第40話 そのトラウマが生きているとすると…

Salt Side

 交渉は「壁」の一部として作られた高層ビル群の数フロアを借りて行われる。この「壁」だが、外側の俺たちは「パンドラ」と呼んでいる。悪いものを封じ込めているんだ、と思いたいのか、それとも、そうであってほしいと願っているのか。俗称だったものが、そのまま正式名称になりつつある。このまま蓋をするつもりだろうか。もしも内側から破られたらどうする。

 ちなみに内側では「ダイモニオン」と呼んでいる。実有がそうして欲しいとみんなに頼んだ。それぞれに感じるものを大切にすれば「エウダイモニア」となるかもしれない、と。

 最上階から街を眺める。もう少しでこの街に主導権を渡すことが出来る。外の世界と同じ土俵に立てるかどうかは、この街しだい。後は俺たちが去ればいい。


「すみません」


 後ろから声を掛けられ、振り向く。スーツを身にまとった女が居た。


「内閣官房参与の魁田常周(かいだ つねちか)さん、でしょうか?」

「はい。そうですが。あなたは……?」

「あ、失礼しました。私、こういうものです」

 そう言って名刺を差し出す。俺も名刺を差し出そうとするが、どうも不要らしい。彼女の名刺を受け取る。


 名前は……


 株式会社 バビロニア・スターゲイザー

 取締役  リスベット 七瀬


 この会社は俺の企みに非常に強力的だった。例のハイブリッド装備開発から関わっている。そこから様々な製品を開発、販売を始めた。徐々にコンサルティング業にも手を出し、政府からも一目おかれているとか。俺はそのあたりには関わらないことにしていた。


「ああ、御社には色々とお世話になりました。しかし、この度の交渉に民間企業が関わるとは聞いていませんでしたが?」

「一時的に我々の部署を政府の機関に買っていただきました。現在の立場は請負公務員です」

「ああ、なるほど」

「交渉の前に、あなたと話したいと思いまして」

「何でしょう?」

「日本政府はこの街を反社会的武装組織、そしてその拠点と認定します。そして内戦状態であると世界に訴えるつもりでいます」

「何!?」

 聞いてないぞ。そんな話は。

「少し歩きながら話しましょうか。あちらの会議室に資料がありますので」

「え、ええ」

 俺は動揺を隠せないまま彼女と歩く。噂話の類も俺の耳に入るようにしていたはず。何故気付けなかった……

「やはりご存じないようですね。ああ、答えなくて結構です。つまりですね、あなたの上に居る方々はもう冷静に思考することも出来ない状態です。この街を潰す、という目的のみが彼らを生かしています。とうとう後先考えられなくなったようです。この街が滅びれば自分が死んでも構わない、というほどに」

「……つまり、この街はやり過ぎた、と?」

「企みを仕組んだ者たちは、でしょうね」

 見誤ったか。まずいな。

「態度を世界に示したことでこの国は"G.O."に攻撃を仕掛けるでしょう。場合によっては他国の支援を受けるかもしれない。そのための準備として我々が送り込まれました。この街の罪状、適用可能な法律の模索、新法の制定、戦力と地理の把握、戦闘後の医療体制、復興計画、メディア対応、それらを総合的に企画、立案、サポートします」

「それで、私には何を?」

「私の見るところ、今回の交渉団の中であなたは最もこの街に詳しい。是非とも我々に協力してもらいたいと思いまして。この話をご存じなかったところから推察するに……このままいくと、あなたは――」

「生贄として差し出される?」

「おそらくは」

「なんとまあ……」

 やってくれる。だが、覚悟はしている。この話の真偽がどうであれ、潮時だろうな。自ら死は選ばない。だが、知っていることは公にしよう。そう思いながら会議室に入った。

「しばらくお待ちください。それと……就職先は紹介できると思いますので。その気になったら私の許へお越しください」

「うん?」

 何かが引っかかったが、よくわからない。そのまま扉が閉められた。と同時に室内が真っ暗になった。

「何だ!?」

 手探りで扉を探しノブを回すが鍵がかかっている。閉じ込められた。どういうつもりだ? 今までのは全部はったりで俺を閉じ込めるのが目的か? だが、目的は何だ? などと思案していると、再び電気がついた。だがさっきの様な明るさじゃない。少し薄い光、そして、部屋の奥にあるモニターが点いている。嫌でもそこに注目してしまう。近寄ってみると、モニターに文字が表示された。


Fly_TV


 なんだと? じゃあ、まさか、さっきの女が?


 文字が消える。そして再び何かが現れた。


Everything you know is wrong

(お前が知っていることは全て間違っている)


Be Gentle with me

(私と一緒に優しくなろう)


This is not a rehearsal

(これはリハーサルではない)


It could never happen here

(ここで起こるはずが無い)


Rebellion is packaged

(反乱は織り込み済み)


Construction is balance

(バランスをとって作れ)


Tomorrow belongs to me

(明日は私に繋がっている)


It's your world

(それはあなたの世界)


You can change

(あなたは変えることが出来る)


It's no secret at all

(全くもって秘密ではない)


Watch more TV

(もっとテレビを見ろ)


BELIEVE

(信じろ)


Cite from The Fly / U2,

Album Achtung Baby

Live Zoo_TV 1993


 何なんだこれは?

 最後のBELIEVEのみ、白い文字の一部 LIE だけが赤くなっていた。この単語ひとつで「嘘を信じろ」と言いたいのか?

 そんなことを考えていたら、画面がまた変わった。映像のようだ。どこかの部屋を移しているのか?

 とにかく外と連絡を取らなくてはならない。携帯端末を取り出すが、圏外だ。おそらくこの部屋の電波を遮断しているな。どうにか方法を探さなくては……


Night Side

 各エリアの長や行政関係者、警察組織の人たちに混じって私はビルに入った。いつの間にか鋼鉄派への拒絶反応は相当弱まっていた。緩衝地帯が出来た事でその流れが加速したようだ。壁となっている場所は私が今までの魔術で体を覆えば踏み入れることが出来る。みんなと一緒にエレベータに乗ろうとした時だ。

「すみません」

「はい?」

 振り返ると女の人が立っていた。スーツを身にまとっている。いかにもクールビューティーという言葉が似合う綺麗な人だ。

「アイアン・インゲルの織山実有さんですよね?」

「はい、そうですが……あなたは?」

「失礼しました。私、こういうものです」

 そう言って名刺を差し出す。私も名刺を差し出そうとするが、どうも不要らしい。彼女の名刺を受け取り名前を見る。


 株式会社 バビロニア・スターゲイザー

 取締役  リスベット 七瀬


 思わず身構えた。この女が、あの魔術を使って宣戦布告してきた相手。「鈍いナイフ」を出現させようか迷っていると、彼女が視線で制した。


「ここで戦うとあの方々も傷つきますよ」

 そう言って彼女は、エレベータを待っているみんなを見る。

「くっ……」

「ついてきていただけますか?」

「わかった」

 私はついて行った。階段で二階まで昇り、そこからエレベータで高層階へ向かう。そのまま部屋に通された。

「どうぞおかけください。念のため申し上げておきますが、この部屋でのことは全て記録させていただきます」

 そう言って彼女は部屋の隅を指差した。そこにカメラがある。

「わかってるわ」

 私は席に着いた。彼女は机をはさんで私と向き合って座る。そして言った。

「今このビルにはエコノミック・エンパイアの大部分が集まっている。今こそ私たちの復讐の時。ようやく会えたな。マイ・マスター」

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鬼鳴り 風祭繍 @rise_and_dive

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