物語は結末を魅せ、閉幕
とある総合病院の、真新しくて清潔感溢れる白い待合ロビー。
そこで順番を待っている一人の青年が、頭上にあるテレビを見ていた。
《犯罪史上に残る、連続殺人事件となりました。
五人の少女の命を奪った、残虐な殺人鬼の名前は水無月 ルキア(22)。
彼は、所有している別荘の地下室で、自らの頸部を両手で圧迫して自殺を図りました。一週間経っても自宅に帰らない事を不信に思った父親は雇っている家政婦に様子を見に行かせた所、地下室に横たわるルキアの遺体と殺された五人の少女の遺体を発見し、警察に通報しました》
多くの者が食い入るように見つめる好奇心の眼差しとは違い、青年は今にも泣き出しそうな顔でテレビ画面を見つめていた。
青年は、彼の事を……水無月 ルキアの事を知っていた。直接、話をもした。
きっかけは些細な事だったが、彼が殺人鬼として世間に知られる前に彼とは友人になりかけていたのだった。
どうして彼がこうなってしまったのか……彼だけは知っている。
「呪神の所為だ……あいつらが言霊なんて物を与えなければ……」
その時、明るいチャイム音と共に名字が読み上げられた。
「な、ないり?さま」
名前の漢字が読みにくいのだ。けれどもフリガナは書いたはずなのだが。
「ないり様、ないり はく様」
「……はい」
乃梨 魄が看護師の案内で診察室へ向かうのと同時に、ロビーに入って来た人達がいた。
スーツを纏い、亜麻色の髪を紺のリボンで一つにまとめている女性。
私立学校の制服を着ていて、今時珍しい腰まである綺麗な黒髪を持つ少女。
「……一人で大丈夫?」
教師である女性は、女子生徒である少女を気遣った。
「はい、白鳥先生。しばらく二人きりで話が、したくて……」
「それはもちろん」
「そんなに長くは話しません。
面会は、本当はもう少しダメなのに、特別許してくれて……それは白鳥先生が尽力して下さったから……あの、本当に感謝しています。
ありがとうございます、白鳥先生」
少女はペコリと頭を下げた。両手で持った花束を包んだ紙が音を立てる。
「それでは、このロビーで待っていますね」
「はい」
白鳥 結奈は正反対に歩き、少女から離れていく。
少女は踵を返して、まっすぐ目的の病室へと向かっていく。
白衣を着た頼りになりそうな御医者さんや、点滴を刺したまま手すりを使って歩く人、パジャマを着た幼い病人、それを追いかける看護師さん。
色んな人々とすれ違って、少女は彼のいる個人病室へとたどり着いた。
ノックもせずいきなりドアを開けて、中には入って鍵を掛ける。
「この病室に誰も来ない」
そう呟いてから、少女は彼が横たわるベッドへ。
「私達の会話は誰にも訊かれる事はない。何があっても外に知られる事はない」
少女は小さく呟きながら、窓際に置いてある机の上にある花瓶に持って来た花々を生ける。
花を生け終えてから、閉め切っていたカーテンを開ける。外は快晴だった。
レースのカーテンだけを閉め直して、彼に向き直った。
「久し振りだね。元気……かな?
まあ、君のお母さんから聞いたけど……発見されて、この病院に担ぎ込まれてから三日後に意識を取り戻すも、話すことが出来ないんだよね……。
でも、仕方ないよね。
君はあの日、栄永 利口に言霊で話す事を封じられたんだから。
――――神流木 隼、話してもいいよ? 私と話そう?
色々、話したいでしょう? 皆は教えてくれなかっただろうから」
そう言って金城寺 美優は、最初から病室にいた三人の呪神に振り返った。
呪神は無言で各自頷いた。
「ありがとう。さあ、もう話せるでしょう?」
「………………美優」
ベッドの上の隼は、その名前を口にすると固く唇を結んでしまった。
※※※※※
しばらく金城寺 美優は、黙って僕を眺めていたが、ふいに壁に立てかけておいたパイプ椅子を出して来て、すぐ横に腰かけていつものように小首を傾げた。
「……どうしたの? もう言葉は出せるんだよ?
ほら、いつもみたいに、お話しようよ!」
「……………………」
「何か、残念だなぁ。せっかく面会に来たのに!
いつもだったら喜んでくれたじゃない。いつも私が教室まで迎えに行くとさ。
険しい表情が和らいで、笑顔になるの……。
クラスメートをイジメている時とは、まるで別人のようになってさ?
それを見る度に私はね、こう思っていたの。
あぁ、反吐が出るほど邪悪で憎たらしい顔……ってね!」
美優はいつも通りの声で、笑顔で話しかけていた。
「クラスメートをイジメでいた時が、君の本当の顔でしょう?
馬鹿は生きている価値は無いって、蔑んでいた時の醜い顔が。
軽々しく死んでしまえと言える君が本当の君。
私の幼馴染……光下 俊君を殺した人殺しの君!」
激昂した美優は、僕の胸倉を掴み上げた。彼女の腕力では苦しくはなかった。
なのに、胸が切り裂かれたかのように痛かった。
「どうして……」
僕は掠れた声を振り絞って問いかけた。
「どうして、六年間も一緒に? どうして、すぐ殺さなかった?
どうして……どうして…………」
「ストップ」
美優は手を放すと、汚物を触った後のように手を拭う仕草をした。
「同時に質問しないで。今回は許すけど、次はないから。
まず、最初の問いに答えるけれど……六年間も君といたのは、仲良くなる為。
仲良くなって、信頼させて、友情はたまた愛情を君に芽生えさせる為。
そして次の問いの答えは、すぐに殺したんじゃ足らないくらい君が憎かったから。栄永 利口じゃないけれどさ、君には絶望して貰いたかったんだ。
私と同じくらい……ううん。もっとずっといっぱい絶望して貰いたかった。
ねえ……私がどれほど悲しかったか、わかる? 俊君を殺されて。
私……俊君の事、大好きだったから。本当に本当に大好きだったから!!
俊君は、とても優しくていつも美優の事を大事に想ってくれて将来は絶対に結婚しようねって俊君のお嫁さんになっていつまでも幸せに暮らそうって!
それなのに……それなのに! 俊君は死んでしまった!
お前に殺されてしまった!!!」
美優は傍にあった花瓶を右腕で薙ぎ倒した。
花瓶は花と水を撒き散らしながら床へと落下して粉々に砕けた。
再び美優は胸倉を掴んだ。僕は抵抗しなかった。
「殺されたって……何故、わかったんだ?
あいつの死は、事故として処理された……それなのに何故?」
「何故だと思う?
学年トップの天才君なら少し考えればわかるんじゃないかな?」
美優はわざとらしい歪な笑みを顔いっぱいに広げた。
「……見ていたのか? 僕が井戸に……突き落とすところを」
「うん、大正解! それしかないよね!」
「何故、すぐに大人に言わなかったんだ?」
「美優のママとパパは、どんなお仕事していたか……忘れちゃった?」
「――――検事と弁護士」
「子供の私でもわかる法律の本を読んで、少しばかり知っていたの。
刑法四十一条は、十四歳に満たない者の行為は、罰しない。
つまり……あの日、大人達に君を告発しても法律は君を守ってしまう。
私の望み通りの死刑には、絶対にしてはくれない!
私の大切な人を殺したのに許されてしまう!? そんな理不尽な話、ある!?
君は頭が良かったから、井戸に落ちたら人がどうなるかわかっていたはず。
明らかな殺意を以てして犯行に及んだのに、僅か十歳だから許されてしまうだなんておかしい! 被害者数が一名だろうと関係ない。
私は君を死刑にして欲しかった!!
悔しくて悔しくて悔しくて、毎晩、家で一人、泣き明かしたんだから!!」
僕は、別人のように能弁に自分への憎しみを語る彼女を見つめていた。
全てが演技だった。芝居だった。あの日から六年間……金城寺 美優は、この日の為に〝天然で無垢な幼馴染〟をずっと演じ続けていたのだった。
その原動力は想像を絶するほどの憎悪。
「……もう一つ、教えてくれ」
僕は肩で息をする美優に向かって言った。
本当は訊かなくても、答えは分かっていた。けれども、確かめたかった。
縋る希望は無いと三人の呪神は無言で教えて来るが、それを無視して問うた。
「どうして、光下 俊と同じく、シュン君って僕を呼んでいたんだ?
僕を騙す為、完璧に幼馴染を演じる為か?
それともたまたま僕とあいつの名前が一緒だったからか?」
美優の顔から表情が消えた。知っているよ、この表情。
『君は、邪悪だよ……邪悪。美優に近寄るな。汚らわしい』
六年掛けて作り上げた仮面が外れてしまった瞬間の、本当の顔だ。
あの時、気付くべきだったのだろうか? それとも……もっと前に?
「そんなの決まってるじゃない」
美優は、にっこりと笑って言った。
「君の事なんか一切、考えないで目の前にいるのは光下 俊君だって思うようにしてたの。……俊君、って呼ぶ度に嬉しくて嬉しくて!
だから、ほら告白もしたでしょう?
大好きって俊君にさあ~! あの後、恥ずかしくて恥ずかしくって!
でも昔からずっとずっと言っていたから、今更って感じだよね、俊君!
これから美優、毎日毎日お見舞いに来るね! 俊君の為に!」
嬉しそうに話し続ける美優から、僕は呪神へと目を向けた。
「満足か? 僕をこんな目に遭わせて? さぞ満足だろうな」
双子の呪神は醒めた表情で僕を見て、呪華はケラケラと笑っていた。
「一体、誰が美優に取り憑いたんだ?」
「ワタシです」
怨雨が一歩前に出た。
「どうして僕にも接触して来た?」
「この異端が――――」
怨雨は笑い続けている呪華に目を向けた。
「君の従兄に取り憑いたので、彼女の復讐の妨げになるかもしれないと思いました。この異端は、必ず取り憑いた人間、または周囲の人間を殺すので。
彼女の復讐の前に、君が別の誰かに殺されては洒落にもなりませんから。
六年間……長きに渡ってずっと溜めに溜めていた憎悪を、彼女の一番望む形で昇華させてあげたいと思って……」
「まあ怨雨は、お前のいうところの馬鹿だったわけだ」
恨月が双子の弟へ一瞥を向けてから、僕を見て来た。
「六年間も、間違えて殺さないように憎悪を抑え続けるなんて。
利口のように、すぐに行動に移させるべきだった……」
「稀にみる上質な糧が手に入り、充分な復讐を観賞出来たというのに、まだ不満を言いますか?」
「充分? これからだろ」
恨月が笑みを浮かべると怨雨も頷いた。
「もちろん、金城寺 美優の復讐は始まったばかりですから」
僕は美優へ視線を戻した。
「…………許してくれ」
美優は、目を大きく見開いた。
「許してくれ……悪かった…………僕が、悪かったんだ。
もうイジメもしない。馬鹿って言わない。死ねなんて言わない。
だから許してくれ……もう、やめてくれ……そんな美優を見るのは嫌で」
「はあ?」
美優は目を見開いたまま顔を近づけて来た。
「許してくれ? 許すわけないでしょ?
君は、美優の大切な幼馴染を殺したんだよ?
人殺しなんだよ? 殺人者なんだよ? 悪い人なんだよ? 邪悪なんだよ!?
私、言えるんだよ? 君が人殺しだって。それで死刑にも出来るんだよ?
言霊があるから。言霊は全てを真にする力だから? 知ってるでしょ?
死刑になりたいの? ねえ? 死にたいの? 駄目だよ。まだ駄目だよ。
死なせないから。どんな目に遭っても死なせないから。
六年間、私が我慢していた分、君にも我慢して貰うから。
何? 泣いてるの? 泣くなよ。私は泣いてなかったんだから。泣くな。
大丈夫だよ、これから先もずっと一緒にいてあげるから。
ちゃんと人前では〝シュン君〟って呼んであげる。
二人っきりの時は〝人殺し〟ね……私、これからは本当の事を言うから。
ずっと君には嘘ばっかり言ってきたから、これから言う事は、全部本音。
私は、君の事なんか大嫌いで、顔を見るのも嫌で、声を聞くと気分悪くなるし、同じ空気を吸うのも耐えられない。そして君の事を最低最悪な人間のクズだって思っていて、いつもいつもいつも死ねばいいのにって思っていて……」
連なる罵詈雑言が、僕の全てを壊していく。
僕は天を仰いだ。これが、神が定めた〝運命〟なのだろうか?
誕生した瞬間から決められた〝結末〟なのだろうか?
だとしたら神は、なんて残酷なのだろうか……。
どこからともなく、呪神達の声が聞こえて来る。
長きに渡って罪を犯し続けた驕った罪人よ。
全てを憎悪し破壊の大罪を犯した人の子よ。
己の快楽の為に幾人の命を奪った殺戮者よ。
今、汝らに永遠の絶望を。我らの糧となれ。
言葉が終わった瞬間、僕の心は花瓶のように砕けた。
真横から聞こえる散々の悪口を聞いても何も思わない。
三人の呪神が声高々と笑っているのを見ても何も思わない。
――――――僕は、呟いた。
「僕は馬鹿で生きている価値は無いのに、何で生きているんだろう?」
最終章―審判― 完
言霊―三人の道化による喜劇― 月光 美沙 @thukiakari
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