神流木 隼 Ⅹ


 呪神である美少女の口から、ルキアさんの名前が出て僕は理解に苦しんだ。

 一体、ルキアさんに何をしたんだ!?

 そう怒鳴りつけたかったけれども、馬鹿が僕の言葉を奪ったから出来ない。

 くそ、無力な自分が忌々しい。


「やめろ! そいつは僕が殺すんだ! 勝手な事をするな、呪華!!」


 馬鹿は、この呪神の事を知っているらしい。

 怨雨は本当に何も僕に教えてくれなかったな。使えない奴だ。


「利口は、どうして隼を殺したいのぉ?」

「だ、だって! 僕が不幸になったのは……世界がおかしくなったのは……神流木のせいだ! だから世界を正すんだ! 神流木を殺して、僕は幸せになる!!」


 利口の狂気を孕んだ瞳は、もはや何も映してはいない。

 僕は人でなくなった奴を見据えて、唇を噛みしめた。

 思っていた以上に損傷が激しいようで逃げる事は不可能に等しい。


「あっそぉ?」


 呪華は煽るだけ煽っておいて、僕に向き直った。


「殺したいんだってさぁ? どーする? どーしたい?」


 世にも美しい呪神が、僕の耳元で囁いてきた。

 答えようがない質問を無邪気に投げかけて来る呪華に……本能的に嫌悪を抱いた。

 そんなのは認めない。僕が栄永 利口は殺されたりなんかしない!

 殺されるくらいなら……僕が、あの馬鹿を殺してやる!!

 僕の思いが伝わったのか、呪華は妖艶に微笑んだ。


「ねえ、隼は知ってる?」


 僕に馬乗りになって吐息を耳朶にかけながら、呪華は言った。


「隼は、とぉっても憎まれているんだよぉ?」


 それはわかってる。現にそこの馬鹿が……。


「違う違う~」


 じゃあ別の馬鹿共か? 僕は間違った事はしていない!

 馬鹿な奴等は生きている資格も、存在価値もない!

 だからこの世から、いなくてもいいんだ!!



「ねえ、栄永 利口。この世界から消えてくれないかな?」


 その声は、遠くから聞こえた。


「ようやくか。充分と時間を掛けたな……」


 恨月が溜息混じりに応えるように言った。


「キャハハッ! 久し振りだねぇ~!」

「呪華、お前も知っていたのか」

「だぁって、とっても面白そ~だったんだもん♪」


 呪華が僕を見て来た。何故かその顔が滲んで歪んでいた。




 わからない。わからない。もう、何もわからない。



 もう思考も推測もイメージトレーニングも無意味だった。




 一体、どこからおかしくなってしまったんだ。

 全て順調だったのに。全てが上手くいっていた、僕の平穏はどこに……?







 次の瞬間、僕の意識は無くなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る