「『小鳥遊』――この名字、読める?」

アルキメイトツカサ

「『小鳥遊』――この名字、読める?」

「たかなし」


 購買で手に入れたばかりのパンをかじりながら、親友の遥歩 あゆみはクールに即答した。


「難読名字のはずなのにポピュラーになってしまった名字第一位の『たかなし』」


 不敵な笑みでそう付け加えられ、わたしはぷくうと頬を膨らませる。そして「小鳥遊」と書いたメモをくしゃくしゃに丸めた。


 たしかにそうかもしれない。

 わたしがよく見るアニメや小説にも小鳥遊姓のキャラクターがたびたび登場する。ある人はファミレスで働いていて、ある人たちはお母さんを亡くした姉妹だった。


 さて、なぜこんな話をわたしはしているかというと――


 わたしの町――熊野三山のひとつ那智大社で有名な那智勝浦町には、ほんのわずかだけど、この「小鳥遊」姓の人が実在するのだから。


 そういえば、ビデオで見たあるドラマでは、教習所の鬼教官の名字が小鳥遊だった。わざわざ黒板に「小鳥遊」と書いて、その由来を説明していた。ちなみに、その小鳥遊さんと同姓同名の小鳥遊さんがえっちなゲームのキャラクターにいるらしい。現実には少ない名字なのに、フィクションの世界では同じ名前の人がいるから不思議だと思う。


「遥歩は、『小鳥遊』って名字の由来を知っていたの?」


 念のため訊いてみると、遥歩は仏頂面でこたえた。


「もちろん。『小鳥の天敵〝鷹〟がおらず、ゆったり遊べる』から『たかなし』。常識だよ」


 だよね。物知りな彼女に、愚問を投げかけたことを後悔する。舌を熱くした遥歩はさらにおしゃべり。


「高梨村を領した信濃国の高梨盛光の子が『小鳥遊』を名乗ったのがもともとの由来とされている。だけど、那智勝浦町に住んでいる小鳥遊さんはその子孫ってわけじゃなく、明治時代の『平民苗字必称義務令』を受けて先祖が小鳥遊を名乗った、らしいよ」


 なるほど。高梨盛光は長野の人。なのに、こんな和歌山の先っちょだけに小鳥遊さんが集中しているのは不自然だと思っていた。


「だけど、私は思うんだ。本当に鷹がいないから小鳥遊って名乗ったのかなって」

「どゆこと?」

「『鷹』が鳥の鷹ではない可能性もあるってこと」

「鳥の鷹じゃない? それじゃあ、どれの鷹?」


 首をかしげるわたしに、遥歩はふてぶてしく笑いながら言った。


「『高橋』という名字を知っているかい?」


 ばかにして。日本でもかなり多い名字じゃないか。


「高橋という名字は、日本で三番目に多い。だけど、この和歌山はなんだよ」

「まじ?」


 こくりと頷き、遥歩はスマホを操作した。頬が触れるほど顔を近付け、のぞきこむ。表示されたのは高橋さんの分布図というデータが掲載されたページだった。和歌山の高橋さん順位は42位。その次は熊本、長崎と九州地方の県名が続いていた。


「つまり、『高橋』が『鷹』で、高橋さんがいないから『小鳥遊』って名字が生まれたってこと?」


 整った顔を縦に振る遥歩。そうすると、またまた別の疑問が浮かびあがる。


「でも、なんで和歌山には高橋さんが少ないんだろう」


「考えられるのは、『鈴木』の存在だよ」

「鈴木」


 わたしは真顔で遥歩の言葉をくりかえす。


「鈴木は、高橋よりもさらに多い名字。そのルーツが、この和歌山の熊野なんだ。まず熊野地方の神官が、神武東征のときに、『穂積』という名字を賜った。穂積というのは稲の穂を積む『穂むら』のことで、それの中心に立てる棒が『聖木すすき』と呼ばれ、それが転じて鈴木になったんだ。そうして、鈴木を名乗る神官は熊野神社を全国へ広めた。神社が建設されるまでに『木』に『鈴』を付け、それを信仰の対象とした地域もあったみたいだ。それで信仰が深まり、全国に鈴木を名乗る人も増えたんだよ」


 そこまで言い終えてから、遥歩はパックの中の牛乳をストローでずずずと吸い取った。


「へえ。それで『高橋』とどう関連するの?」

「高橋という名字もルーツは鈴木と同じ――『高橋神社』を氏神とする神官のことだったんだ。さて、問題。その『高橋神社』はどこにあると思う?」


 顎に手をあてて考え込む。さああっと春風が中庭を通り過ぎた。それがタイムオーバーの合図。


「奈良県だよ」

「お隣さん」

「そう。和歌山は鈴木の熊野神社の総本山。そこに高橋神社が入り込む余地はなかったんだ。だから、和歌山には高橋が少ないんだ」

「ようするに、神社の違いだったってこと……? この熊野には鈴木さんがいるから、高橋さんが少なく、小鳥遊って名字も生まれたの?」

「そう、それが私の考え」


 透き通った瞳で、遥歩が断言した。すがすがしいほどのどや顔。ほっぺたをつねりたい。


「ほえー」


 そうして感心しながら親友の顔を見つめていると、

「ぷっ」と噴き出した。なにがおかしい。


「もしかして、本気にしてる?」

「してたけど?」


 むっと眉間に小皺をつくる。

 すると、遥歩はスマホの画面を変えた。


「実はこんなデータもあるんだ」


 次に映されたのは「NPO法人オオタカ基金」――オオタカの繁殖地が載っているページだった。

 その日本地図を見てみると――和歌山はまっしろ。


「……和歌山はオオタカの繁殖地じゃない」


 いじわる。ほんとに和歌山には鷹が少ないじゃん。全国の高橋さんにあやまって。


「ごめん。長々と話したけど、本当に高橋さんが少ないから小鳥遊さんが生まれたかどうかは、私も知らない。だけど、名字のことをきみと話すと、つい楽しくなっちゃって」


 ふわりとした髪を掻きながら、遥歩は頬を染めた。


「なにせ、希望華ののかの名字は『八咫鏡野やたがの』じゃないか。小鳥遊以上にレアな名字だ」

「あっ……うん……」


 わたしの名前は八咫鏡野希望華。この名字は那智勝浦町下里にある八咫鏡野という土地が由来。検索してもひっかからないくらい知られていない名字。そして、この名字を持つのは、わたしの家族だけ。さらにいえば、わたしにはきょうだいがいない。


「その名字を守るためにも、生涯独身を貫き通すんだよ」


 遥歩は屈託のない笑みでそう言った。

 ばか。冗談きついよ。

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