女子力大学院6

木船田ヒロマル

社会交友サークル”ふぁにぃ☆でびる”

 幻の資格「女子力博士号」獲得の為、試験会場に急ぐ佳奈。


 卑劣な罠に落ち誘い出された先は大学の敷地内でも辺境、宗像大社に程近い釣川流域の丘陵地に繁茂する松林の中であった。

 試験開始の午の刻まで四半刻と無い。生まれた証。生きてきた意味。そしてなにより背負った業と呪縛を解浄する為に必ずや女子力博士号を取得せねばならぬ。


 佳奈は脚絆の帯紐を締め直し一つ深く息を吐くと、道なき山野を大学の講堂を目指して駆け出した。

 

 呼吸と代謝。血流。それらを女子力で強化、加速し、常人では不可能な身体能力を発揮する。後に女子リョキスト達が様々に妖魔神仏の如く語り伝えられ、数多の寓話伝説に描かれるようになる故である。


 初秋の松林の中、落ち葉を巻き土煙を舞い上げて駆ける影があった。

 佳奈である。

 講堂へ。試験会場へ。その受付へ。

 今の佳奈は試験の受付というただ一点の為に風を切って翔ぶ一本の矢だった。


 ざく、と音を立て佳奈の至近の松の樹皮に何かが突き刺さる。


 研ぎ澄まされた勘でそれを躱した佳奈ではあったが急制動の勢いを殺し切れず、崩れた姿勢は体勢の維持を許さずに彼女の体を二度三度と剥き出しの地面に転がした。

 回転から素早く身を起こした佳奈の目に映る堅い樹皮に突き立つ凶器。


 信じ難いことにそれは、仄かに酒の香を纏う渡来の菓子「大人のポッキー」であった。


「誰!!? 」

『クククク……』


 不気味な笑いが、松林に幾重にも響く。囲みこむ気配は一つではない。


「姿を見せなさい!!! 」

 返事の代わりに空を割いて三条のポッキーが跳んだ。先程とは違う角度から三条ともが微妙に速度と軌跡の異なる巧者の技を感じさせる打ち方だった。側方に蜻蛉を切って躱した佳奈の頬に躱し切れなかったポッキーが一筋の紅を引いた。


「我らは……大学非公認社会交友サークル『ふぁにぃ☆でびる』……」

 若い女の声。ポッキーの出元とはまた別の角度から。しかし木々による反響を利用し位置を特定されぬように投げかけられたその声の主の姿を見ることはできない。

「合コンを制する者、天下を制す……」

「溢れる女子力は合コンの場では鬼をも断つ刃となる……」

 それぞれ別の方向から、別の声色がそう語る。

「仲間の仇討ちというわけですか? 思ったより仲良しさんなんですね」


 松林の中、無数の声がその佳奈の言葉を嘲笑わらった。


「我らには成績も学年もない……」

「仇も試験も知らぬ話よ……」


 ばしゃり。誰かがフラッシュを焚いて写メを撮る。しかし振り向いたその場所には貧相な灌木が風に葉を揺らすのみである。


「……あの男の差し金ね」

「親方様からの伝言だ。郷に帰りてはたを護れ。さもなくば--」


 ざわり、と正体なき気配が蠢く。松林が、す、と暗さを増した。


「我ら冥府への終電とならん」


「答えは……これよ! 」

 ざう、と音を立てて佳奈が足元の地面を弧に蹴った。舞い上がる土煙と木の葉のに四方八方からポッキーが、自作名刺が、キラキラの付け爪が、経年で異臭を放つようになったリップが殺到し突き刺さる。


「愚かな……」

 声は勝利を確信したようだった。だが。


 見よ! 舞い落ちる木の葉の中倒れているのは無惨に敗北した佳奈ではない。それは一体の「すみっこぐらし」の34cmビーズぬいぐるみだ。


「何⁉︎  」

「変わり身か⁉︎ 」

「かわいい! 」

「奴はどこだ⁉︎ 」


 動揺する声の最後に、ぎゃっ、という悲鳴が続いた。かわいい、と叫んだ声だった。ざざざと藪を分けながら隠遁の為であろうアースカラーの服の人影が地面に落ちる。見上げれば松の枝に立つ不敵な笑みの佳奈。


「あなた達の気配の消し方は巧みだわ。位置は愚か数さえ、今の私には正確に捉えることはできない--」


 言いながら、佳奈は懐から女子力戦闘用に鍛えられたシナモンチュロスを逆手に取る。



 --当時シナモンチュロスと言えば高速戦闘を旨とするスピード型の女子リョキスト達にはその携帯性の高さ、軽量さ、取り回しの良さ、紅茶との相性から広く使用された近接武器であった。「万川集海」によれば、彼女達はシナモンに硝石、松の実、トリカブトなどを粉末にした物を混ぜ込み、高熱で焼き鍛えて使用することを好んだ。


「けれどこの子は女子力を漏らした。ふぁにぃ☆でびる? とんだ名前負けの虚仮威しね」

「おのれ……やれ!!! 」


 ざざざざざざざ


 佳奈を中心に幾つもの殺気が渦を巻く。木々の合間から、天から、地から、佳奈の四肢目掛け紐状の何かが跳んだ。

 初めの二つ三つは躱した佳奈だったが、四つ目に捉えられ、動きが鈍った所に重ねて跳んだ五つ目六つ目七つ目が腕や足を捉えるのを避けることができなかった。忽ち囚われの彼女は操り人形のように自由を奪われ、地に堕ちて膝を屈した。手足に巻き付くものは、編み棒の付いた毛糸であり、綺麗に編まれた三つ編みの髪の毛であり、アルデンテに茹で上げられた国産小麦パスタだった。その隙を見逃すふぁにぃ☆でびる達ではなかった。

「ふぁにぃ☆でびる名物、斉藤道三ゲーム! つかまつるぞ! 」

「応! 」

「斉藤道三! 」

「ぺっぺっぺっ! 斉藤道二! 」

「ぺっぺっ! 斉藤道四! 」

「ぺっぺっぺっぺっぺっ!斉藤……」

「はいミカ!ぺが一回多い〜! 」

「え⁉︎ 嘘! ぺっ、ぺっ、ぺっ、ぺっ。ヤダもう本当だぁ〜」

「はいミカ飲んで〜」


 緊縛の虜となり成す術ない佳奈の周囲でそれは始まった。だが佳奈には何が何やら事態が飲み込めない。

「何なの? これは? 私は何を見せられているの? 」


「はいミカから始まる斉藤道三ゲーム! 」

「斉藤道三! 」

「ぺっぺっぺっ!斉藤道一! 」


 ざっ! と茂みから突き出た嫋やかな指が、びしりと佳奈を指差した。


「くっ……!? 」

「はいダメーッ!!! 」

「佳奈ボケボケしすぎぃ〜」

「はい飲んで〜」

「な、何を飲めと言うの……⁉︎ 」


 沈黙が答えだった。

 賢明な読者諸氏ならばお気付きだろう。そう。これは遊戯を笠に着た集団精神攻撃である。高い女子力の連携は時に陰湿な嫌がらせとなる。訳の分からないゲームに巻き込まれ上手くこなせないと阿呆扱い。佳奈の中に急速にストレスが蓄積して行った。



「はい! 佳奈から始まる斉藤道三ゲェェェェムッッッ!!! 」

「さ、斉藤……」

「ちょ、テンポちがくないwww? 」

「噛んでるしwwww」

「トーンひくっwww」

「佳奈wwwノリとか以前の問題www」

「やばwwwマジ受けwwww」

 侮蔑。嘲笑。拒絶と心の距離。これまで数多の女子リョキスト達を葬って来たふぁにぃ☆でびる名物斉藤道三ゲーム。女子力が高ければ高い程に深く傷つき立ち直れなくなる禁術であった。


 だが--。


「ふんッッッ!!! 」

 気合い一閃、佳奈が四肢を交錯させ引き絞る。その圧倒的膂力は佳奈を四方から捕らえていた紐の先のふぁにぃ☆でびるメンバーを隠れていた各所から引き摺りだし、更に余勢を駆って互いを互いに、または地面に樹木に叩き付けた。


「ば、バカな……」


 地に伏し、苦痛の表情で佳奈を見上げる部長と思しき女は、服だけは今時ではあったが、それを着る本人は大学生とは思えぬ老婆の域に達しつつある高齢の女だった。

「人は平常、その持てる女子力の三割程度しか使っていない。残りの七割を引き出す所に女子力の真髄がある」

 佳奈はそう言うと目指す道行を再び駆け出そうとした。

「認めない……」

 ふぁにぃ☆でびる頭目の絞り出すような呻きに、佳奈の足が止まる。

「確かに、私たちの負けよ。でもあなたの力は、女子力ではない! 絶対に! あれは筋力! いいえ……あれはまるで……」

 言い掛けた頭目は、はっと何かに気付いたように目を見開いた。だがその表情は見る見る悲しみに満たされて行った。

「坪井佳奈……お前は……」

 頭目はわなわなと震える口から絞り出すように言葉を紡いだ。

「だとすればお前は! お前の進もうとしている道は……‼︎ 」

「あなたの歳では合コンで成果を出すのは難しいでしょう」

 佳奈は振り向かずに言った。

「それでもあなたは合コンに行く。それが自分の--さがだから。私も同じ。内なる自分の声に従うだけ。パスタを茹でたのはあなたね。茹で加減。塩の量。完璧だったわ」


 佳奈は走り出した。


 ふぁにぃ☆でびる頭目は黙ってその背中を見送った。

 厚いファンデーションが覆う彼女の頬を、透き通る雫が一筋流れ落ちて行った。

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女子力大学院6 木船田ヒロマル @hiromaru712

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