第7話 おやすみなさい
兄に泊まっていきなよ、と言われた立花は嫌がる海棠を説得して一緒に泊まってもらった。
家族とは言え人生の半分以上会ったことがない人。初めての家。落ち着かない。一人部屋を与えられたが眠れる気がしない。
帰りたいな、と立花は思う。ここは自分の居場所ではない。
しかし、今いる学園はもうすぐ閉鎖されるらしい。
兄には帰って来ればいいと言われた。僕の仕事を手伝って、と。
桐生には軍においでと言われた。
海棠は勝手にしろという。
立花はこれからの事を全く考えて来なかった。
考えると嫌な事ばかりで辛くなるから考えないようにして来たが、状況が変わって少しは嫌な事が減るのかも知れない、とは思う。
そうは思うが、何も決まっていないので不安だ。予想が出来ず恐ろしい。
怖いのは嫌だ。
誰か決めてくれればいいのにな、と立花は思う。出来れば海棠に決めてもらって、ついて行きたいが海棠は嫌がるだろうし、これ以上迷惑を掛けたくない。
でも兄の元は少し気まずいし、桐生はよく知らないので不安だ。
やりたくない事しか思い浮かばないまま眠りについた立花は悪夢に魘された。
一言も話さずに去っていった父の背中。
母には気分によって甘やかされたり、怒鳴られたりした。
優しい兄。
父の分からない子と言われた使用人の噂。
一人ぼっちの部屋。
今まで自分は何か決めた事があっただろうかと、夢に泣きながら思った。
翌日。海棠は用事があると先に行ってしまったので、立花は一人、街を歩いていた。
戦争が終わり、物が入ってくるようになり、人も少しだが帰って来た街は明るい雰囲気だ。
これからきっと良くなると大人は思っているようだが、立花にはよく分からない。良かった頃を知らないから、良くなった事がないから。
とぼとぼと歩いていると街外れの空き地に桐生がいた。
「桐生様何してるんですか?」
「なんもしてねーよ」
確かに空き地には何もないし、桐生はただ空を眺めているだけのようだ。
「立花、お前酷い顔だな」
「どんな顔ですか?」
「生活に疲れた女みたいな顔だ」
「女じゃないです……」
「どうした? なんかあったか?」
「兄さんにうちにおいでって言われました」
「悩んでんのか?」
「いいえ。俺今まで何か決めた事ないんだなって、思って……」
「これから決めりゃいいだろ?」
「……」
立花は無表情で黙り込む。
「人に決められてさ、すっげえ大変なことになったらさ、納得出来ねえだろ? 後悔すんだろ? だから自分で決めるんだよ」
桐生の表情も暗い。
「もっと酷くなりますか?」
「さあ? でも俺はもっと酷いのを知ってる。寒くて、渇いて、ひもじくて……ってのを知ってる……」
無表情に見つめてくる立花に桐生は続ける。
「俺な、何も無かったんだわ。仲間以外なんっも」
「仲間……いなくなったんですか?」
「ああ。ほとんど残ってない。俺ぐらいだ。なんっも出来ねえから生き残った……」
遠くを見て少し切なそうな顔をした桐生は自嘲するように笑う。
「でも今は何でもあるぜ? 人が欲しがるもの大体ある。金とか身分とか、色々。
だけど、今は何でもあるけど、"無かったこと"が許せない。
"無いこと"は平気だったのに、”無かったこと”許せない。
人が当たり前に持ってる物が無かったことが」
そして桐生は視線を立花と合わせ、獰猛な顔で笑う。
「普通は親ってのがいて、何にもしなくても世話してくれて、優しくしてくれんだろ? 普通に飲み食い出来て、遊べて……なんで俺だけ無かったんだ、俺が何したんだよ、って思うわけ。
お前だってそうだろ? お前と兄となにが違う? 産まれた順番が違うだけだろ? なのにこの差は何だ?」
無表情なまま、立花の頬を涙がつたう。
「だから俺はな、復讐してやろうと思うんだよ」
「復讐って、何に?」
「知らねーよ。でも他人の当たり前をひっくり返してやる。世界に復讐してやるんだ……」
桐生の獰猛な笑顔は夕陽で赤く染まっている。
「それ俺にも見せてくれますか?」
泣き止んだ立花は別人のように艶やかでゾッとするほど邪悪に微笑む。
「てか手伝え!」
「はいっ」
今度は無邪気に笑う。
それが二人の約束。残念ながら桐生は見る事が出来ないようだ。
▽▲▽
「たちばな……」
弱った桐生の声で立花の回想は終了する。
「桐生様、おはようございます。気分はどうですか?」
「しにそー」
「誰か呼んで来ましょうか?」
「まだ、いい」
桐生の声が掠れていたので、立花は水を飲ませてやった。
「はぁ……、お前が女だったらなぁ……」
「まだ言うんですか……」
「うん。悪いな、後は任せるから……好きにしろ」
冗談ぽくはじめた桐生は急に真面目な顔になる。
「いいんですか? 桐生様の作ったもの全部壊れちゃうかもしれませんよ?」
「いいんだ……見れねぇのが残念だけどな……」
「分かりました、任せてください」
「お前こそいいのか? 今幸せなんだろ?」
「幸せって何でしょう?」
「知るか……」
「でも俺は不満はないんですよ?」
「お前は何もしてないからだよ。やりたい事を始めてみろ、どんどん足りなくなるから……」
「そんなもんですか……」
「好きにやってみろ。草葉の陰から見守ってる」
「はい。ありがとうございます。おやすみなさい桐生様」
「うん。ありがとな。お前のお陰で楽しかった……」
「はい……」
立花は涙声で言う。
「はぁ。女だったらなぁ……」
「もういいですから」
桐生の訃報は数日後に立花の元に届いた。
妙なる不幸の調 〜後編狂想曲〜 陸 巴夜 @KugaTomoya
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