僕たちの最終決戦

真野絡繰

いざ、石神井公園へ!

「大泉ガナーズ! GO!」


 円陣を組んで右手を重ねて、最後の「GO!」のところで4人が声を合わせる。所属してるサッカーチームと同じやり方で気合を入れると、僕たちは石神井しゃくじい公園に向かって歩き始めた。


 目的は、池の「ヌシ」を捕まえること。

 ついでに、テレビに出ることだ。


          *


 きっかけは、翔太しょうたのひと言だった。


「聞いて聞いて! 石神井公園の池に、ワニがいたんだよ!」


 お父さんと一緒に釣りをしてたとき、水面が変な揺れ方をした。大きな鯉かなと思って見てたら、長い口がニョキッて出てきたって言うんだ。


「東京にワニがいるわけないじゃん!」

「そうだよ、嘘つくなよ!」

「嘘じゃない! 歯がいっぱい並んでたんだよ!」


 僕は信じたけど、秀人ひでとりょうは疑った。でも、翔太が真剣だったから、ふたりは態度を変えたんだ。


 通ってる小学校は違うけど、僕たち4人は大泉ガナーズのチームメイトだ。1年生のときからの仲間で、3年生の今は親友になった。


「でかかった?」


 僕は聞いた。秀人も亮も、もう興味津々だった。


「口のとこだけで、こんぐらい」


 翔太が広げた両手は定規ぐらいの幅だったから、だいたい30センチだ。


「なら、尻尾まで1メートルぐらい?」


 僕が言うと、亮が首を横に振った。亮は、4人のなかで一番頭がいい。


「違うよ、僕たちの背ぐらいじゃない?」


 4人の身長はだいたい同じで、135センチぐらい。それより大きくて、大人ぐらいあるワニなら、迫力がある。


「それ、きっと池のヌシだよ!」

「ヌシ、見てみたい!」

「見るだけじゃなくて、捕まえようよ!」


 それから僕たちは、サッカーの練習の後で石神井公園に寄るようになった。何回も通って、翔太がヌシを目撃した場所を中心に探したけど、その影を見つけることもできなかった。


 ワニのことも調べた。亮はお父さんとパソコンで調べて、僕は図鑑で調べた。ワニには3種類いて、クロコダイル、アリゲーター、ガビアルっていう名前だった。翔太は、ヌシの口の形はガビアルに似てるって言った。


「ワニは、日本にはいないよ。もし石神井公園にいるとしたら、誰かが放流した個体だろうね」


 4人で亮の家に集まってたとき、お父さんが教えてくれた。ヘビとかワニを飼ってたのに、大きくなりすぎたりすると、池や川に放しちゃう人がいるんだって。


「もう20年ぐらい前だけど、石神井公園でワニの目撃談が続いたことがある。それで大がかりな調査をしたんだけど、結局は何も見つからなかったんだよ」


 亮のお父さんはそう言ったけど、僕たちは信じなかった。ワニはうまく逃げて、今も隠れて生きてるんだよ。それで、ヌシになったんだ。


 だから今日、僕たちは池の奥のほうの、茂みがいっぱいあるところを探索することにしたんだ。それを「ヌシとの最終決戦」と名づけたのは僕だよ!


          *


 石神井公園の池は、石神井池とさんぽう池のふたつある。翔太がヌシを見たのは大きいほうの石神井池で、釣りもできるしボートにも乗れるぐらい広い。


 石神井池は細長くて、片方の岸はコンクリートの遊歩道になってて、そこから釣りができるんだ。でも反対側には木が多くて、なかなか近づけない。――絶対、そのどこかにヌシの巣がある。


 翔太がカメラ、亮が懐中電灯、秀人がバットを持ってきた。僕は、ヌシと地上戦になったときに備えて、ガムテープを持ってる。みんなで後ろから近づいて、ヌシの背中に乗っかる作戦だ。ガムテープで口をふさいで、あとは尻尾の攻撃をよけられれば、こっちの勝ち。4人とも運動神経がいいから、負けっこない。


「ヌシを捕まえたら、テレビに出られるかな?」


 それを最初に言ったのは、秀人だった。


「俺、出たい!」

「写真を撮ったら、新聞にも載るかも!」


 翔太も亮も、テレビや新聞に出られるかもと思ってワクワクしてた。僕も同じだった。最終決戦の前の日は、みんな眠れなかった。


          *


 木の枝を拾って、蜘蛛の巣を払いながら茂みのなかを進んだ。


「このへんだ」


 先頭を歩いてた秀人が、池の岸に着いた。そのまま、4人で水面を見つめた。でも空が暗くなるまで待っても、水面は平らなままピクリとも動かなかった。


「見て、あれ!」


 突然、亮が何かを見つけた。暗い水面に髪の毛みたいな塊がプカプカと浮いてて、だんだん近づいてきてたんだ。


「何だろ?」


 持ってたバットで、秀人がそれをつついたら、その塊はくるっと回転した。それは、髪の長い女の人だった。


「うわっ!!」

「人間だっ!!」

「死体だ!!」

「逃げろ!!」


 僕たちは、来た道を一目散に駆けた。怖かった。サッカーをしてるときより、何倍も何倍も速く走った。やっと道路まで戻ったとき、亮が言った。


「懐中電灯、忘れてきちゃった……」


 それから僕たちは、作戦会議をした。亮が落ち込んで泣きそうだったから、みんなで池まで戻って懐中電灯を取りに行くことになった。


「ちょっと待って! 君たちに、お願いしたいことがあるの」


 池に戻ろうとしたとき、知らない女の人が走って話しかけてきた。腰のところにガムテープを何本もぶら下げてて、最初は変な人だと思った。


「私たち、そこでテレビのロケをしてたの……刑事ドラマ。悪い奴が人を殺して、それを警察が捕まえるやつ……わかるよね?」


 僕たちはうなずいた。


 女の人は、池に浮いてたのは人形だって教えてくれた。それを死体役にして、池の向こう側から撮影してたんだって。この近くには大きな撮影所があるし、前に街でロケをしているのを見たこともあるから、僕は信用した。


「それでね、君たちがビックリして逃げるところもカメラで偶然撮ってたんだけど、それが真に迫ってるから監督がドラマに使いたいんだって。どう? 君たち、テレビに出てみない?」


          *


 何ヵ月か経って、そのドラマは本当に放送された。僕たち4人は、ちょっとした有名人になったよ。


 でも、石神井池にヌシがいることは、まだ信じてる。4人でまた行って、今度は絶対に捕まえようって約束もしてる。


 それまで待ってろよ、ヌシ!

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僕たちの最終決戦 真野絡繰 @Mano_Karakuri

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