第6話 走馬灯2
立花の兄の家は街外れのかなり不便なところにあった。
元々王家御用達の有名な商家だが戦況の悪化と共に落ちぶれて行き、数年前に店の火災をきっかけに代替わりして立花の兄が店を継ぎ、今は謎の商売をしているらしい。
塀が高く重厚で家の窓は小さく少ない。出ることも入ることも拒んでいるような家が立花の兄のものだった。まるで監獄だ。
「行きたくね〜」
重厚すぎる門の前で海棠はひとりつぶやく。
金の為。
七割学園に取られようとも指名依頼は金になるのだ。金の為だ。
海棠はそう言い聞かせて呼び鈴を押そうとしていると、家の中から初老の男性が出てきた。
「何か御用ですか?」
「はい。こちらが
「左様でございます」
「僕は立花の知り合いで海棠と言います。立花君のお兄さんにお願いがあって来たのですが」
「中へどうぞ」
「あ、いえ。手紙があるので、渡して貰えればいいんです」
「分かりました。お返事はどうしましょう?」
「え? 返事??」
海棠は時間節約の為に桐生に無理やり手紙を書かせて来たのだが、返事のことまでは考えていなかった。
「少しお待ちいただけますか?」
「はい……」
結局監獄の様な家に入る事になった。
頑なに玄関で待つことにした海棠が意外に居心地の良い内装に驚き観察していると立花そっくりな病弱そうな少年がやってきた。
「君が海棠?」
「はい。立花君のお兄さんですか?」
「そう。尾花。来て」
有無を言わせずに尾花は部屋の中に入っていく。
「座って」
部屋に入るなり言われて、長引きそうで嫌だったが海棠は仕方なくお茶の用意されたソファに座る。
「…………」
尾花が硬い表情で黙ったままなので海棠が話かける。
「あの、立花君には会ってもらえるんですか?」
「……—— は」
「はい?」
尾花の声があまりにも小さいので聞き返す。
「立花はなんて?」
「ああ、立花にはまだ話してないんですよ。でも尾花さんは家から出れないんですよね? だから立花に来てもらうんじゃないですか?」
「そう……」
海棠は思う。気まずい。会話が進まない。早く帰りたい、と。
「君は、立花の友達なんだよね?」
「ええっと…… まあ、そうです」
即答はし難い質問だ。
「立花は来てくれるのかな?」
尾花も下を向いて気まずそうに言っている。
「たぶん……」
「立花…… 怒ってない?」
「…… 怒っては、いないと思いますけど…… 気にしてたんですか?」
立花の複雑な家庭環境を聞いているので気になった。
「当たり前だよ。可愛い弟なんだから。最近の事は調べてるから知ってるよ!」
気に障ったらしく尾花が早口でまくし立てる。
「だったらなんで今まで無視してるんですか?」
「だって…… 怒ってるから会いに来てくれないんだろ?」
「…………」
こじれている。
お互いに相手の様子を窺っている間に無駄に時が経ってしまったようだ。
「なんか…… そっくりなんですね」
海棠が苦い顔で言う。
「何が?」
「尾花さんと立花はそっくりです」
「兄弟だから……」
そういう意味ではなかったが、大嫌いな立花の反応に似ていて何も言う気にならなかった。
「手紙の返事はどうすればいいですか?」
イライラしてきた海棠は話を終わらせる事にした。
「…………」
「断ります?」
尾花が立花にとても良く似ているので海棠はいつもの感じで話す。
「立花がいいなら…… 待ってる……」
「分かりました。じゃ帰ります」
「待って!!」
尾花が今までで一番大きな声で言うので海棠は少し驚き、そして呆れた。
▽▲▽
ドサっと乱暴に放られた箱に立花が怯える。
「どうしたの?」
「開けてみろよ」
機嫌の悪い海棠に怯えながら箱を開けると中からカメラが出てきた。
「何? これ?」
「お前の兄ちゃんに、お前の写真が欲しいって渡された」
「?」
「会ってきたんだよ、今日」
「どうして?」
「桐生の嫁さんからの依頼」
ああ、と立花は疲れた顔をする。
「ごめんね?」
「なんで誤るんだよ。イライラする」
「うん。だから」
それがイライラするんだ! と海棠は唸って頭を掻く。
「よく覚えてないんだけど、余計な事いっぱい話したみたいなんだ……」
「そんなに具合悪かったのか?」
「う〜ん」
はっきりしろよ! と海棠はイラつく。
「まぁ。いいや。お前がいいなら会いに来てくれるの待ってるって言ってたけど、どうする?」
「行くよ…… どこに行けばいいの?」
「え? 自分家だろ?」
「俺、外出た事なかったんだよ? 自分の家の場所なんて分かるわけないだろ? 調べられるようになった頃には引っ越してたし」
立花が拗ねたように言う。
家の場所がはっきり分かっていても帰ろうという気にすらならない海棠には予想外だった。
「これがなかったら一生会えなかったな!!」
海棠は無性にイライラして吠えるように言った。
▽▲▽
数日後。
立花、海棠、何故か桐生とその二人の妻、その上護衛と大人数で立花の兄の元を訪れていた。
「前の家は普通だったのか?」
海棠が立花にいう。
「外から見たことないもん……」
「ああ、そうだったな」
海棠は頷いて、外観に呑まれて動けない一行の代わりに呼び鈴を鳴らす。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」
前と同じ紳士が丁寧に出迎えてくれる。紳士は立花を眩しそうに見つめてから案内してくれた。
「中は普通なのね」
桐生の派手な方の妻、楓がいう。
「外にお出にならないので内装にはこだわりがあるのです」
「へぇ。センスいいわ」
優しそうな方の妻がいう。
「ありがとうございます。こちらのお部屋です」
紳士が扉を開けると尾花が泣きそうな顔で立っていた。
「おぉ。そっくりだ……」
今まで静かだった桐生がいう。
「なあ。お前らのお母さんはどこにいるんだ?」
「ちょっと!」
調子に乗ったのか空気を読んだのか分からない桐生を楓がたしなめる。
「二人とも居なくなったよ」
「…………」
尾花の答えに部屋の空気が凍りついた。
困った海棠が立花を見ると、固まっていた。
「立花?」
「ちっちゃぃ……」
「ああ、これからなんじゃね?」
「兄さんは十歳上だよ」
「えっ!!」
小声でやりとりしていた海棠が突然大きな声を出すので視線が集まる。
「あ〜え〜と、尾花さんは何歳ですか?」
「二十三だけど?」
「ウソ!」
桐生たちが驚く。
「何歳まで背伸びました?」
「…………」
「立花背が高くなりたいな〜って言ってて、へへ」
十三歳で伸び盛りの海棠にもう直ぐ越されそうな身長の尾花に海棠が苦笑いする。
「ごめんね立花」
尾花がようやく立花に話しかける。
「いぇ。兄さん全然変わってなくて驚いてしまって…… 俺の方こそごめんなさい」
「うん。大丈夫、立花は大きくなったね……」
立花の声を聞いた尾花は瞳を潤ませる。
「はい。兄さんは今何をしているんですか?」
「う〜ん。通信系?」
「なんだそれ?」
桐生がいう。
「君みたいな脳味噌がツルツッルな人には分からないよ」
泣きそうだった尾花が急に不機嫌にいう。
一応は占領軍のトップが馬鹿にされて護衛の男たちが殺気立つ。
「ははは、馬鹿に説明できないんじゃアンタの脳味噌も大したことねーな」
桐生がデカイ態度でソファに座ったので、タイミングを失っていた全員が腰を下ろした。
「〜〜、簡単にいうと遠くと電波で情報をやりとりする事だよ」
尾花が嫌々説明を始める。
「無線ってことか?」
「あんな、雑音だらけの音じゃなくて、写真とか、動画とか…… 色々だよ」
「でも電波障害はどうするんですか?」
立花がいう。
今でも電波を使った通信技術はあるのだが、厳しい環境のせいか、まともに使える日の方が少ない。
「流石立花は良く分かってるね! やりとりする情報を細かく分けて色々な方に飛ばして、最終的に集まってくるようにすると、障害もある程度は克服できるんだ」
尾花は実に嬉しそうな顔でいう。
そんな素晴らしい技術が弟の情報収集の為に開発されたと知ったら立花はどんな顔をするのだろうと海棠は思った。
「へ〜なんかスゲーな。俺にも使わせてよ」
「アンタみたいな、運と人当りの良さだけで将軍やってるような人には使いこなせないよ」
尾花は桐生には、いや、立花以外は厳しい。
「おお? 知ってんのか?」
「知ってるよ。情報は命だからね。だからアンタが大した実力もないのに王様の友達だから出世したとか、敵を寝返らせて勝って来たから戦ったことがないとか、よく知ってるよ!
あとは身分違いの
止まらない尾花の口を手で強制的に塞いだ桐生は二人の妻に微笑みかける。
「いくさ?」
「いく先々…… じゃない?」
「いく先々に現地妻でもいるの?」
「居ない。居ない居ない」
妻たちから冷たい視線を浴びた桐生は、突然帰ろう言い出した。
「なんか心配でついてきたけど、全然大丈夫だったし、俺らがいるとあれだから、帰ろうぜ!!」
「いいけど、尾花くんあとで話せるかしら?」
「面倒なのは嫌だ」
「ほら、こいつに迷惑かけちゃだめだろ!」
桐生達は色々と言い合いながら帰って行った。
「アレが次の頭かぁ……」
「良かったですね」
尾花の呟きに紳士が答える。
「尾花様があんなにお話しされるのは立花様が居なくなって以来です」
「そうなんですか……」
こじれ過ぎだろう、この兄は、と海棠は思った。
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