いまどきの座敷童子のいる風景

夕凪

前編 六畳間の座敷童子(派遣)

 ドアを開けたそこに、見覚えのない少女が居た。


「…………!」

 一瞬、思考が停止する。

 何一つ変わらないはずの日常に、突然飛び込んできた異物。

 着物姿の、黒髪の少女。

 深めの水色を基調とした落ち着いた雰囲気を感じさせる着物に、腰までの流れるような黒髪。

 安物のコタツ机の前でスラっと背筋を伸ばし、正座するその姿はどうにもこの六畳間には不釣合に見えた。

「あ……」

 と、少女がようやくこちらに気づいたらしい。正座を崩さぬまま身を固くする。

 こちらを振り向いた顔つきは幼く、そう言えば背丈も然程にないことに気づいた。見た目の歳はせいぜい十二、三と言ったところだろうか。

 しばらくの間、見つめ合う。互いにどうしていいか解らないままに、時間は恐ろしいほどスローモーションで進んでいく。

 その間に、彼女の表情は驚いた顔から、徐々に緊張。そして不安へと変わっていく。

「…………」

「…………」

 そこからさらに数秒。そしてようやく、沈黙に耐えかねた少女が、初めて言葉を発した。

「ひょっとして……見えて、ます?」

 鈴が転がるような、透き通った声。

 わずかに怯えと不安が混じった声に乗せられて放たれた言葉に、

 ……ああ、やっぱり。

 そんな感想を抱きながら、俺は小さくため息をついたのだった。


     *


 時間を少しさかのぼって、今日の昼のこと。

 購買で適当にパンやらサンドイッチを見繕って購入し、春の陽気に誘われるまま外をぶらつき、どこで食べようかなどとぼんやり考えていたその時、

「やぁ、三級くん」

 俺のことを、既に人名でも何でもない呼び名で呼んだのは、この学校で最も俺が会いたくない人間のトップ三に数えられる人間。

 いや、既に人外の域に足を半分突っ込んでいると表現しても何らおかしくはない、軽薄そうな笑みを浮かべたメガネ男。

 名を、上御霊かみごりょう悠真ゆうまと言う。

「どうしたんですか、うえみたま先輩」

「はっはっは。今日も君は無意味な反骨精神を忘れていないようで結構なことだ三級くん」

「…………」

 無駄に高圧的なこの先輩との縁は、丁度一年前のこと。

 夕方。俗に『逢魔が時』と呼ばれる時間帯に学校に忘れ物を取りに帰ったとき、この人でなしがあろうことかオカ研の部室で悪霊を呼び寄せる儀式をして、それを除霊して部員同士で除霊数のスコアを競うなどというハタ迷惑極まりない暇つぶしを学校で繰り広げてた時に偶然巻き込まれ、さらに運の悪いことに、それをきっかけに俺に霊感があることを知られてしまったのだ。

 それ以来しょっちゅうオカ研の勧誘に来るわ、何かにつけて幽霊談義をしに来るわと事あるごとに絡んでくるのだ。

 三級というのも、彼の基準で俺の霊感は大体三級あたりの能力だからだとか何とか。

「で、今日はなんの用です? 降霊会ですか? サバトですか? まさかまたゴーストバスターの真似事に巻き込む気ですか?」

「あからさまに敵対的だなぁ三級くん。ツンデレを攻略するのは非常にやり甲斐があると言えるが、いい加減デレてくれないと僕のグラスハートが粉々に砕けてしまうよ」

「いっそ砕け散ってください」

「はぁ……相も変わらずツレナイな、君は。でも、今日はそんな君にデレてもらおうと素敵なプレゼントを用意したんだよ」

「プレゼントって……」

 その言葉に一瞬で様々な嫌な経験がフラッシュバックすると同時に、そこから導きだされたありとあらゆる危険予測が俺の脳裏を駆け巡る。

 もう既に背後に何か憑いている・怪しげなアイテムをポケットに入れられている・これから渡される・郵送済み・これから郵送される・既に家に何か憑いている…………瞬時にそれだけの可能性が浮かび、背後は確認、ポケットも瞬時に全て点検したが問題なし。

 ……となると、今手渡されるか、家か。

 ぐるぐるとそんな事を考えながら、場合によっては反転逃走も選択肢に入れつつ上御霊先輩の続く言葉を待つ。

「はははっ。そんな身構えることはないさ。なに、ついこの間、座敷童子を喚び出す儀式を学んでね。それで試しに君の家に座敷童子を一人憑けさせてもらったのさ」

 ……やっぱり家か!

 そしてロクなもんじゃなかった!

「どうしたね、頭を押さえて悶絶したようなジェスチャーをして」

「あまりに突飛な事態に頭痛がしたんですよ……で、座敷童子って……富を呼び込むけど逃げられたら不幸になるって言う、あの座敷童子ですか?」

「ああ。東北の旧家によく出るという話だが、それを無理やり呼び出す術を家の分家の八代前の当主が見つけていたらしい。この間その分家筋の葬式に呼び出されたんだが、その時にちょいと蔵から書物を拝借してね。読み解いた結果かなり面白いことが書いてあった。座敷童子の術もその一つさ」

「また胡散臭い話を……」

「胡散臭いかね。ちなみにその分家は、今は現在旧財閥系のグループ企業の一つを世襲してる。順調極まりないぞ」

「それはただの偶然じゃ……」

「その家にはちょうど八代前から富が湯水のように舞い込んできたそうだ。それと蔵でその座敷童子にも挨拶してきたぞ。この家は居心地がいいから好きだと言っていた」

「ええええ……」

 アリなのかそんなの。

 人為的に座敷童子を呼んで飼うとか。

「そこで、そんな曰くつきの素敵なものを君にプレゼントしようと思い立ったわけだよ」

「たまたま覚えた危なげな儀式を俺で試そうってだけじゃ……」

「ははは、そんな訳ないじゃないか」

 ……その笑いが胡散臭いんだっつの。

「まぁ、そういう訳でだ。帰ったら座敷童子がいたかどうか、いたらどんな子なのか教えてくれたまえよ、三級くん」

「勝手に人を実験台にした挙句実験レポートまでさせるんですか」

「そう言わずに、頼んだよ」

 そう言うと、はははははははっ、と不気味な笑い声を残して、上御霊先輩は去っていた。

「マジか……」

 そうして残された俺は、がっくりと肩を落とすのだった。


     *


「……と、いうわけなんだが」

 と、俺は今日の昼休みのその一連のやりとりをかいつまんで、その和服少女に話して聞かせた。

 今は、コタツを挟んで向かい合わせ。彼女は律儀にも正座のまま、背筋を伸ばした姿勢だ。

 話を聞き終わった少女は、合点のいったようにふむふむと頷き、

「だから貴方には私が見える……と。やー、びっくりしました。いきなり失敗やらかしたかと思ってひやひやしましたよー」

「覚悟してたとはいえ、俺もビビったけどな」

 朗らかな様子で話す少女。彼女の存在感は、注視しなければ人間のそれとは然程変わりないように見える。

 はっきりした霊に対しては霊視の人間はよくこのような錯覚を起こす。霊か人間かの判別が付かなくなるのだ。

 今回の俺もその錯覚を起こし、一瞬本当に部屋に見知らぬ少女が居座っていたと思ってしまったのだ。

「しかしあのメガネは……ほんとロクな事をしないな」

「怪しげな術が使える先輩さん……ですね」

「ああ。本当にどうしようもない先輩だ……ってかそう言うならそれで呼び出されたお前だって怪しげな存在だろう」

「えっ?」

 不思議そうにこちらを見て数秒。

「……おお、そう言えばそうですね」

「今気づいたのか……」

「やー、いざ自分が怪奇現象になってみると、自分が怪しいだなんてなかなか気づかないものですよね」

 そう言って、やはは、と邪気のない照れ笑いを浮かべる少女。

「いや気づけよ」

 と言うか自覚があってやってるんじゃないのか。こういうのって。

 ……しかし、ずいぶんの調子の狂う奴だ。

 今までこの手の怪奇現象には、どちらかと言うとマイナスな影響しか受けてこなかったこともあって、こんな感じに直ちに害悪をもたらさないタイプの奴にはどう対応したものか、正直なところよく解らないのだ。

 生きている人間、それも無関係な奴に絡んでくるような霊の大体が怨念系だしな。

「……ともかく、こんなチンケな六畳間に突然現れた君は、座敷童子ってことでいいのか」

「そうですねぇ。一応、そのつもりです」

「じゃあ、これからどうするんだ? やっぱりここに居憑くのか?」

「そうですね。やっぱりお仕事に来たわけですから、バッチリ座敷童子をやりますよ」

「……具体的には?」

「えーと、『よくわかる座敷童子の仕事~明日から座敷童子になってもこれで迷わない~』一章にはまず、気の向くままに悪戯をする心を持つこと、とありますね。イタズラ心ですか……」

「おいちょっと待てなんだその胡散臭いマニュアルは。いやその前にマニュアルを読むほどのものなのか」

「ええ、座敷童子と言っても私も派遣の身なので詳しくは把握していなくて……正規のマニュアル本はあるんですが分厚くて堅苦しくて読みにくいんですよねー」

 そう言ってドサっと、どこから出したのかその『正規のマニュアル』が床に置かれる。タイトルには『座敷童子の遂行における注意事項』と書かれた電話帳サイズの分厚い冊子だ。

「いやいやいや座敷童子やるのにそんな分厚いマニュアル要るのかよ!?」

 と言うか派遣って。座敷童子の世界にそんなもんがあんのか。

「ええまぁ……報告書の書式から、各地方別注意事項とか、家主の年齢別に振る舞い方の注意点や、新居に移る際の注意点、災害で家がなくなったときの対処法まで、必要なことが全て載っているので」

「読んでたら頭痛くなってきそうだな……」

「プロの座敷童子さんは全部頭に入ってると思いますよ」

「プロって。座敷童子に?」

「最近は不景気もあって成金さんが減って、従事する霊も縮小中みたいですが」

「日本経済は霊の活動にも影響すんのか」

「ですです。わりと知られてないですが、近年は霊の世界でも、高度経済成長期に事故死したサラリーマンさんなどの方々が精力的に組織改革をしたおかげで割と効率的かつ全国均一的に活動が展開できるようになったんですよ」

 マニュアルの策定もその影響の一つです、と。少女は片手でひょいとマニュアルを持ち上げてみせる。

「なんかこの数分の会話のうちにお前らの世界がなんか妙に身近になった気がするぞ……」

 身近にというか、夢も何もあったものじゃないというか。

 どこの一部上場企業だよ。

「……で、君は派遣ってことは、普段は何をしてる霊って言うか、その……なんだ?」

「私の本業は雪女です。ほら、この着物とかサラサラの長い髪とか、雪女の時の名残です」

「ああ、確かに座敷童子ならおかっぱ頭が普通だよな……雪女なら白装束じゃないのか?」

「そこは今時のおしゃれってやつです。ほら、柄は雪の結晶をモチーフにしてるんですよ。綺麗だと思いません?」

 そう言って少女はすっと立ち上がる。

 着物の袖口を掴んで広げてみせると、水色と白の生地を組み合わせながら雪の結晶をあしらった意匠がよく見て取れた。

「ほらほら、ぐるーん」

 そう言うと少女は、音もなく流れるように一回転。

 同時に漆黒の長髪が、動きに合わせて宙を踊り、雪の模様が少女の動きに合わせて着物の上を舞う。

 一瞬のその光景が、何故かまぶたに焼きつくほどに、

「…………」

 綺麗、だった。

「どうですか?」

「え、ああ……いいと思う。すごく」

 少女の問いに、俺はあわてて我に返って、素直な感想を述べる。

 ってなに素直に言ってんだようわこっぱずかしい……

「ホントですか? えへへ、嬉しいなぁ」

 しかも返してくる笑顔が反則すぎる。なんでそんなに嬉しそうに……あーチクショウ……

「……で、雪女の君が、なんで派遣で座敷童子なんてやってるんだ?」

あまりにモヤモヤするので、とりあえず別の話題に切り替える。

「それは、座敷童子業界は志望者が減ってきていて、需要についてもさっき言ったとおり成金さんの減少で縮小傾向にあるので、かなりカツカツの運営でなんとか持たせていたそうなんです」

「でもそれが……持たなくなった、と?」

「はい。それでここ二、三年は需要が供給を上回っていて、止む無く各所から見た目子供の霊が応援で回されてるそうです」

「見た目が子供……か。そこら辺の融通はきかないのか? 霊なのに」

「どうもそう言うのは苦手な霊のほうが圧倒的に多いらしいです。聞いた話によると姿は心の現れだからとか、生前の写し身だとか……ともかく、そう言った理由で、雪女事務所の中で私が一番ちまっこいからと派遣されてきたわけなのです」

 ……ちまっこい、か。

 確かに、雪女のイメージからすると、目の前の彼女はどう見ても『雪少女』である。

 より正確に言うなら『雪童子』か。

 むしろこれで何故雪女をやっているのか。雪ん子とかもう少しらしいモノも居た気がするのだが。

「何か知りませんがすごくバカにされたような気がするのですが気のせいでしょうか」

 気づくと、少女はムスッとした視線をこちらに向けてきていた。

「バカにはしてないぞ。ただ雪女のイメージとは多少の誤差はあるなと」

「はぅ……いいですよー 私はどうせお子様ですから……」

 あ、拗ねた。

「まぁまぁ。でも、君も雪女は現役なんだろ? 仕事……というかそういうのはいいのか?」

「あ、本業の方はついこの間夏季休業に入ったばかりです」

 夏季休業……

 やってることは『春になったら姿が消える』ってだけなのに、言い方を変えただけでなんでこんなに俗っぽくなるんだろうな。

「んじゃあ問題はないのか」

「そうですね。本業の方も閑古鳥が鳴いていますし、しばらくはこちらにお邪魔することになるかと思いますけど……いいんですか?」

「ん?」

「私は地縛霊でも怨霊でもなく、ただの座敷童子です。もし、生活の邪魔になるから出ていって欲しいと言えば、私はすぐにでもここから立ち去りますよ」

 そうだ。座敷童子は、移動は座敷童子自身の意思に基づいて移動する。

 その座敷童子自身が俺の意思を尊重すると言うのだ。

 少しだけ考える。

 少しだけ、迷う。

 受け入れるべきか、断るべきか。

「…………」

 少しだけ……そう、少しだけだった。

「……ま、暇だしな」

「え?」

「いいさ。どうあれ、もう出会っちまったんだ。せいぜい楽しくやろうぜ」

 それが、俺の結論。

 半分は好奇心。

 もう半分は、

「はい!」

 わざわざ訪ねてきたこんな真っ直ぐな瞳をした女の子を、無下に追い返すこともないか、なんて。

 面倒事嫌いな俺が不思議と抱いた、そんな気持ちだった。

「俺は、浅野あさの和久かずひさだ」

 そう言って彼女に向かって手を差し出した。

「私は、沙雪さゆきといいます」

 対して少女は、少しだけ躊躇ったように手を迷わせ、恐る恐る、俺の手に重ねあわせた。

「よろしくな」

 互いの手は空を切っていたけれど、

「はい」

 差し出した俺の手には、ひんやりとした存在が感じられていた。

「よろしく、お願いします」


 それから二人の奇妙な共同生活が始まった。



 沙雪が家に来た次の日の夕方。

 いつもより長めにストーカーメガネに付きまとわれたおかげで、大分遅くまで学校にいるハメになったが、どうにかこうにか振りほどいて帰ってきた。

「ああ……だりぃ……」

「あ、和久さんお帰りなさい!」

 和装の少女が、玄関先で出迎えてくれた。

 ……いや、昨日うちに来た派遣座敷童子の沙雪なのだが。

 なんだろう。ただ、おかえりと言われただけなのに、それだけで何かとても嬉しくなってしまった。

 久しぶりだったからか、疲れきっていたからか。

 結構、胸に来た。

「ああ……ただいま」

「……どうでしたか? 今日、何かいいことありました?」

「ああ。今あった」

「? ……そうじゃなくて、何か良いものを拾ったり、お金関連で素敵な事はありませんでした?」

 そう聞き返されて、冷静に考え直した途端に自分がとんでもないことをさらりと言ったことに気づく。

 うっわ……

 真面目に受け取られなくてよかった、と安堵しつつ、記憶を探りながら、すぐに思い当たるフシがあったことに気づいた。

「ああ……今日は三枚ほど宝くじ拾ったが」

 今朝方学校を出る前、沙雪に『落ちている金目のものは徹底的に拾ってこい』と言われたので、半信半疑のまま拾ってきたのだ。

 曰く、座敷童子がつけば、拾った貴金属にはことごとく持ち主が現れず、拾った宝くじはとにかく当たるのだとか。

 今朝の言葉通り、沙雪は拾ってきたその宝くじを見て、

「多分、一枚はあたりですよ。これで五万円ほどになるのではないでしょうか」

「……学生にとってはたしかに大金だが、座敷童子としてそれはどうなんだ。いや、素直に喜ぶべきなんだろうが」

「座敷童子は基本的にその人の身の丈に合った幸運にボーナスをつけるようなものです。これでも結構な額だと思いますけど」

 札束で扇子とか想像してた俺が欲深すぎましたすみません。

「確かに、今月分の家賃がまるまる浮いたという点は大助かりだな。こういうのが続けば、少しは楽ができるってことか」

「でも、勤勉努力を怠ったらすぐ出ていくので注意してくださいね。マニュアルにも『家主が富に溺れて堕落したら迷わず見限ること』とありますし」

「マニュアル容赦ねぇ……」

「座敷童子が居つくというのは、勤勉な者へのご褒美、的な側面があるそうですから、努力を続けないものに富は必要ないと」

「ある意味道理だな、確かに」

 せいぜい勤勉努力しておくことにしよう。

「というわけで、和久さんもお金に溺れずがんばってください」

「……善処するよ。ってことで今日の宿題でもするかな」

 そう言いながら玄関で靴を脱ぎ狭い部屋に上がる。

 見ればテレビがつけっぱなしになっていた。

「あれ、つけてったっけか」

「いえ、あまりに暇なので勝手に見てました」

「座敷童子もテレビ見んのか……」

 まぁ今までの話を踏まえればそれくらいはやりかねない気はしたが。

 というか勝手に据え置きゲームを起動されててももう驚かない気がする。

「そういや、今日先輩に話を聞いてきたんだが」

「先輩って、あの鬼畜メガネさんですか?」

「ああ。あのお前を呼び出した元凶の……ってどんな会話だよ」

「かみおれいさん……でしたっけ?」

「『上御霊かみごりょう』な。つか会話の中でしか出てないのに何故読みを間違える」

「ちょっとしたユーモアですよ。いっつ・あめりかん・じょーく」

「日本の土着伝説がいけしゃあしゃあとアメリカンを騙るな」

「で、その先輩さんがどうしたんですか?」

「ああ……今日は沙雪のことを徹底的に根掘り葉掘り聞かれたから、こっちも色々聞き返したんだが、座敷童子を家に置き続けるには座敷童子用に玩具を沢山置いた子供部屋を作っておくといい……なんて話を聞いたんだが、あれは本当か?」

「んー、そうされると嬉しい子もいるでしょうね。私は別にテレビが見れれば十分ですが」

「そうなのか」

「精神年齢が低い……五、六歳未満の霊なら効果覿面だと思いますよ。私はご覧の通り見た目も中身も童子と少女の間くらいなので、テレビでいいのですが」

「現代の文明に汚染された子どもがここにまた一人……」

「なにを言いますか。ゲーム脳になってないだけまだ健全な方ですよっ」

「あ、ゲーム脳は嘘だそうだ。最近だとマイナスイオンと並んでニセ科学の代表例に上げられるほどだぞ」

「ええ!? ゲーム脳の話を信じて必死で我慢してたのに……」

「信じてたのかよ……つか霊なんだからもう脳とか関係なくないか?」

「あ…………ああ!!」

「今頃気づいたのか!? というかこんなやりとり最初にもやったような……」

「ゲームしましょう、和久さん! というかやり方教えてください!」

「今から宿題しようとしてる家主を速攻遊びに誘うか座敷童子」

「あう……いいですよー 構ってくれなかったらこんな家、出てっちゃいますから」

「あ、てめ……しゃーないな。というかコントローラー使えるのか? 霊なのに」

「ふっふっふ……そこはご心配なく、です。夜中に廊下をドタドタ走ったり、綺麗に敷いた布団をぐちゃぐちゃにするのが仕事の座敷童子が、まさか物を触れないとでもお思いで?」

「ま、まさか……」

「そう……直接は触れないけど、念力的なもので物体には干渉できるのです!」

「ナ、ナンダッテー」

 霊体が直接物質化できないってとこにそこはかとなく悲哀を感じるな……

 そこは、生きている人間と、霊との埋められない差か。

「というわけで、やり方教えてください」

「ん、ああ。いいよ。っつーか一人用のものしかないが」

「大丈夫ですよ。私は一人でゲームしてるので、和久さんは遠慮なく宿題頑張ってください」

「うっわ鬼畜! ってか気ままに遊ぶことで生活の邪魔をするという意味では確かにそれは座敷童子の本分だな……」

「……おお。そうですね! すごいです! 私、今立派に座敷童子の仕事をしてますね!」

「しかも自覚なしか! 余計にタチが悪いな!」

 多少大人びたように見えても、ここらへんはさすがは子供ということなのか。

「ってことでゲームっ♪ ゲームっ♪」

「急かさなくってもやらせてやるっての。RPGとアクションとシュミレーションのどれがいい?」

「……んー、よく解らないので、どれでもいいですよ。和久さんのオススメはどれですか?」

「そうだな……直接手を使えないなら、複雑な操作がいらないRPGかシュミレーションか……」

 さらに心の中で、お子様が楽しめそうな物、と付け加えてソフトを物色する。

「これなんかどうだ。過去の栄光を傘に来て制作会社が名作と言い張る佳作RPG」

「言い方にすっごく悪意が! 全然楽しくなさそうです!」

「そうか? そこそこ面白かったぞ。……ああ、これはどうだ。名作の劣化リメイクだが、これもまぁまぁだったな」

「なんで言い方にいちいち悪意がこもってるんですか! 和久さんが素直に賞賛できるゲームはないんですか……」

「素直に賞賛できるゲームか……」

 そう考えて思い当たる候補をいくつかあげてみる。

「……ダメだな。一般人にはとても理解できるものではない」

「どういう基準で選んでるんですかそれ。というか一体なにを思い浮かべたんですか!」

「世間では分かる人にしか解らないと一定の評価をされつつ全然売れなかったゲームたち」

「……すみませんそういうのは遠慮させていただきたく……」

「だよな。自分でもゲテモノ好きとは自覚してる」

「じゃあ、世間的に評価されたようなゲームは……」

「名作の劣化リメイク」

「せめて言い方をもうちょっとオブラートに包んであげてください……」

「ま、いいか。ここらへんはストーリーもいいしゲームバランスもそこそこだ。腐っても名作のコピーだしな」

「破れてます破れてます。オブラートが破れてますよー まあいいです。とりあえずはそれをやらせてもらいますね」

「ん、了解だ。俺はもうフルコンプしたんでデータはいいや。好きにセーブすればいい」

「ありがとうございます。で、これはどうしたらいいんですか?」

「コントローラのボタンを押して操作するんだ。例えばこのボタンを押すと……」

「ふむふむ……」

 それからひと通り説明書を見せながら基本操作を教えると、すぐに操作を覚えたようで、触れてもいないのに問題なくプレイが出来ていた。

 この順応力の高さは、さすがは子供、ということか。


 ああ、余談だが。

 当然ながら、この直後には俺は気づいていなかったわけなのだが、沙雪は座敷童子であり、霊体であるので、疲れない。


 眠くもならないし、空腹もない。

 なので、そのままぶっ通しでゲームしてたわけだ。

 32時間ほど。


 ええ、まぁ。

 煽りを食って俺は見事に寝不足でございます、はい。

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