
男たちはどうやら野党の類の様でこの冒険者から身ぐるみを剥ごうとしている様だ。
「だ、誰か助けてください!」
「ククク、ここにゃ誰も来やしねぇよ。運が悪かったと思って装備全部置いていきな。おっと、そこのお嬢ちゃんには他の用があるから逃げるんじゃあねぇぞぉ、ぐへへ。」
彼女、アーニャ=イシスはまだ冒険者になったばかりで素人同然の仲間たちとあまり人の寄り付かないアンネゲルトの樹海でモンスターを倒そうと考えていた。
街から近いモンスターの狩場には大勢の冒険者達がいて、新米冒険者である彼女らは碌に狩りもできなかった。
なので人の少ないこの樹海で狩りをしようと言ったらこのザマだ。
野党の言う通りアーニャ達には本当に運がないらしい。
「あなた達は逃げて!私1人でなんとかするから!」
「でも!リーダーが…」
「私は大丈夫だから、ね?」
「くっ…逃げるぞみんな!」
「あ!おい!逃げるな!お前ら追え!」
アーニャは仲間を逃したが、彼らが街まで無事で逃げ切れるとも限らない。
しかし、今逃さなければ装備を外したと同時に殺されるに違いない。
と、いかにもリーダーらしい行動だった。
とは言っても1人では何もできずに、ボロ雑巾の様に犯されて殺されるのが関の山だろう。
だから、死ぬのなら仲間のために死のうと考え逃げた仲間を追おうとしていた野党を鞘から引き抜いたショートソードで後ろから切りつける。
冒険者を始める前はアンネゲルト山付近にある国の衛士をしていたアーニャの一撃は生半可ではなかった様で切りつけられた野党は地に伏した。
しかし、いくら強いとは言っても所詮は女。
鍛えた男達に囲まれれば、為すすべもなかった。
鳩尾を殴られ胃の中で消化していたであろう先ほど食べたシチューが逆流して口から出て来てそのまま地面に押し倒される。
そのあとはリンチ状態だった。
リンチが終わると、親玉であろう男がおもむろに自らのズボンを下卑た顔をしながら下げる。
アーニャは必死に抵抗しようとするが手足の健が切れているのか全く動かなかった。
だが、仲間が助かったのならそれでいいと、静かに目を閉じ、これから自らがされる事を想像する。
だが、それ以降は指一本触れられることはなかった。
恐る恐る目を開いてみると目の前には見たことのない黒い服を着た大きな男が立っていた。
その大きな男はいきなり現れた様で野党達も驚いている。
そして彼が口を開く。
「まずはズボンを履いたらどうだ?」
◆◆◆
「今、死ぬかと思ったでしょ?フフ、あなたって死ぬと思うとおもしろい顔をするのね。」
そう私をからかうのは白いワンピースの様なものを着た白髪の絶世の美女だった。
「あ、あの、私は死んだのでしょうか?ここは…天国?」
「あら、私が天使にでも見えたかしら?失礼な人ね。折角この世界に召喚してあげたのに。」
「あ、これは申し訳…え?召喚?」
聞き慣れない言葉に私は耳を疑った。
召喚?おとといライトノベルでそんな言葉を目にしたばかりだった。
だが、それは本の中での話であり現実ではありえない…はず。
何がともあれまずは現状の把握だ。
…何もわからん。眼前に広がるのは見たこともない草原。そして目の前でクツクツと笑っている美女。そして止まった時。
たかが一般人である私には到底理解できない世界の中に放り出された様だ。
しかし、幸運にも目の前には言葉の通じる美女がいる。この美女から情報を集めよう。
私はそう考えると美女に話しかける。
「質問をいくつかしたいのですが、よろしいですか?」
まずは下手に出て聞いてみる。
さもなくば何をされるかわからない。
なんせ時間を止めているのだから。
美女は少し考え、ジェスチャーで話を促してきた。
「まず、あなたは誰ですか?」
「私は…そうね、この世界の民からは"神"と崇められているわ」
「では次-」
「-ちょ、ちょっと!そこ驚くとこでしょ!?え!?人間ってそんなに淡白なの!?」
「いや、時止めてる時点で神かなーとは思ってました。」
「え、ええー。」
この美女、"神"は自らの名を覚えていないらしい。永い時を生きているからだと彼女は語った。
時折"神"にからかわれながら手に入れた情報を簡単にまとめると、
・ここはエーベルハルト公国と言う城塞都市の近くにあるアンネゲルト山脈の頂上付近。他に魔法国家と呼ばれるアルベリヒ連邦とエルフの国であるガルムガルドが一番近い。ちなみに他の国は中々に遠いらしい。
・それらの国はエルブアルト大陸にあり、エルブアルト大陸はオーフトラリアの様な形をしているが、大きさはその5倍ほどはある。
・この世界には魔法が存在する。
そして、最後に彼女が私をこの世界に呼んだ理由を述べた。
「実はね最近、この世界に歪みが発生しているみたいなの。その歪みから魔族が溢れ出てきてるみたいでガルムガルドあたりが戦場と化してしまっているの。だからその歪みを消して欲しいのよ。」
となんだかライトノベルの様な話をされて頭がついていかない。
何度かその手の物語は読んだが、あー、主人公大変だなー。としか思っていなかった。
まさか自分がその主人公になるとは考えてもいなかった。
そこで今一番大事な事を聞いてみる。
「どうすればその歪みとやらは消せるんですか?」
「さぁ?」
一瞬にして殺意がマックスまで上昇したのは初めての経験だった。
「で、でも一応魔王を倒せばなんとかなるから!」
「で、その魔王を倒せば私は元の世界に戻れるんですね?」
「え?戻りたかったの?」
「え?」
「え?」
「まさか、戻れない…とか?」
「だ、だって元の世界がどこにあるかわからないし。」
"神"はもう涙目になっているのでそれ以上の追求はやめておいた…さらば私の社畜人生。
別に元の世界に未練といった未練はないので諦めた。
「はぁ、で、どこに魔王はいるんですか?ちゃっちゃと倒してこの世界を満喫することにしました。」
「今のあなたじゃ魔王は倒せないわ。」
「…じゃあ、どうすれば?」
「仲間を集めなさい。ちょうど近くに仲間になりうる存在がいるわ。その子と共に旅をして仲間を集めるの。そして強くなりなさい、勇者よ。神のご加護があらん事を。」
女神はそういって姿を消した。と同時に世界に時が戻る。
唯一持っていたケーキも女神が持っていった様だ。
…神のご加護があらん事を。って、神はお前だろ!
そう心の中で悪態をつきながら身だしなみを整えていると、近くの森から数人の青年達が走ってくる。
「た、助けてください!リーダーが…リーダーがっ!!」
「ぉおう!ちょ、ちょっと落ち着いたらどうだ?」
話を聞くところによると彼らは冒険者「弱者の盾」の一員であるらしく、森で狩りをしようとしたら野盗に襲われたがリーダーが身を呈して守ってくれたらしく、私にそのリーダーを助けて貰おうとおもったらしい。
しかし、元の世界では喧嘩もしたことがない私に、剣を持った野党と戦えなど愚の骨頂であった。だが、少女が傷ついているのなら助けなくてはならない。放っておくなど男が廃る。
「よし、そこまで私を連れて行け。お前らのリーダーを助けてやる。」
◆◆◆
森を少し進むと、動物の毛皮を羽織っただけの男どもが集まって何かをしていた。
それが野党だと一目で理解できた。
野党達の視線の先には、顔や体にいくつもの痣ができた半裸の赤い髪をした少女が横たわっていた。
その子の前には下半身をむき出しにした野党の親玉らしき人物が下卑た面をして立っていた。
私は全力で少女をかばう様にして立つ。
…あれ、今ものすごく早くなかったか?
先程いたところでおどおどしていた冒険者達は驚いて声も出ないようだった。
野党達も同様に驚いていた。
だが、それよりも…
「まずはズボンを履いたらどうだ?」
異世界で恋に落ちるとかありえないから 兒玉 蒼 @zeeee49
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