天孫降臨の地
銀鏡 怜尚
天孫降臨の地
「高校出たらどうすると?」
「俺は北海道で畜産勉強するっちゃが。
「私は宮崎でバスガイドになりたいとよ」
「じゃあその前に、方言直して標準語勉強せんといかんね」
「も! 私だってその気になればそんくらい話せるっちゃ!」私はムキになって答えた。
私、
「本当に行くと?」
「北海道には有名な畜産学部があるかい、勉強して技術持ち帰るとよ! 俺、てげ燃えちょる」
「そっか。四年制? いや六年制け?」
「獣医が六年。畜産は四年」
「なら四年後には戻ってくると?」
「分からん。大学院行くかもしれんから」
私は落ち込んだ。
宜脩は夢を持っている。畜産業に新風を巻き起こしたい、と。
彼の実家は肉用牛畜産農家だ。しかし2010年に
そこで宜脩は、家畜伝染病を研究して地元の畜産業に貢献したいと意気込んでいるのだ。
そんな彼が私は好きだった。ただいくら夢のためとは言えど、遠くに離れるのは淋しい。
宮崎への出入りは空路が便利だが、北海道への直行便はない。
私も北海道の大学を受験しようかと思ったが、残念ながら我が家はそこまで裕福ではない。下宿は経済的に難しいと言われている。
伏し目がちな私を見て宜脩は声をかけた。
「すまんが、卒業まで待っちょってくれ」
彼の言葉の真意を一瞬分かりかねたが、大学か大学院の卒業まで待っていてくれ、と捉えた。
その後、宜脩は猛勉強した。彼の成績の伸びは目を見張るものがあった。
またやたらと職員室に行く回数も増えた。理由について言及するのだが、何故かはぐらかされて判然としない。
もやもやを抱えながらも交際は続き、ついに高校三年生の夏を迎える。
そこではじめて明らかになった。
宜脩は
AO入試とは、出願者自身の人物像を学校側の求める学生像と照合して合否を決める入試方法である。面接や試験の時期が七月~九月と早いのが特徴だ。
宜脩は今夏、早くもAO入試による受験を済ませてきたのだ。
受験が早ければ合格発表も早い。九月には通知が来ていた。
結果は『合格』。
そのときは私も恋人の吉報を心から喜び、祝福した。
しかし、ほとぼりが冷めるとやはり遠距離恋愛という現実に直面して切なくなった。
ただそんなことばかり言っていられないのも事実だ。私もあとに続かなければならない。
宜脩に比べれば小さなものかもしれないが、私も宮崎の観光業に携わるのが夢なのだ。
一方の宜脩は、学校も休みがちになった。
合格したのだから敢えて登校する必要はないのかもしれない。私の勉強の邪魔をしないためなのか分からないが、それでも応援してくれる恋人がいないのは淋しいものだった。
勉強を妨げることになっても、あと半年ほどで遠くに行ってしまう宜脩と、少しでも同じ時間を共有したいのが本音だ。
あるとき、突然十一月某日の夜と翌日を空けておくようにメールが届いた。その日は土日で予定はなかったので、よく分からぬまま『いいよ』と返事した。両親には友達と
そしてその十一月某日の夜。家の近くの指定された公園へ行くと、目を疑う光景があった。
何と、車を運転する宜脩の姿であった。
家の車を拝借してきたのだろうが、一体どういう了見か。
「何しちょっと!?」
「すまん。運転免許取ってきたっちゃが」と言い、交付されたばかりの免許証を私に見せる。
「は!?」
「ま、乗りなよ! 志峰と行きたいところあるっちゃ!」
慣れないドライブデートが始まる。しかも暗い宮崎の夜道に車を走らせたのだ。
「どこ行くと?」私は聞かずにはいられなかった。
「
耳を疑った。天孫降臨の地と言えば
しかも今出発するということは、徹夜で運転するつもりだ。
「頼むから、事故らんでね!」私は念を押した。
彼は私に「寝ちょっていいよ」と言ったが、不安で一杯の初ドライブで寝られるわけがなかった。
徐行運転で東九州道を北上し、延岡
「これ、着ちょけ」と、私の胸中を察するように、カーディガンを着せてくれた。温かい。
「志峰。見たことあると? ご来光」
「ない。こんな山奥、高校生がこんな時間にどうやって来れると?」
「なら良かった。見られるかもしれんぞ! コンディション良さそうやし」
少しずつ東の空が
あまりの美しさに息を飲んだ。
一帯に太陽に染められた神秘的な雲海が広がる。
この眺望は幻想的という言葉では表現しきれないと思う程だ。
「今日は運がいい。
天孫降臨とは、
「こんな綺麗なとこ、宮崎にあるなんて知らんかった」
「お前もバスガイドなるじゃき。こんくらい見とかんといかん」
「本当やね……」
「俺はどうしてもお前にこの景色見せたかったっちゃが。そしてどうしても言いたいことがある。俺と将来結婚してくれ! ──いや、結婚して下さい!」彼は
「えっ?」私は急に鼓動が高鳴る。
「お前以外愛することなど考えられんっちゃ! ダメけ?」
「ずるい! ダメなわけないじゃない!」
「必ず戻ってくるから……!」そう言うと宜脩は指環を私の左手の薬指にはめた。
「……ありがとう」私は思わず嬉しさのあまり涙が溢れた。
神々しいご来光を背にそっと抱き合った。
早朝の寒さなど感じないくらいの温もりだった。
天孫降臨の地 銀鏡 怜尚 @Deep-scarlet
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます