第39話 実際に戦って、血を流しているんだぞ

Mary Jane Side

「どうなんだ? 調査の状況は?」


Wolf_DH

 二年もかかって申し訳ないが、わからないことだらけだ。


「わかったことは?」


Wolf_DH

 この街の地下は謎だらけ、ってことだな。情報が無いと探りようもないから二年かけて集められるだけ集めたが。


「恐らく、それでどうにかなると思う。お前の顧客から特別なボーナスがあっただろう?」


Wolf_DH

 あー……ちょっと待ってくれ。


 ん。あった……と思う。


「それと組み合わせてくれ。外側の観測と内側の観測。それを合わせて尚不明の部分があったならば?」


Wolf_DH

 そこにはすべてを拒む何かがあるかも、ということか。


「よろしく頼む」


Wolf_DH

 わかった。それにしても、あいつだったのか? ほんとに?


 通信終わり。確かに意外だった。

 二年もかかったのは俺の方も同じ。だが、こう言ってもいいだろう。


 たった二年でここまで集めることが出来た、と。


 ディープ・スパイダーの防諜体制は強固だ。電子的にも人間的にも。俺もいくつかのルートは持っている。こういっては何だが、最近妙に頭がさえている気がする。危ないところをかぎ分け、今まで解らなかったところを突くことが出来る。そこがどうにも不気味だった。そしてあるデータに行き当たった。あのブラックバードという少女のデータだ。渡良瀬は他の仕事で手一杯、ということにしているようだが、実際のところ VRモデルの作成がいまだに終わっていないのだ。作業を始めてからもう4年以上たっている。こんなケースは今まで無かった。あの少女にも何かがあるのだろうか。彼女のことも調べなければならないか。だが、間に合うか? 間に合わなければ…


Joy Side

 私はこっそりと実有の自宅をたずね、フリードと話すことを繰り返していた。今日もまたそれをやっている。でも、こんなことをして何になるのか……自分と対話するようなものじゃない。それで何が変わるんだろう?

「ねえ、私は……その、誰かを好きになれるのかな?」

「あなたはどう思いますか?」

「私は……なりたい」

「では、なれるでしょう。その次は?」

「次って……?」

「期待なしに恋するものだけが、恋の味を知る、とも言います。自分に出来ることを精一杯やってみるのがいいのではないでしょうか?」

 よくわからない。相変わらずだけど。


「私、誰かの役に立ってるかな? 実有に何か良い言葉を言えてるかな?」

「有益な言葉は飾り気のない口から出ることが多い、と聞きます」


「私、ヴェロニカに負けそう。色々と……何かアドバイスは……」

「簡単なことを丁寧にこなせば熟練するのではないでしょうか?」


 しばらくの問答の後、私は挨拶して帰る。こんなこと繰り返してどうなるっていうんだろう。それを思っても止められない私は何なんだろう。私自身がスパイの真似事、もしくはスパイそのものをしているというのに、何でここに来ると安心して辛いんだろう? もう、わからない。


Day Side

 鋼鉄派と毒喰派の融和が実現しつつあるが、摩擦が徐々に強くなってきたようだ。毒喰派は鋼鉄派のハイテクを恐れ、鋼鉄派は毒喰派の魔術を気味悪がっている。例のイルーシヴ・リアリティも公式に存在を認められ、求めるものたちの知るところとなった。これにより鋼鉄派のプライバシーが侵される、という批判があったが、毒喰派が鋼鉄派の監視、盗聴によるセキュリティを一部受け入れたこともあり、徐々に収まっていった。非公式ながら認めているのは、お互いの技術を駆使して「抜け道」を探ってもいい、ということだ。度が過ぎれば傷つくが、それを住人たちが自ら探っていくのも一つの道かもしれない。今、この街ではそんな意見が少し多いようだ。俺も、例の「反ロボティクス三原則」に影響を受けたのかもしれない。警官としては対応は慎重にすべきだが。

 そして、俺はいつも通り「レディー・スターダスト」に居る。今日はブラックバードが一人で来ていた。そこへ俺も同席させてもらっている。

「ところで、まだ思い出せないのか? 俺をつけていた理由」

「うん……まだ……」

 少し辛そうだ。あまり聞かない方がいいのか。

「実有はどんな様子なんだ? 家では」

「うん。元気だよ。でも時々夜出かけているみたいだけど」

「そうか、まだ必要なのか。あいつが……」

「でも、なんだかすごく元気なんだよ。私と話す時も顔が明るい。ルドビコやフリードと話す時も、言葉や表情が鮮やかなんだよ」

「へえ」

 俺は、それほど変わったようには見えなかったが。まあ、いいか。

「あなたは、どうなの? 警察の偉い人になったんでしょ?」

「偉いっていうか……責任はある仕事だな。例えればFBI長官だ。俺の上に居る司法長官が黒井なわけだが……あいつは、あいつの仕事をしているんだろう」

「ふーん。あまり良くないことをしているってこと?」

「それは、まあ、どうにかしようと努力はしている。本当だ」

「うーん……信じる」

「そうか」


 ある日、俺は日本政府、そして世界との交渉があると知らされた。向こうは俺たちを貶めて利益を得たいらしい。その場でSaltがある程度の譲歩をすると言っている。その内容は言えないそうだが、俺たちへの影響は極力避ける、と話した。俺は信じるが、譲歩とは何だろうか? 罪があり、それを問うとしても、証拠も何もあったもんじゃない。そもそも俺たちを見捨ててほったらかしにしてきた罪の方はどうなる? まあ、ここはあいつに任せてみるか。そして交渉には実有が参加するらしい。急に彼女が頼み込んできたようだ。Saltは反対したが、何時になく熱心な様子に圧されたようだ。


 そしてまたある日、俺はSaltに知事への就任を打診された。いきなり何を言いだす。と言いつつ話を聞いた。この交渉でまた少し世界は動く。この街は世界に向けて自分たちの存在を訴えなければならない。声明を一つ出すだけに終わったとしても、それに署名するリーダーが必要だ、ということらしい。返事は濁らせた。だが、考えてもいい。それでみんなが救われるなら。


 やがて、交渉の日がやってきた。

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