金沢の音色

佐倉伸哉

本編


 金沢。意外と知られていませんが、江戸時代では江戸・大阪・京都に次いで全国四番目の大都市として栄えた城下町でした。しかしながら、最近までその知名度は低く『北陸の一都市』という位置づけから抜け出せずにいました。要因は様々考えられますが、最大の理由は“はっきりとしたアピールポイントに欠けていること”であると思います。


 他の都市で連想するアピールポイントを列挙してみる。

 東京。スカイツリー、東京タワー、浅草の雷門。

 京都。清水寺、金閣寺、八つ橋。

 北海道。函館の夜景、雪まつり、釧路湿原。

 広島。原爆ドーム、厳島神社、もみじ饅頭。

 ……と、観光名所や名産品などが文字として表しただけでも脳内でイメージが湧いてくると思います。

 では、金沢で連想するアピールポイントとは何でしょうか?

 ブリやカニ、ノドグロなど日本海で獲れる新鮮な海の幸。これは隣接する富山や福井、さらには島根や鳥取でも水揚げされているので、金沢だけの強みではありません。

 古くから続く町並み。ひがし茶屋町は観光ガイドブックにも掲載される推しのポイントかも知れないですが、京都の祇園と比べると見劣りする上に五箇山や白川郷などの合掌造りの方がインパクトは強いです。

 日本三大名園の一つである兼六園。金沢を代表する観光地として連日多くの観光客が詰め掛けていますが、『兼六園』という単語だけでどのような場所なのか思い浮かばない方も少なくないのではないでしょうか?

 このように、金沢のことについて何も知らない人に説明するのが意外に難しいのが分かると思います。この何気ない一点こそ、金沢が抱える致命的な弱点でもあるのです。


 ここまで金沢という場所について色々と否定し続けてきましたが、決して他の都市と比べて劣っている訳ではありません。

 私がおススメしたポイント、それは“金沢の町に溢れている音色”です。


 まず金沢を代表する音。それは金沢駅で流れる発着メロディです。

 全国的には無機質な電子音が流れている場所が大半ですが、JR金沢駅では琴の音がホームに鳴り響きます。体感的には十秒くらいの短いメロディですが、金沢で生まれ育った者はJRを利用する際にはこのメロディに送り出され、このメロディが迎えてくれました。

 この個性的な音色こそ、金沢を表すポイントであると考えます。もし機会がありましたら、聞き流さずに耳を傾けてみて下さい。

 (※新幹線のホームに関しては地元出身の音楽クリエーターが手がけたメロディですので琴の音色は流れておりません。関西・中京方面または能登方面の電車が発着するホームでのみ聴けます)


 ひがし茶屋街や主計町などの観光地や古い町家が立ち並ぶ地域を歩いていると、不意に三味線や小太鼓の音が耳に入ってくることがあります。

 素囃子の音は金沢に住む者に親しまれており、今でも演奏会が開かれたり個人で練習したりする家があったりします。ひがし茶屋街の近くには現在でも三味線を弾ける体験が出来る場所もあり、地域に根付いていることも伺えると思います。


 他にも特徴的な音は市内の様々な場所で拾えます。

 寺町では、ある時間になると鐘の音が寺々から次々と鳴り響かせます。

 近江町市場では威勢のいい掛け声が飛び交い、耳にするだけで元気が湧いてきます。

 伝統芸能である獅子舞を演じる際には笛や太鼓で演者を盛り立ててくれます。

 加賀鳶では男衆の勇ましい掛け声が演者を鼓舞し、演技に花を添えます。


 主に“音”というキーワードに絞ってピックアップさせて頂きましたが、金沢という街の魅力は聴覚だけに留まりません。味覚の面でも抜きん出ている部分があります。

 裏千家が盛んな土地柄であったことから、茶室や茶器は多く残されており、市内には和菓子屋や花屋が他の地域と比べても比較的多くあるのが特徴です。京都の生八つ橋や名古屋のういろうのように、その土地を代表するメジャーな品物はないかも知れませんが、地元で古くから受け継がれている名物の和菓子は幾つも存在しています。

 お祝い事の時に作られる砂糖菓子からお茶会で出される上生菓子、お茶請けに最適なお菓子まで種類は様々であり、味も多種多様です。文字で表現するのは非常に難しいですので、金沢を訪れた際には和菓子を扱っているお店に入って、そのお店の一番人気やおススメを是非訊ねてみて下さい。店ごとにそれぞれ違ったイチオシが存在していますので、それを楽しむのもまた金沢観光の醍醐味であると思います。


 このように、金沢は京都とは違った『武家文化』の色が濃い歴史都市であります。しかしながら21世紀美術館を代表するように新しいものを積極的に取り込もうとする姿勢も見え隠れしています。

 過去と現在の入り混じる街。そして、五感全てで楽しめる街。それが金沢です。

 単純に有名な観光スポットを巡るだけでは味わえない魅力を味わいに訪れてみては如何でしょうか?

 おもてなしの心が息づくこの街で、皆様の来訪を心よりお待ち申し上げております。

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