紅色、つやつやと

加代

紅色、つやつやと

「さくらんぼ送るけどいつがいい?」

 毎年さくらんぼがとれる季節になると、母からこの定型文が送られてくる。


 私が育った町は、さくらんぼの産地として名高い東根市でも寒河江市でもなく、しかしビニールハウスは近所にたくさんあって、知り合いや親戚を二、三たどればさくらんぼ農家に行きつくような、そんな町。


 ちなみに東根市を寒河江市より先に書いてしまったので多分私は寒河江市民に血祭りにされるだろう。暇さえあれば東根市民と寒河江市民は「どちらがさくらんぼの名産地としてふさわしいか」を言い争っている。外野からすれば、正直どちらでもいい。


 そんなどうでもいい争いはさておき、我が家は農家ではないにしても、知り合いだったりその知り合いだったりというレベルでさくらんぼ農家と縁があって、毎年大量のさくらんぼを貰う。貰うのは綺麗なものではなく基本的に商品にならないもので、軸の周りがパックリ割れていたり、二粒がくっついて無理やり一粒になっているようなものだったりする。だからといって品質に何ら問題はないので、何も言わずに口にする。


 贅沢者だと言われることを百も承知で言うと、私はさくらんぼがあまり好きではない。幼い頃からそうだった。おそらくこれでもかというほど各所から貰ってくるので食べ飽きていたのだろう。


 佐藤錦、紅秀峰、ナポレオンの違いも舌が肥えていない私にはわからないし、誰の家で作ったものが一番おいしいかなんていうのもどうでもいいし、何よりどこで作ったかなんて多すぎていちいち覚えていられない。私にとっては全てが「さくらんぼ」でしかないのだ。


 あまりさくらんぼが好きではないことは母には言ってあった。実家にいた頃もあまり好んで食べなかった。おそらく中学に上がったくらいから、給食で出たときしか食べていない。


 しかしそれでも母は私にさくらんぼを送る。実家でもあまり減らないのだろう。大量のさくらんぼは初老の夫婦だけではそうそう食べきれるものではないし、職場に持って行ってもありがたがられない。そりゃそうだ。さくらんぼが易々と手に入ってしまうのは他の家庭も同じなのだから。


 私が大学なり職場なりに持って行って周りに提供するのが最も効率よく、誰もが幸せになる消費方法だということなのだった。私の手間を省けば。


 サークルにさくらんぼを持って行くと、非常に歓迎された。私が通っていた大学は総合大学という特性上、日本全国津々浦々から学生が集まっていて、さくらんぼの価値は私の感覚を超えて高く跳ね上がった。桐の箱に入っているイメージしかないと言う学生もいて、そんなに高級なものだったのかと、改めてタッパーに詰め込んできたさくらんぼを思わず見やってしまうほど、さくらんぼに対する価値観の違いは大きかった。


 皆がさくらんぼに群がりおいしそうに食べるのを、私は不思議な気持ちで眺めていた。私も昔は嬉々としてさくらんぼに手を伸ばしていたのだろうか。初めて食べた頃の記憶はもうない。美味しさに感動したのか、すんなり受け入れたのか。全く覚えていなかった。


 あまり好きではないけれど、なんとなく自分でも食べなくてはならないという使命感に駆られて、送られてきたうちの一掴みほど、冷蔵庫に残していた。少しでも食べるのが山形県民の使命だと、漠然とそう思っていた。


 部屋で一人、改めてさくらんぼと対峙すると、思いの外つやつやとして見えた。品種は佐藤錦、だったような気がする。いちいち母からのメールを確認し直すのも面倒だし、品種も昔から気にしたことなどなかったのだからどうでもいいはずだったのに、なぜか少しだけ気になった。


 まあいいや見た目じゃわからないし、と口に放り込んで軸をぷつりと外した。


 口の中でころんとつやのある丸い玉が転がって、どこか懐かしい味がした。光を反射するほどのつやつやは舌の上でも感じられて、噛まずにころころと転がすと、つやつやの表面から酸味の効いた甘さが伝わってじわりと沁みる。


 そこには確かに懐かしい味の面影があった。食べ飽きてありがたみが全くわからない、素朴な故郷の味。


 噛んで味わうと、歯ごたえは適度でやわらかく、酸味と甘みが一気に増幅して広がった。こんなに美味しいものだったのか。語彙が少ないながら素直に驚嘆して、二個、三個とぱくついた。


 とりたてて感動するほどの美味しさというわけではなかった。初めて食べたときの記憶がよみがえるようなことも特にはなかった。単純に、その甘酸っぱさに懐かしさを覚えて、引き込まれるようについつい手が伸びてしまったのだった。


 あまり好きではない。そう思い込んでいたさくらんぼを、この日から少し好きになった。

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