第7話 ごめんね、タダヒトくん。帰り、遅くなっちゃうかも
サトミはつとめて明るく振る舞おうとしているしい。陽気に喋りまくっているようで、気をつかってくれているのが感じられた。
「すごいのよ?どのくらいスゴイかというと、一課が担当してるマサカド様とか、四課のアマクサ様とか、そういうそーそーたる面々と同じクラスのビッグネームなわけ。よ、大物」
「あんまり嬉しくないです」
「よね」
サトミは苦笑いをして話題をかえた。
「ハルカちゃんはね。去年、ウチに入った新人なのよ。研修生扱いだけどね。で、入ってみたら君が激甚指定つきの監視対象だったもんで、すっごくショックだったのね」
「あいつが、そんなことしてたなんて」
「名門・安倍家の再興が、彼女の肩にかかってるからね。大変なのよ、いろいろと」
「安倍家──古い家だって聞いたことはありますけど」
「安倍晴明って知ってる?」
「それって、あの、昔の?」
「そ。平安時代の陰陽師。ハルカちゃんちの開祖さま」
「じゃあ。ビッグネームのキツネ憑きでも退治して、さっさと復興させりゃいいのに」
「ダメよ。投げやりにならないの」
と、ここはやや語気を強めて、
「あたし達、敵じゃないの。そこだけは、わかってね」
「ちょっと時間もらえますか」
「もちろん。いきなり理解しろって言っても無理よね」
隣の市に入り、道路上の案内に他県の地名がめだつようになる頃、サトミはいったん車を脇道に入れて、交差点を二度折れた。そろそろ地元に帰るつもりらしい。
「サトミ先生」
「ん?」
「まだ全部が納得できたわけじゃないんですけど──こんな話、俺にしちゃってよかったんですか?」
「あ、それはいいの。中神さんも、ご存じのことだから」
「中神さん?」
「中神誠志郎さん」
「中神──そ、総理大臣?」
選挙権はまだないが、さすがに名前くらいは知っている。
「そ。彼は例のごとく欠席したけど、官房副長官補を通じて、然るべき時期をみて本人に状況を通告するっていう《七人委員会》の決定方針に、彼も認可をだしてるからね。まー、どこまで理解してるか、わかんないんだけどね、あのおっさんは」
「おっさん、って」
日本の首相にまで知られているなんて、どっかのセレブみたいだ。ちっとも嬉しくはないが。
「その《七人委員会》っての、なんなんですか?」
「あたし達の業界──まあ、俗称で“霊能界”なんて言っちゃってるけど、これが、ちょっとややこしいことになっててね」
サトミは苦笑しながら、
「普段は内閣官房と文科省、公安、それに除霊とかやってる宗教団体や民間組織、そういうのが自分達の考えで勝手に活動してるもんだから、現場が混乱しちゃうことも多いのね。で、それぞれの代表が集まって、テリトリーの調整や重要案件なんかを話しあう会合があるの。それを代表者の人数をとって『七人委員会』って呼んでるのね」
例えるなら、同じ場所に警察のような組織が何種類もあって、事件が起こると各々出動し、早い者勝ちで現場検証をして、争うように聞き込みをかけ、犯人を追って奪い合う──そんな状態らしい。
本当に現代日本の話だろうか。頭が変になりそうだ。
「もー、おかげで現場は、てんやわんやなわけよ。あっはははは」
「そりゃーさすがに皆さん、ばったばたですよね。うっふふふふ」
「そーそー、もー誰も彼も、ぐっちゃぐっちゃよ。おっほほほほ」
「ハチャメチャですなー、目もあてられませんね。いっひひひひ」
「それはさておき」
どうにか変なテンションからたちなおり、現場の混乱を調整・整理する会合のうち、最高の権威をもつ機関が『七人委員会』なのだ──とサトミは説明してくれた。
「狭義には超常災害防止連絡会──つまり実務者レベルの調整では手遅れになる場合における、迅速な《霊能界》全体の意思決定を目的としたトップ会談をさすんだけど、いつしか継続的に情報を共有する、或いは探りあう場へと変容していき──聞いてる?」
「すいません。憶えきれません」
「よね。まあ、おいおい知ってもらえれば──そだ、今回はあんま関係ないとこもあるけど、解りやすいように、ざっと図にしておこっか」
「図?どこに?」
「まー、細かいことは、いいじゃない」
霊能界 組織図
┌──────────────┐
│ 七 人 委 員 会 │
└──────┬───────┘
┌──────┴───────┐
│超常災害防止連絡会(超災連)│
└──────┬───────┘
│
├ 内閣官房霊的事案管理局(内霊管)
│
├─公安調査庁特異情報調査部(公特調)
│
├─文部科学省霊的事象研究科(文霊研)
│
├─神祇院(神道系の統括機関)
│
└─法務院(仏教系の統括機関)
「あれ?」
「どしたの」
「《七人委員会》って各組織のトップで、七人いるから七人なんですよね」
「そ」
「でも、傘下の組織が五つしかない」
「いいところに気がつくねー。確かに《七人委員会》のうち五人はのそれぞれのトップなんだけど、あとの二人は違うのね」
「誰なんです?」
「ひとりは内閣総理大臣。今だと中神さんね。内霊管のトップは官房副長官補だから、上司が全体の意思決定に一枚噛むわけ。ま、タテマエはね」
「もうひとりは?」
「わかんないのよ。実は存在しないって噂からアメリカの大統領だというトンデモ説まで、霊能界最大のミステリーとされてる《謎の七人目》がまさにこれ──おっと」
携帯電話が鳴って、サトミはイヤホンを耳に入れた。
「はい、サトミです。あ、ミチザネさん、お疲れ様です──え?」
それまでのくだけた態度が一変し、声が緊張した。
「はい、すぐに向かえます。場所は──丑三つヶ森公園。ええ、わかります。大丈夫です。すぐに行きます。はい、後ほど」
丑三つヶ森公園なら、行ったことはないが聞いたことならある。確かここからだと──。
「うわっ!」
派手にタイヤを軋ませて、車がUターンした。強いGに上半身が持っていかれて思考が途切れる。急ブレーキを踏んだ対向車が抗議のクラクションを鳴らした。
「ごめんね、タダヒトくん。帰り、遅くなっちゃうかも」
車列を縫うように追い越しながらサトミが言った。
ぎりぎり一台ぶんの車間距離に、タイヤを鳴らせて強引に割り込むと、パッシングで先行車をどかせてしまう。左車線に避けた運転手に睨まれるのは助手席のタダヒトだが、そんなことを気にしている余裕もなく、
「は、はひ──」
タダヒトは恐怖に顔をひきつらせ、気を失いそうになっていた。
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