後編 ある夏の業務監査と隠蔽工作
それから、三ヶ月ほど一緒に過ごし、季節は夏。
ようやく互いの距離感がつかめてきたような、そんな頃。
実体でもないのに暑さでぐったりしだした元雪女の沙雪のため、クーラーをガンガンに入れっぱなしの夏休みのある日。
「まずいです、和久さん……」
「は?」
俺が手作りのサラダ(要するに洗って切り分けたりちぎっただけ)を頬張っていた時、沙雪が突然そんな事を口走った。
「確かにこのサラダはそろそろ食べられるかどうかの限界の野菜ばかりを盛ってて半ばアレな味だがそもそもお前は食べてないだろう」
「違います。サラダの話じゃないです。……その、座敷童子の話で」
「座敷童子の……ああそういやお前座敷童子だったっけか」
あまりに一緒にいるのが自然だったので半ば忘却しかかっていた。
「はい。実は座敷童子だったんですよ……」
どうも本人も忘却しかかってたらしい。現代文明ゲーム恐るべし。
「それで……実は近々監査が入るんです」
「……は? 監査?」
「はい。全国座敷童子協会運営委員会から、マニュアルに則のっとった正しい座敷童子ライフを送っているかの監査が……」
「マジでか」
つか全国座敷童子協会運営委員会って。
いや、もう声を上げてツッコむ気もないけど。
「……で、その『正しい座敷童子ライフ』ってのは具体的にどんなもんなんだ?」
「まず……『家主には滅多に見つかってはならない』」
「いきなりアウトじゃねーか!? 初日から毎日顔つき合わせてくっちゃべってただろ俺ら……」
「はい。……次には、『多種多様なイタズラと、子どもがいる、らしい演出』」
「ゲームしかしてなかったな。見事に」
「ええ。まさか自分もここまでゲームにハマるとは予想外でした」
ちなみに沙雪のゲームの腕は、今では格ゲーで空中コンボが余裕でできるレベルになっている。
ついこの間、沙雪の座敷童子効果で増えた収入で二つ目のコントローラーを買って対戦してみたが見事なまでにに叩きのめされた。というかぶっちゃけもう手も足も出なかった。
俺のゲームなのに……
「最後に、『適切な富の供給』……これは辛うじてクリアでしょうか」
「ああ。そこら辺は大分助かってる。ありがとな」
ここ二ヶ月ほどはクーラー入れっぱなしで電気代と相殺してる感じがするが、まぁ言わぬが花というやつである。
「で、監査ってのは? どうやってこの現状を調べるんだ?」
「まず、こちらから三ヶ月間の活動レポートを提出しまして……その通りの活動が行われているか、本職の座敷童子さんが直接ここを視察しに来ます」
「面倒な……それで? 正しくない座敷童子ライフを送っていた場合は、どうなるんだ?」
「クビですね」
「え……」
一瞬、頭がその言葉を理解できなかった。
クビ? ……沙雪が?
「わたしはこの場を解任され、ここには多分新しい座敷童子さんが来ます。私は本業が雪女なので制裁とかは無いはずですが……」
「ちょ……ちょっと待てよ。そんな融通のきかないやり方で、一方的に……座敷童子は、自分の意志で全て決められるんじゃないのかよ!」
「別に、私がいなくなっても、この家に座敷童子は残るじゃないですか」
「――っ!?」
「本来は、出会うどころか会話なんてご法度なんです。こんなケースは、向こうだって想定外でしょう」
「じゃあ、どうするんだよ。このままじゃ……」
「はい。かなりマズイです……ですが、私だってむざむざクビになるつもりはありません」
「え……?」
「こんなんですけど、私、ここの生活が気に入ってるんですよ。それに……」
「それに?」
「今秋発売の新作RPGができなくなるじゃないですか」
あ、そっちか。
さすが廃人。新作のチェックまで抜かりなかった。
こいつにネトゲ与えたら終わりだろうな……
「……ってかまた俺に買わす気か!?」
「私もお金はちゃんと稼いでますよ?」
「いや、そうだけどさ……」
なんつー図々しい……でも、こいつとのこういうやりとりが楽しいってのもあるんだけど。って何を考えてるんだ俺は。
軽く深呼吸して。逸れた意識を元に戻す。
「で、新作RPGのために、どうやって監査を乗り切る気だ?」
「はい。まずは報告書には嘘八百を書き倒します」
「基本だな」
サボり魔のスキルとして、だが。
「そして、その通りに視察に来た座敷童子さんの前で嘘の演技を貫き通せば何とか……」
「視察が来る期間は?」
「一日……正確には一晩です。おおよそ午後七時から、午前四時までといったところでしょうか」
「なるほど。それだけの間、騙し通せれば勝ち、ってわけだな」
「はい。というわけで和久さん。報告書の作成を手伝ってください」
「了解だ。具体的にはどうすればいい?」
「ほとんどは創作になると思うので、単純にアイディア出しを手伝ってもらえれば」
「解った。嘘八百なら任せとけ。夏休みの絵日記から始まって学校の感想文やら小論文でもその手のでっち上げは得意なんだ」
「今は頼りになるんですけど、そこはかとなく嫌な特技ですねそれ……」
ともあれ、それから二人での、報告書のでっち上げ作業が始まった。
要求される事項は思った以上に多く、それこそ夏休みの絵日記レベルの、一日単位での記録を要求されていた。
またチェック項目としても、イタズラの期間は家主の意識に残る程度に、しかし負担にならぬだけの期間を開けているか、タイミングは効果的か、相手の反応は良好かetc...
それらについて、矛盾がないように、最低限のポイントはクリアしつつ、かつ適度な失敗を織りまぜながら創作する。
「面倒くせぇ……リアルになんか夏休みの絵日記を思い出すんだが」
「負けないでください和久さん。もうちょっとがんばりましょう」
「つか霊はみんなこんな事やってんのか」
「最近はわりとこんな感じですね。私は新米でその前をあまり知らないのでなんとも言えないですけど」
「……死にたくならないか?」
「そうですねぇ。あ、そう言えば最近霊が成仏するサイクルが早いと聞いてましたけど、コレのせいなんですかね?」
「普通にありそうだな、それ」
「私も雪女の報告書書くときはいつも先輩に手伝ってもらってて……」
「ああ、お前一人じゃ書けなさそうだもんな」
なんて雑談をしながら、一晩。
二人で顔をつき合わせながら、ああでもないこうでもないと、悩みながら夜は更けていった。
*
「っしゃできたぁ!!」
「出来ましたね、和久さん!!」
朝の日差しが差し込む浅間家の六畳間に、二人分の歓声が響き渡った。俺の目の下には、バッチリ隈ができている。
「ふふふ、我ながら完璧だ……どこからどう見ても完璧な『初めての座敷童子業、戸惑いながらちょっとドジをしながらも懸命に日々仕事をこなしてきました』的な報告書の完成だ……」
徹夜明けの変なテンションを引きずりながら、我ながら気色の悪い笑みを浮かべながら完成した紙束を見つめる。
結局あの後、朝を迎え、栄養ドリンクや食料を買い込んで、もう一晩徹夜した結果である。正確な判断能力は既に怪しくなっているが、内容の修正は疲労とは無縁な沙雪が適宜してくれているのであまり心配はしていない。
「助かりました……これで後は、視察に備えるだけですね」
「視察か……俺はどうすればいいんだ?」
「当然演技をしてもらうのですが……そんなにガチガチに決める必要はありません。基本は普段どおり生活してもらえれば。ただ……」
「ただ?」
「最初に言いましたし、既に報告書でも前提となっていますが……和久さんは私が見えないという事に集中してください」
「…………」
そうだ。
それが……おそらく、今回の監査に際して並べ立てた嘘の中で最大にして究極のポイント。
報告書の中での俺は、霊能力のないただの学生なのだ。
「おそらく、和久さんには視察の座敷童子も見えてしまうかもしれませんし、うっかり浮遊霊がこの部屋に迷い込むかもしれません。それでもひたすら耐えて、さもそこには何も居ないように振舞ってください」
……沙雪が言うには、その人間に霊感があるかないかは、パッと見では霊の側からは解らないそうだ。
人間が霊の存在に反応して初めて『ああ、この人間はこちらに干渉できる人間なのだ』と気づくという。
ならば……俺が知らぬふりを貫き通せば、報告書の通りの状況は視察に来た座敷童子に対して示すことができるのだ。
「了解だ」
「細かい打ち合わせはまた後ほど。今はとりあえず報告書の清書を済ませてしまいますね」
そう言って沙雪は俺の持っていた紙束を、触れぬまま宙に浮かせ、それから紙束の内容を見ながら宙に指を踊らせる。
清書作業……彼女が言うには、霊の世界に情報を送るための霊媒体に情報を書き込む行為だ。
そんな彼女を横目に、俺はそろそろ限界を迎えた身体が強烈に睡眠を欲するのを感じ、そのまま床にへたり込む。
「がんばれよ……俺は、一旦寝るわ」
「はい。おやすみなさいです」
清書作業を始めた沙雪を横目に、俺は四十二時間ぶりの睡眠に身を委ねたのだった。
*
そして、視察当日。
俺は、机に向かってひたすら問題集を解いている。
もちろんこれは、この日に突然大量の宿題が出されたわけでもないし、ましてや俺がこの日から突然勉強の楽しさに目覚めたわけでもない。
これは、今日の視察に備え、二人で予め示し合わせていた演出の一環なのである。
俺は何かに集中していないと何かボロを出すかもしれないし、かと言って俺がゲームを始めたりしたら視察中に沙雪の気が散るから、という単純な消去法で、俺は視察が来る数分前からこうやって問題集を開いて勉学に励んでいる。
さらに付け加えるなら、このプランに合わせ、報告書には俺は勤勉な学生で、バイトのない平日は、学校から帰ってくると即勉強机に座り、最低二時間は勉強するという驚くべき真面目学生になっている。
恐ろしく肩の凝るこの設定は、しかし限り無く正しいものであったと、当時の俺と沙雪を褒めてやりたい。
「ふむ。勤勉なのはいいことでちゅ。それでこそ我々座敷童子が奉仕する価値のある人間だということでちゅな」
……背後から聞こえてくる、現代では既に絶滅したとされる超古典的な赤ちゃん語尾。
おそらく、勉強に集中していなければ、俺はその第一声で吹き出した挙句、その姿をあわせて目撃してしまい、止まらず笑い転げて即バレしていたことだろう。
「冷静であるということは、人の持っている利点を最大限に活かすということである……と」
英文の和訳を一人読み上げながら必死で理性を保つ。
今日ほど必死で勉強に集中しようと思った日はひょっとしてないのではないかというほど、意識が勉強に釘付けになっている。
「はい。夏になってからも、貯まったお金を家で勉強するための電気代に回すなど、とても勉強熱心な方で……」
沙雪の声が聞こえる。その内容もこの間二人ででっち上げた報告書の内容だ。
知り合いにこんな話をすればまず間違いなく噴飯モノだろうが、一日勝負の視察、しかも相手が座敷童子となればその程度の創作はやってみせるし、演じてみせる。
「ふみゅ。妙にお金の使い道を間違えているような少年でちゅが、そこはいいとするでちゅ。……では、少年が寝静まってから、君がいつもやっているというイタズラを見せてもらうでちゅよ」
「はい」
「endure・耐える、endure・耐える、endure・耐える、endure・耐える、endure・耐える、endure・耐える……」
大声を上げてツッコミたい衝動を必死で抑えながら目前の英単語をノートに書き留めながら連呼する。
……負けるな俺。これさえ乗り切れば!
勉強の内容は頭に入ったんだか入ってないんだか、とにかく集中しきった2時間が過ぎ、俺は報告書に書いた通り、『いつも通りの時間に』風呂に入り、『いつも通りの時間』に布団を敷く。
「規則正しい生活でちゅな。ふむ、感心な少年でちゅ」
……無心だ無心。無心を心がけろ無心を。無心無心無心……
グッと堪えながら、布団に入り、うつ伏せに。
おそらく鬼のような形相になっているであろう顔は隠しながら、そのまま無心に、心を落ち着けるように努力。
そして、意識は保ったまま、打ち合わせをしていた通り沙雪の次のアクションを待つ。
だが、いくら待ってもその時は来ない。
「…………」
……確かに、俺が寝静まるくらいの時間を開けてから、とは言ったけど。
「(これじゃ、本当に、寝落ち、する、って、の……)」
さっきからの数時間での精神的な疲労も相まって、本当に意識が飛びかけた、その時。
――ドタドタドタ……
子どもが廊下を駆けまわるような足音。
……来たか!
「んん……何だ?」
寝ぼけた風を装って(というか半分本当に寝ぼけている)、打ち合わせにあった通りのセリフを口にしながら起き上がる。
そのまま目をこすり、眠そうに足音のあったらしき場所まで歩いて行くが、当然ながらそこには誰もいない。
……いや、眼前に必死でポーカーフェイスを保ちながらもメチャクチャ緊張しまくった沙雪がいるけれど、こちらも全力で見えないフリを貫き通す。
俺は打ち合わせ通り不審そうに首をかしげ、それからまた決めてあったセリフを吐く。
「……何だ、またあの足音か……勘弁してくれっての、ったく……」
そのまま、俺は寝床に戻り、布団を被って眼を閉じる。
……これで、打ち合わせにあった演技は全てやりきった。
俺はようやく肩の荷が降りた気分になり、今までの疲れがどっと押し寄せてきたのもあってそのまま闇に意識を持っていかれる。
後はお前次第だ……頑張れよ、沙雪……
そうして、ほんの数時間だったが、俺と沙雪の緊張の時は、終わりを告げたのだった
*
翌朝。
「やりました! クリアですよ! 和久さん!!」
「クリアって…………何が?」
超ハイテンションの沙雪がなにか叫んでいるのを、寝ぼけた頭は他人事のように見ていた。
昨日の視察の耐久レースの疲れもあり、十時間寝た今でも頭がはっきりしない。
というか、いつまで経っても起きない俺に業を煮やした沙雪に無理やり叩き起されたようだった。
「監査の結果がさっき届いたんです! 私の座敷童子としての仕事は及第点だ、って!」
「……………………」
え、監査の結果って、あれの結果がもう出たのか?
つまり……どういうことだ。
「私、これからもここで座敷童子を続けてもいいんです!」
ってことは、だから、
「……やったじゃん」
「う……反応薄いですね。もっと喜んでくれると思ったのに……」
「いや、昨日の今日でもう結果発表ってんだからどうにも現実感が……」
ついでに寝ぼけた頭がいまいちハッキリしないせいもあるが。
でも、そうか。
まだ居られるのか。
「居てくれるん、だよな」
「はい!」
「沙雪と、一緒に……」
「はい」
言葉で一言一言確かめるうちに、徐々に実感がわいて来る。
「これからも、一緒……」
「……はい」
なんだろう。
本当に何気ない始まりだったのに。
きっかけはすごくどうでもよくて、適当に始まった関係なのに。
「やったな……二人で乗り切ったんだ」
「はい……えへへ。頑張りましたよね、私たち」
いつしか、こいつと一緒にいることがこの上なく心地よく感じてて、
「ああ。バカみたいな監査相手に、全力で演じ通したな」
「報告書の内容も、私頑張って暗記したんですよ。何聞かれてもいいようにって」
「スラスラ答えてたな。よくもまぁそんな嘘八百を突き通したもんだよ。ニート座敷童子が」
「何ですか、自分だってひきこもり学生のくせにー」
そう憎まれ口を言い合って、それでも二人は笑顔のままで、
……ああそうだ。
これからも一緒に居られるってだけで、二人ともこんなにもバカみたいに浮かれている。
「大変だったけど、楽しかったな、監査」
「そう言われればそんな気も……たまに仕事やるのも、悪くないかもって思いました」
「俺も昨日はバカみたいに勉強してたからな。問題集が恐ろしいほど進んだぞ」
「いつもそれくらい勉強したらもっと幸運の量が上がるんですけどねぇ」
「俺はこれくらいでいいさ。働きすぎず、サボリすぎずで」
そして、こんなバカなやりとりをしながら、一つ、確かなことに気づくことができた。
「沙雪」
「はい?」
それは、こいつと出会えてよかったな、と。
「これからも、よろしくな」
――座敷童子の居る生活ってのも。
意外と、いいもんだな、なんて。
「……はい!」
俺は心の底から、そう思えていたんだ。
いまどきの座敷童子のいる風景 夕凪 @yu_nag
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます