夏の終わりの打ち上げ花火

美坂イリス

第1話


 八月十五日、世間一般ではお盆とか終戦記念日とかと言うけれども、私にとってはこの日はそうではない。


 ここは岡山県と鳥取県の県境、蒜山高原。今日は大宮さんこと福田神社の夏祭り。そして、納涼花火大会。県北では珍しい尺玉も上がるとあってかこの日の人出はわりとすごいことになる。うん、何度か帰るのにすごく時間かかったし。

「えっと、まだかな……」

 時間は夕方六時二十三分。まだまだ時間はあるんだけれども、親が車をおく場所を考えてこの時間。一緒に回ろうと言った友達とは連絡がつかないし、父さんたちの方は近くの焼き肉屋さんのところのおやじバンドの方に行ってしまった。とりあえず、どうしようか。そう考えていると、道を転ばない程度に早歩きで渡ってくる友達の姿が目に入る。

「ごめんごめん、着付けに手間取った!」

「大丈夫だよ、私も十分ほど前に来たから」

「それは大丈夫って言わないんじゃない?」

 私なりの冗談に、彼女は笑いながらそう返す。さて、これでいつも通りの挨拶も終わったことだし。

「んじゃ、一応神社の方に行く?」

「そうだね。私たこ焼き食べたいし。あと、クレープ」

「……食べ物ばっかだね。まあ、あたしも人のことは言えないけどさ。グレネードポテト好きだし」

 その言葉に、思わず私は反応する。そして、瞬時に言葉を返す。

「『トルネード』ね。グレネードだと手榴弾になっちゃう。むしろあれはパイナップル」

「……口から火が出るほど恥ずかしい」

 もう突っ込まない、そう考えるけれども、どうしても突っ込んでしまう。

「ガメラかゴジラか」

 私がそう言うと、彼女はどや顔で親指を立てる。……はあ。

「突っ込み入れるのも疲れるんだけど」

「まあまあ。それはそうと、バンド見る?」

 道すがら、彼女はそう訊ねてくる。どうも、この近辺は音楽をする人が多いらしくこの日に野外ライブで十組ぐらい行われる。父さんたちもしてたらしいけど、今はむしろ吉田拓郎の方がよく分からないパンクとかよりは好みらしい。

「ううん、私はいいや。耳痛くなるし」

「そっか」

 そのまま、出演者お手製のライブ会場を素通りして、神社へ続く道へ。突き当たりの三叉路を右に曲がると、そこにはもう屋台が並んでいる。

 それを通り過ぎて、神社の鳥居をくぐる。ここは秋になると地面が銀杏の落ち葉で一面綺麗な黄色に染まる。その境内は、至る所に屋台。ふらふらとどこかへ行きそうになる彼女の手をつないで、私はまっすぐ本殿に向かう。

「で、ここって何の神様奉ってたっけ」

「えっと、大已貴命と素盞鳴尊と稻田姫命だったかなと」

「何で覚えてんの!」

 え、一般常識だと思ってたけど。まあ、お賽銭を投げて拝む。さて、これでよし。

「で、食べ物だよね」

「そうそう。何年か前にドネルケバブ来てたんだけどな。一回だけだったね」

「まあ私はクレープ食べれれば。あ、一つください!」

「速いなおい!」

 クレープの屋台を見つけて、すぐさま買いに行く私に彼女はそう叫ぶ。いや、食べたいもん。


 クレープ(いちごクリーム入り)を食べながら、屋台の並んだ境内を回って歩く。一カ所場所が広く取ってあるところでは、大宮踊りーーここの盆踊りみたいなもので、重要無形文化財にも指定されているらしいーーの準備が進んでいた。まあ、踊れないけど。あ、トルネードポテト発見。

「トルネードポテト、買いに行こっか」

「そだね。何味にしようかな……コンポタおいしんだよね。それにしよう。すいません、コーンポタージュの一つください!」

 螺旋状に切って串に刺したじゃがいもを油で揚げて、それに味付けのパウダーを振る。そして、持つところを紙で巻いてお店のおじさんがそれを渡してくる。

「さて、じゃあたこ焼きでも買って時間まであっちで待ってますか」

「うん、そうだね」

 たこ焼き。


「やー、何とか一時間経ったねぇ」

「そだね。焼きそばおいしいし」

 今現在焼き肉屋さんの前のいす。そこに私たちは二人で座っていた。そして、遠くから聞こえる音。それが、花火の上がる合図。それを聴いて、私たちはそこのお店の裏手へと向かう。そこから見える空へと上る光を追いかけると、夜空に色とりどりの光が花開く。それをきっかけに、様々な花火が空へと上がり、ひときわ大きな花火が一つ、二つと空を埋める。

 やがて、小さな花火が連続で上がって、花火大会は終わる。それと一緒に、神社の方から大宮踊りの太鼓の音が響いてくる。でも、私たちは花火の終わった空を見上げていた。


 この日が終われば、蒜山の短い夏は終わる。そして、私は今年も何もできなかった、と心のどこかに鋭い棘が刺さったような気持ちになる。

「……ん?」

 とん、と肩を叩かれる。隣を見ると、彼女が優しくほほえんでいた。その笑顔に、私の心の棘が抜けた気がした。

「……そうだね、楽しまないと」

 思えば、彼女の言葉に何度も救われた。だから、彼女に聞こえないよう呟いた。


「これからも、一緒にね」

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