4
彼は口を引き結び、絶望したように首を横に振った。
「……アイラ……」
じっと黙ったまま、名緒に握られた手を震わせている。
「……だめ?」
その震えを、名緒はつよく抑え込んだ。アイラの骨張って青い血管の浮いた手を持ち上げ、そっと唇で触れる。アイラの手は跳ねるようにおおきく震えた。その勢いのまま、彼は名緒を抱き込んだ。
「……ナオ、……ナオ」
重い息を吐き、名前をくり返す。頬を彼女の髪に押しつける。てのひらは彼女の背をせわしくさすり、彼はそのままのしかかってきた。
抱き締められたまま押し倒される。木の根が名緒の頭にそっとあてがわれる。アイラは地面に手をつき、名緒を見つめた。渇望の横溢した瞳に、名緒は息を呑み、それから微笑んだ。
頭を持ち上げて、彼の唇に唇で触れる。二度、三度。感触を楽しむように。目を閉じると手を伸ばし、アイラの頬をとらえた。髪の生え際をこすり、耳のひだのなかに指を滑らせる。
アイラはうめいた。
「ナオ、――……好きだ」
「アイラ……?」
「……きみが好きなんだ」
切なげな声でささやき、すぐに彼は名緒の口を自分の唇でふさいだ。
アイラの手脚はつめたかったが、服を剥いで押しつけられた胴は燃えるように熱かった。
「ごめん」
彼はくぐもった声でささやいた。
「優しくできそうにない」
狭いうろのなかで、彼はことばに反してゆっくりと時間をかけて名緒を愛撫した。ひとつひとつの動作は性急でも、彼はなんどもひと呼吸置き、自分を抑えてから名緒に触れた。湿った空気にさらされた肌を惜しむように、彼は執拗に名緒をねぶり、さすり、摩擦を起こした。
名緒はこらえられず、彼の腕のなかで声を漏らした。自分でもそれが、泣き声に似ていると思う。けれど泣きそうなのはアイラのほうだった。湖で山並みを見ていたときは平穏で理知的だった彼の瞳は、火にかけられたように情欲に潤んでいる。眼鏡は邪魔になって早々にどこかへ放り出されてしまった。視力はとても悪いと言っていたので、名緒をはっきり見ることはできていないはずだったが、アイラはつよい視線で名緒を貪った。
「もっと声を出して」
荒い息のなかで、彼の声が震える。
「……っ、ア、イラ……っ」
彼の唇が名緒の肌に吸い付く。ぐっしょりと濡れた場所を指が滑り、やわらかく押される。名緒は大声を上げた。彼に求められた通りに。
彼が避妊具を持っていないと言うので、名緒は、ピルを飲んでいるから大丈夫だと短く告げた。
「……どうして」
「……キャンプのあいだはなにもなかったけど……最後の晩だけ」
アイラは顔を歪ませて、口のなかで鋭く悪態をついた。
「きみから?」
「そうだよ。わたしから誘った」
「きみは」
「あばずれだよ? そんな女に欲情しているのはだれ?」
名緒は薄く笑ってみせた。
からだが膨らんだように思えるほど、彼は激情を露わにした。それは怒りか、嫉妬か、悲しみか――……
彼は拳を木の根に打ち付け、しばらく震えた。それから無言のまま、再び名緒に触れ始めた。
「……泣かないで」
そっと彼の濡れた頬に手を伸ばす。アイラはその手を押しやり、いちど動きを止めて、それから握り合わせ、指先に口づけした。名緒の脚をひらき、身じろぎをしてから、ゆっくりと入ってくる。名緒は甲高い声を上げて、しかしすぐに唇をふさがれる。
はげしい抱擁のなか、くり返し突き上げられて名緒は涙をこぼした。それをアイラがすすりとり、ふたりは互いを求め合って果てた。彼に抱き締められたまま、名緒は放心してすこし眠った。
まぶたに口づけされて目ざめる。日が傾いてきた、帰ろう、とアイラが言った。
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