第4話始まって、終わって、また始まる


 最初の『実験』から、一ヶ月経った。


「入れ!」

「ぐっ!」


 今日も突き飛ばされて独房へ戻る。全身がガタガタで動く気力もない。


「おかえり。今日もしんどそうね」

「……他人事だね、ノエル」

「うん、他人事だもん」

「キミのそのサバサバした性格、嫌いじゃないよ」

「それならよかった」


 こうしてノエルと話すのも一ヶ月間毎日だ。


「ねぇ、今日はどんな実験だったの?」

「水の中に窒息寸前まで漬けられて、意識を回復させてまた漬けられてを十往復はしたかな? あと、高周波? みたいな音を延々と聞かされてた。おかげで耳がまだ正常に機能しないよ」

「高周波って?」

「人間の不快な音のこと。十秒くらい聞いてるとだんだん気持ち悪くなってくるんだ」

「ああ、音系の魔法ね。意識を錯乱させるやつだわ」

「そうなんだ。ハァ、そんなことで『暴走』はしないとおもうんだけどなぁ」

「しょうがないじゃない。まだ『暴走』の仕組みはわかってないんだもの」

「メカニズムの究明を総当たりって、どんだけ非効率的だよ」

「……メカ?」

「ああ、仕組みって意味」

「イリーって本当に博学だよね。貴族だったから?」

「まぁ、そんなところ」


 本当はこの知識はこの世界の物じゃない。この知識は《前世》の物だ、俺を生まれ変わらせた《神様》の置き土産だ。いや、置き土産じゃなくて《罰》なんだろう。

 ここ一ヶ月、暇な時間が多かったから、なおのこと鮮明に思い出せるようになってきた。神様が最後に言った言葉だけはあいまいになっているけど、それでもその前までの言葉は思い出せる。俺の『負債』ってのは、この『魔眼』のことなんだろうか? そういえば『魔眼』といえば、最近は『魔眼』の発露が容易にできるようになってきた。それと同時に面白いこともわかってきたぞ。


 この世界には『マナ』がある。それは空気のように俺達の周りに常に存在し、そして俺達の体も『マナ』を帯びていることがわかった。

 そしてこのマナ、実は種類がある。『世見眼』を発露するとわかるけど、よくよく見るとマナには色が存在している。赤、青、緑、黄、茶、白、黒といった感じだ。おそらくこれは『属性』だと思われる。赤は火、青は水、緑は風、黄は雷、茶は土、白は光、黒は闇、そういった感じに『属性』が分かれている。そして俺達が帯びているマナ、これはその人物がどの『属性』が相性のいいものかを判別できる。例えば、ノエルは白と茶の混じったマナ。これは光と土に相性がいい証拠だ。そして俺は青と緑、これは水と風に相性がいいんだろう。

 常時マナ阻害の手錠を付けられているから魔法の訓練なんかはできないけど、俺が最初に使おうとしたのは水属性の魔法だった。本能的に水との相性が良いことがわかっていたのか、もしくは別の理由なのかはわからないけど。


「ノエルの方はどうだった?」

「アタシ? アタシの方はほとんど変化はないかな。言われるままに魔法を使って、ときおりアタシも危なくなるけどそれだって十回に一回あるかないか。後は適当におじ様たちの『お相手』をしてお終い」

「お相手?」

「そうよ。適当にベッドの上でお話しして、一発ヤったら即帰っちゃうの。まったく、終わった後のケアもお願いしたいものね」

「あ、あの……ヤるって?」

「言葉通り……。ああ、そっか。イリーには早かったね。忘れて」

「ノエルっていくつなの?」

「記憶が正しければ十二よ」

「そ、それなのに……もう?」

「へぇ、意味、わかるんだぁ?」


 その瞬間、ノエルが妖艶な笑みを浮かべた。


「そうよ。アタシは研究に参加すると同時に、ここの兵隊さんやたまにやってくる貴族のおじ様の『お相手』をしているの。二年前からね。初潮はもう来てるけど、まぁできても堕胎(お)ろされちゃうでしょうね」

「ノエル………、辛くは、ない?」

「……このおかげで研究成果が上がらないアタシが生き長らえていられるって思えば、安いものでしょ。ここではね、価値を証明しないと生きられないって仕組みなのよ」


 それだけ言い放って、ノエルはベッドに横になった。


「もう寝なさい。体力を温存しておかないと、明日からまた生きられないわよ」

「……うん、おやすみノエル」

「おやすみ、イリー」


 生き残る、生き続ける、そのためだけに今日を生きる。こんな生活は間違っていると思いながらも、俺達は何もできずに生きている。周りの変化に任せていられない、クーデターでも起こせばいいのか? 相手は国だ、どこまで逃げても追ってくる。結局、なんの打開策も思いつかないまま俺は眠りに落ちた。






 実験、気絶、失神、絶叫、回復、それらを何回繰り返しただろうか。《僕》は、たぶん自分で数える限り十歳になっていた。


 暦で見た限り当たっていれば、イルベルト・ノーグレンとして生まれて十年目の誕生日を、僕は独房の中で迎えた。


 ここで生活を始めて五年近く、一人称を俺から僕に変更した。その方がここの奴らからの態度が微妙に軟化するからだ。人受けは良い方がいい。なるべく敬語で、下から伺(うかが)うように、人間関係の構築を。それだけを三年前からずっとやってきた。


「A41、ご苦労だったな。ゆっくり休め」

「は、はい。ありがとうございます、ニースさん」


 突き飛ばされて入っていた独房は、今はドアを開けて僕がゆっくり入るのを待ってもらえるようになった。見張りの人とも親しくなり、名前も教えてもらっている。最近では世間話もできるくらいだ。


「そういえば、娘さんが誕生日を迎えたんですってね?」

「おお、そうなんだよ。いやぁ、今年で三つなんだけどよぉ。もうかわいくてさぁ! たまにしか帰ってやれないけど、この前『パッパァ』って舌っ足らずで呼んでくれた時にはもうなんて言うか、天使はこの世に居たって感じだったな!!」

「はは、おめでとうございます。……まぁ、その『パッパァ』もいつ『お父さんと同じ選択桶で洗わないで』に変化するかが楽しみですけど」

「うぉぉぉい! 大丈夫だっての! 俺の娘に限ってそれはねぇよ! あの子はお父さんっ子に育ってくれるって俺は信じてる!!」

「信じるのは自由、結果は信心を裏切るものなのです」

「やめろぉぉぉ! 現実を見せるんじゃねぇぇぇ!!」

「っと、静かにしてくださいよ。みんな疲れてるんですから」

「っとぉ、すまねぇ。A41、お前も疲れてるのに話し込んで悪かったな」

「いえ、話を振ったのは僕ですから……」

「ただいまぁ、あらニースさん。またA41と世間話ですか?」


 と、そこに。今、帰ってきたらしいノエルが来た。あれから五年経ってすっかり女らしくなったノエルは、主に『お相手』をするのが仕事らしい。独房には似つかわしくない艶やかでキレイな髪、どこか甘い香りのする香水、服はやや簡素なものだったけど、色香をまとった『女性』がそこにあった。


「ああA06お前も帰ってきたか。しかしなんでお前はこの独房に拘るんだ? 兵士長から個室の話が出たって聞いたぞ?」

「今更、柔らかいベッドでなんて寝られないですよ。何年ここの固い寝床で寝てたと思ってるんですか?」

「……すまねぇな。お前たちみたいな子供を、こんな所に居させちまってよ」


 その言葉には、明らかに懺悔の意思がこもっていた。


「A06は八年、A41は五年だったか? 俺はここにきて十年目になるが、毎回毎回ここに子供が入って行って、帰ってこないとこがあると心が痛むんだ。俺の子供だって、もしも異常が見つかったらここのような施設に送られるかもしれないって思うとな」

「ニースさん……」

「大丈夫ですよニースさん、そう言ってくれるだけでアタシ達は救われます」

「いいや、救われてなんかいねぇ。A41は毎回死ぬような実験をされて、A06は娼婦の真似事だ。こんなことを、子供にやらせるなんて間違ってるんだ。『世見眼』持ちだって、暴走しなければただの子供だ。その子供を、監視するだけじゃなくてこんな実験を無理やりするなんてどうかしてる。だけどよ、俺はただの兵士で、なんの力もねぇから」

「ニースさん。それ以上の発言は、国家への反逆罪に問われますよ?」

「……そうだな。すまねぇ、忘れてくれ。もう行かねぇとな」


 そう言うとニースさんはノエルの独房の扉を開き、カギをかけるとゆっくりと外に向かっていった。


「いい人ね、ニースさん」

「そうだね。あの人みたいな人達ばっかりだったら、僕達もこんな所に入らないで済んだのかな?」

「そうかもね……。さぁって、アタシももう寝ようっと。今日は三人も相手したから疲れちゃって」

「はは、お疲れ」

「ん、イリーも早く寝なさいね? そ・れ・と・もぉ、一発スッキリしてから寝る? もう一回くらいなら、アタシも相手してあげるよぉ?」


 そう言いながらおしりを少し露出させるノエル。


「い、いいよ! それにここから出らんないでしょ! おやすみ!!」


 僕は慌てて布団をかぶる。クスクスという笑い声が耳に響いた。


「おやすみイリー、明日も生き延びようね」

「うん、おやすみノエル。明日も生き延びよう」


 ここ数年、お約束となっている言葉を交わして、僕達は眠りに落ちた。






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順風満帆な人生だと思っていた ゴリアス @goriasu

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