第10話 さみしいけど、さようなら


「・・・・なので冬休みに入ってもしっかり気を引き締めた生活を心掛けるように。」

「起立、気を付け、さようならー。」


「瑞希ー、帰ろうぜー。」

「うん、帰ろー。」

うちの高校は明日から冬休みに入る。

少しずつだけど、僕らは以前の平和な生活を取り戻しつつあった。


あれからもう三ヶ月が経った。

あのまま無事にあの案件は実施され続け、尊厳死案は終了した。

僕のクラスでは三人がアカガミで亡くなった。その内の一人は当時の担任の先生だった。


その後、改めて国のお偉いさんたちが尊厳死案についての議論を交わし、あの案件は強引過ぎたものだったという結論に至り、あれに関わっていた政治家はそれぞれに処分を受けることになったらしい。

国民のほとんどが「ふざけるな」とか「取り返しのつかないことを」っていう反応を示していたけど、正直僕はもうどうだってよかった。


唯が死んで、しばらくして葬式が行われた。

葬式には彼女の友人、クラスメイト、部活の後輩、たくさんの人が訪れ、その早すぎる死に涙を流した。

その人たちの中にも、きっと他に身近な人間の命の終わりを経験している人もいたはずなのに、それだけたくさんの人が涙を流している光景をみて、彼女はやっぱり色んな人から好かれていたんだなと思い知った。

僕は会場の後ろの方で、ただただ彼女が安らかに眠れるように祈った。


あの手紙を読んだ後、僕と唯のお母さんは次第に溢れて止まらない涙を流し続けていた。

弱々しく、だけど力強い彼女の文字。

数滴、雫が零れたような濡れ跡。

消しゴムで所々黒くなっていた紙。

手紙のどこからも彼女の命を感じるようだった。


唯は僕のことを好きでいてくれた。

心は後悔の念で押しつぶされそうになった。なんでもっと早く僕が唯のことが好きだとはっきり気が付かなかったのだろうか、と。

だけどそれ以上に、心を温かい毛布でくるんでもらったような、そんな気持ちになった。

その言葉だけじゃなく、彼女からの手紙は僕にこれから生きていくためには充分過ぎるくらいの勇気をくれた。


あの手紙は唯のお母さんが「瑞希くんに持っていてほしい。」と僕に預けてくれたけど、最初に読んだあの時以来、手紙は開けていなかった。

しっかりと前を向いて生きていくと誓ったから。


「お前さ、冬休み何すんの?」

「うーん、あんまり考えてない。だけど、冬休み中にはこれからのことちゃんと決めなきゃなーって思ってる。裕は?」

「俺はバイトかなー。まぁ暇になったら連絡するわ。」

裕は今日用事があるらしく、校門を出たところで別れた。


さっきまで降っていた雨は上がり、美しい夕焼け空を見て立ち止まった。

少しだけ、涙が出た。

きっとこれが唯を思って流す、最後の涙だろう。


唯。

大丈夫、もう心配いらないよ。

君がいなくなったこの世界を、きっとこれからも生きていくから。

だからもうゆっくり休んでね。

ありがとう、本当にありがとう。

さみしいけど、とってもさみしいけど、

さようなら。


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さみしいけど、さようなら 六笠はな @hana-mukasa

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