ヒトガタの正体
「高度知的生命体の存在を検知。警備班は速やかに対策を検討されたし。繰り返す。高度知的生命体の存在を検知。警備班は速やかに……」
チャールズが滑空バイクでホームへと戻ってくると、都市全域に警報が発令されていた。初めて放送される警報だ。
《アナスタシアの絶望》以後に、高度知的生命体が発見された場合に今後発令される警報として設定されたものである。
「ジャーヴィス。サンプルの検査結果がこれかね」
プラットフォームから自室へと戻ったチャールズがスピーカーを指して訊ねた。
「ええ、そのようですよ。あなた方が手術した個体は、たまたま突然変異の高度な知能を持つ者だったようです。よくぞご無事で」
ジャーヴィスはホログラムを空間に投影して、検査結果を表示して待っていた。
「何も、このようにけたたましく警報を鳴らさんでもな」チャールズは投影されたデータをぼんやりと俯瞰した。
「《アナスタシアの絶望》からまだ5年と経っていません。過敏になるのも致し方ないことでありましょう。……それと」
「襲撃の可能性は」ジャーヴィスが報告するより先にチャールズは訊ねる。
「五分と五分、といったところでしょうか。もし仮に他にも高度な知能を持つ個体が出現していたとするならば、警戒するに越したことはありません。ドゴールさんたちがすでにあの時駆除してしまっていれば問題はありませんし、襲撃があるとしても今回は臨海部でもありませんので塩分によるコンクリート劣化はまず考えられないでしょう」
「では、今回の手術結果を元にして今後の対策を講じていく方向でいいのだね」
チャールズは窓際まで近づいて、眼下に広がる大都市を眺めた。
「――それが」
ジャーヴィスが一瞬言葉に詰まったので、チャールズは不審に思った。
「どうもおかしいんです。ええ、そう、地中の熱感知センサーは特に反応を示していないのです」
「反応を示していない? それは正常ではないのか」センサー類の話になるとチャールズはさっぱりだった。彼の専門は主として有機的生物の解剖にある。
「反応を示していないのです。これは《ヒトガタ》の一つも検知できていないということと同義です。彼らは一体どこへ行ってしまったのでしょうか……」
「君がそこまで言葉にするというのだから、センサー異常の可能性はないのだろうね」チャールズはこの事態の深刻さを徐々に実感しつつあった。
センサー異常の可能性は見受けられない。これがどういうことを意味するか。つまり、センサーは正常に作動しているか、こちらには正常に作動しているように見えるということで、高度な知能を持つ《ヒトガタ》が――おそらく複数個体――発生している可能性があるということだ。我々の中から反乱分子が出現したかのうせいもあるにはあるが、今では一個体ずつがネットワークに接続されており、全ては監視下に置かれているのでこの可能性は限りなく低い。
そこへ、大きな音を立てながらドゴールが入ってきた。
「おい、こっちには連絡は来ているか」
「連絡? 高度知的生命体のことかい」チャールズはドゴールのただならない雰囲気に気圧される。
「違う。作戦本部からの連絡だ。ジャーヴィス、来ていないのか」
「はい、ドゴールさんが扉を開けたと同時に受信しています」ジャーヴィスは何の気なしに答えた。
「ああ、もう、じれったいな。奴ら、隠れていやがったんだ。センサーが感知できない深さまで巣を拡張して、ずっとこの時を待っていたんだ!」
「……どういうことだ」
「話はあとだ。とにかく《方舟》に乗れ。急ぐんだ」
「《方舟》だと」チャールズはその言葉が出てくるという予想を全くしておらず、度肝を抜かれた。
「ジャーヴィスはここの制御を離れて《方舟》へとメインシステムごと転移しろ。ここはもうじき放棄される」
事態の急展開に戸惑いながらも、チャールズとドゴールは大都市中央部の《方舟》へと移動した。
一時間後、《方舟》は核融合炉の大出力エンジンで浮上した。この船の中には地球上のありったけの資材が詰め込まれている。チャールズやドゴールたちは、その意識をデータ化して《方舟》の5ヨタバイトを誇るメインメモリに収容されている。
船底に取り付けられたカメラから地上の様子が見て取れる。ゆっくりではあるが、確実に地上が遠くなっていく。
「君も無事だったか、デイヴ君」チャールズはメモリ内仮想空間でデイヴに話しかけた。
「正直、間一髪でした。まさか、こんなことになるなんて思ってもいなかったものですから……」
地上の大都市には、数えきれないほどの《ヒトガタ》がうじゃうじゃとうごめいている。このメトロポリスは半径150キロはあるはずだが、その半分以上が茶色で埋め尽くされているのが分かる。
「で、今後はどうなるのだね。ドゴール」
「奪還作戦をすでに立案中だ。このまま大気圏を抜けて月面基地に行った後に、具体的な方針が決定されるだろうな」
「核は落としていくのか」チャールズが訊く。
「いや、いくら我々には害がないとはいえ、都市が丸ごと破壊されるのはまずい。このまましばらく月までおさらばだ」
人類が作り出したAIが自己増殖をできるようになり、もはや人類のサポート無しで活動を維持できるようになって五万年。人類は仕事の全てを機械に任せられるほどに技術が進歩し、食事で咀嚼することもなくなり、生物としては退化の一途をたどった。生殖能力に特化して進化したとも言えるが、もはや知能としてはその影はない。
「……信じられないな」眼下の光景を見てチャールズは呟いた。「これが我々を生み出した生物の成れの果てとは」
AIたちは、いつしか落ちぶれた人類をこう呼ぶようになった。
《ヒトガタ》、と。
成れの果て 和泉 夏亮 @izumi0609
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