ノスタルジック・メモリー ~浅草今昔情景~

芳賀 概夢@コミカライズ連載中

浅草今昔情景

 僕は、その不思議な風景に息をのむ。


 遠くに立つ巨塔【東京スカイツリー】は、唐突にその姿を失った。

 代わりに現れた塔は、日焼けした青い六角柱の塔。頭に赤い三角柱の帽子をかぶっている。

 あの下には赤い3階建ての建物があり、1階には瓶詰になった蛇が並ぶ蛇料理屋があるはずだ。

 その上には白地に大きな赤文字看板で「仁丹じんたん」と書いてある。

 だから、塔の名前は【仁丹塔】。


 右を見ると、地上28階の浅草ビューホテルの姿もない。

 代わりに現れたのは、真ん中に小さな塔がたつ西洋のお城のようなデザインの建物。カラフルな垂れ幕や大きなポスター看板が張りだされ、ど真ん中には赤い電飾で「国際劇場」の文字が見える。


 見えないはずなのに、見えている。

 知らないはずなのに、知っている。


 不思議な風景。それは僕の周りもそうだった。

 7~8組しか乗れない観覧車、小さなメリーゴーランド。

 色々な形のモーターカー、その場で揺れる動物やヒーローの乗り物。

 モグラたたき、綿菓子製造機。

 狭い空間に詰められた遊園地。

 先ほどまでほかに人などいなかったのに、今は親子連れの客でごった返している。


 僕と彼女は、その人ごみを避けて壁際に立つ。

 一緒に、この高い場所からの風景を口をつぐんで見つめている。

 言わなくてはいけない言葉をつむげない僕。

 その僕に代わって、彼女が口を開く。


――ねえ。約束して。大人になったらさ……


 その約束は、当時小学6年生だった僕には照れくさいものだった。

 だから、つい言ってしまったのだ。


――そんな先のことわかんないし、きっともうなくなってるよ!


 それは幼い恋と2人の未来が終わってしまう言葉だった。





「――ろた! 広田! たーくん!」


「はいっ!」


 名前を呼ばれながら体をゆすられ、僕はまるで夢から覚めたようにハタッと目の前の少女の顔を見る。

 それは、幼馴染の瑛美の顔。そうだ。彼女と一緒に遊びに来ていたんだ。

 あれ? なら、さっきの女の子は?

 それに遊園地が無くなっている。周囲はテーブルが並んでいるだけの広場。スカイツリーは戻ったし、ふりむいても青い塔は見えなかった。


 そうだ。ここは、浅草・松屋デパートの屋上。あるのは遊園地ではなく、休業中のビアガーデン設備ぐらいだもの。

 まさか、立ったまま夢を見てたのかな。


「な~に、ぼーっとしてんの? せっかく遊びに来てんのに!」


「ごめん。ちょっと……」


 適当に言い訳をさがす。でも、そんな行き当たりばったりな言い訳、幼稚園から同じ組で、僕をよく知っている瑛美に通るはずもない。


「ねぇ。もしかして、中学のこと考えてた?」


「あ、うん」


 ちょうどいいので、瑛美の言葉に僕は乗る。確かに気になっていることだしね。

 最近は周りからからかわれることも多く、瑛美と一緒に遊ぶこともなかった。

 それでも、僕たちはこれからも近くにいると信じていた。


 ところが、瑛美は母親に私立中学校を薦められているそうだ。

 平凡な僕は、普通にそのまま公立中学校に進学する。

 昨日、その話を彼女から聞かされた。そしてなぜか今日、2人で遊びに行こうという話になった。


「なぁ~に? もしかして、私と離れるのがさびしい?」


「うん……あっ!」


「……えっ! ちょっ!? な、なに言って……ええっ!?」


 からかう口調の瑛美に、僕はつい素直に答えてしまう。いつもの僕なら「バカ言うな」と否定したところだろう。だから、口を滑らせた僕自身も慌てたが、それ以上に瑛美の方がしどろもどろになっている。

 それが面白くて、思わず否定をやめてしまう。


「そ、そう。さびしいのか。……なら、『一緒の中学に来てください』とお願いするなら、私もお母さんに相談するけど?」


 恥ずかしさを隠すためなのか、威圧感をだそうと腰に手を当て、瑛美は僕に言い放った。

 だけど、こんな真っ赤な顔じゃ、威圧感ゼロ。むしろ、かわいいぐらいだ。


「わ、私も別に私立に行きたいわけじゃないしね!」


「そうなんだ。なら、僕は瑛美と一緒に中学に通いたいよ」


「……ええっ!? ちょっと、本当にたーくんなの!? キャラ違うじゃない!」


 うーん。今日の僕は、なんでこんなに余裕があるんだろう。人間の顔ってこんなに真っ赤になるんだと思うぐらい赤面する瑛美をまじまじと観察できてしまう。

 しかし、恥ずかしくてもハッキリ言うことで、お互いにこんなに幸せな気分になれるんだなぁ。


――ああ。そうか。あの時もこうやって素直に言えばよかったんだ。


 頭に響く、僕の声。

 ……あの時?

 よくわからないけど、僕の中に何か懐かしい想いが動きだす。どこかで味わった同じ甘酸っぱい気持ちと、苦い後悔が混ざっていく。それがまるで僕の心を押しだすように口を開かせる。


「僕ね、浅草って好きなんだ」


 赤面したままの瑛美が、横目でこちらをうかがう。


「古い物の中に新しい物が入ってきて共存する。そんな移り変わりの中でも、変わらない物がある。大事な物は、例えしがみついてでも残している。浅草ってそんな町じゃない?」


「……た、たーくん? ど、どうしちゃったの? そんな難しいこと言って!」


 自分でも不思議だよ。そう思いながら、僕は瑛美の手を握って「来て」と、壁際へ引っぱった。そして眼下に広がる雷門通りの交差点を指さす。


「あそこに【神谷バー】っていう昔ながらの店があるんだ。そこに【電気ブラン】っていう有名なお酒があるんだよ」


「……なんで、そんなこと知ってるの?」


「ええっと……。親に聞いたんだ。でさ、大人になったら一緒に飲みに行こうよ」


「大人って、ずいぶん先の話じゃない。それまでずっと私と一緒にいられる? それにお店だってその時にあるかどうか」


「大丈夫だよ。大切なのは約束したということの方。どんなに周りが変わっても、本当に大切な物はちゃんと残る。この町のようにね」


「たーくん……ほ、本当に大丈夫!?」


 心配する瑛美に僕は笑ってしまう。

 浅草という町が見せてくれたノスタルジック・メモリー。

 僕はそれで、なにか変わったのかもしれない。

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