5

 気取りのないフォークロックが古ぼけたラジオから流れて、ひとびとは飲み物を手にくつろいでいた。

 シヴィルが取り仕切って、名緒の作品を展示するバンケットが図書館付属のちいさなギャラリーで開かれたのだ。

 子どもたちが興味を持ちそうな、動物たちの大判の写真は低く。森の風景は外とひと続きになるように窓辺に。日本の写真は日本文化を紹介する本のそばに。地元の写真館で急遽現像したり、図書館のカラープリンタで出力したりした作品は、個展を催せるほど精緻ではなかったが、村のひとびとの目を楽しませるには十分だった。

「ごめんなさい、無理を言って」

 運んできたトニックウォーターをグラスに注ぎ、シヴィルは名緒に渡した。

「ぜんぜん。すごいなあ、シヴィルは。これだけひとを集められるんだもの」

 名緒はギャラリーを見渡した。書庫の奥にあるギャラリーは、目的を持った人間しか入ってこないつくりだが、シヴィルのつくった入口のポスターが功を奏したのか、ひっきりなしにひとびとが出入りしていた。

 この村に思い出を残していって――……

 シヴィルはそう言ったのだ。名緒は快諾した。準備の時間はとても限られていたが、ふたりと図書館の職員は額を付き合わせて素早く段取りを決めた。

 日が沈み始めた。フランス窓を開けて、赤く染まった夕景から背の高い男性が飛び込んできた。

「――ナオ!」

「……アイラ」

 彼は満面に笑みを浮かべて、持っていた花束を差し出した。

「どうぞ」

 コスモスや薄赤茶のバラ、実を付けた秋草をあしらったそれを受け取って、名緒は笑みを広げた。

「ありがとう」

 彼は隅々まですばやく名緒に目を走らせて、目を丸くしてみせる。

「すごくきれいだ」

 数ヶ月ぶりに化粧をして、荷物の底から引っ張り出してアイロンをかけた、胸元のおおきくひらいた青灰色のリネンのシフトドレスを着、借り物のパンプスを履いた名緒は、思わず頬を染めた。

「……ありがとう」

「アイラったら」

 ころころと笑う妹を、アイラは照れくさげに追いやり、名緒の頬に口づけした。

「ずっとこの村にいて欲しい」

 囁いて、それから身を引いて彼女を正面から見る。

「……無理だよ」

 わずかに首をかしげて、名緒は微笑んだ。

 アイラの顔にも、ゆっくりと微笑みが浮かんできた。

「……だよな」

「――来て」

 アイラの二の腕に手を添え、名緒は彼をある写真の前に連れて行く。

 アイラとシヴィルの家に続く道を守る、霧のなかにたたずむ赤らんだ幹の針葉樹。

「うちのレッド・シーダー……」

「早朝に撮ったら、すごくいいものが撮れた」

 名緒はまっすぐアイラを見上げた。

「いつか写真集にまとめるよ。できあがったら送る」

「ほんとうに?」

「うん。だから、わたしのことは忘れないでいて」

「なにを、言って……」

 アイラは眉根を寄せ、ちいさく顔を横に振った。袖で顔を覆う。

 名緒はアイラの肩に触れた。そっと、力づけるように叩く。

 リンと澄んだ音がした。シヴィルがフォークの柄でグラスを鳴らしたのだ。

「写真家賀東名緒から、みなさんに挨拶を」

 促されて、名緒はギャラリーの中心に進み出ると、口をひらいた。

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レッド・シーダー 鹿紙 路 @michishikagami

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