第5話 走馬灯


 レオモレア王の桐生は数日前から風邪をひいて寝込んでいる。

 元々寿命の短いハイブリッドが四十代まで生きている事が奇跡に近い。医者達は”いつ何が起こっても不思議ではない”と言っている。


 立花は寝室で別人のようにやつれた桐生を見つめる。

 立花と桐生が始めて出会った時、十三歳の頃。今とは逆で死に掛けていたのは立花の方だった。



「死にたくないか?」

 朦朧もうろうとする意識の中で立花は自分が何と答えたのか分からない。

 ただ痛みに目が覚めた時にがっかりした”まだ終わらないのか”と。




  ▽▲▽




「よう。調子はどうだ?」

 薄っすらとした意識の中で、大人の男の人影と軽薄そうな声が聞こえる。


「だいじょうぶ、」

「そうか、もう少し我慢してくれるか? 今、人を呼んでる」

「だれ?」

「お前の仲間、 行方を追わせてる」

「ああ」

 立花はそれだけ言うとまた眠ってしまった。




 それからすぐに現れた海棠は立花の状態を見てうろたえた。


「大丈夫だよな?」

「出来る事はやった。後は本人次第らしい」

 派手な格好の桐生を睨み付けた十三歳の海棠の瞳は潤んでいる。


「ふざけんな……。お前何やってんだよ。勝手に死ぬんじゃねーぞ。お前の命は俺のものなんだからな」

 海棠は立花に呼びかける。


「何? お前ら恋人?」

「はぁ? ンなわけねーだろ。こんな奴大っ嫌いだ」

 桐生が軽い感じで話しかけるが、海棠は実に煩わしそうだ。


「じゃあ何?」

「貸しがあるんだよ」

「何の?」

「俺のせいにして勝手に死のうとしやがったから、こいつがいつ死ぬかは俺が決めるんだ」

「へ~じゃあ大丈夫だろ~」

 桐生は軽く言って海棠の頭をなでる。


「やめろ! で何があったんだよ?」

「ん~? お前らに商品の警護を頼んで、その商品を盗賊のふりしたお前らに盗られたと気づいた商人が、仲間のこいつに報復をした。

 そん時がたまたま、俺の軍が街に入って来た所で、死にかかってるこいつを見つけて保護した」

 海棠は嫌そうに舌打ちする。


「その商人は?」

「事情を聞いて、帰した」

「俺らはどうなる?」

 海棠達の行いは通常の窃盗だけでなく、詐欺にも問われる罪だ。


「別に何も」

「なんで?」

「占領軍の俺達にとっては商品がこの街にすんなり入らない方が良かったし、俺達がどうこうするのは”これから”だけだ。過去のことは関係ない。商人にもそう言ってある。もちろんお前らもそうだ」

「分かった」


 以前の国は負けてなくなってしまった。新しい国では以前の罪は問わないらしい。


「よく考えたな」

 桐生は相変わらず軽い調子でいう。


「何が?」

「二重取り。警護の代金貰って、商品の一部は別の仲間に盗ませる。被害にあっても商品のほとんどは守ってるから評判は上がる。いい考えだ」

「バレれば一緒だろ」

「まあなぁ。ちなみにバレたのは誰かが最近の商品を街で売りさばいたからだ」

「チッ」

 海棠の舌打に桐生は満足そうな顔をしている。


「じゃあ、海棠君。立花君が動けるようになったら、桐生将軍の所まで来るように」

「誰それ?」

「俺」

「あんた将軍だったのか……」

 事実上のこの街のトップに海棠はため息で答えた。




  ▽▲▽




 一週間ほどして立花が動けるようになったので、二人は学園に戻った。

 学園は前の国が”子供を集めて教育する事”を建前に作った子供用の強制労働施設の様な所だ。


 久しぶりに戻った学園はすっかり桐生の軍に占領されていた。そこでフラフラしていた桐生に会って軍に勧誘されたが断った。




「海棠は軍に入いればいいのに」

 まだまだ貧血気味で青白い顔の立花がいう。


「なんでだよ。てか軍って何すんだよ?」

 海棠は桐生達が来てからは暇なので機嫌が悪い。


「戦争?」

「そんなん嫌に決まってんだろ?」

「え〜今と何が違うの?」

「命令されんのと勝手にやるんじゃ大違いだろ」

「ふ〜ん」


 二人が話しながら部屋に帰ろうとしていると、二人の派手な女性に率いられた軍の集団がやってくる。


「ねぇ、君達桐生将軍を見なかった?」

「あっちに居ましたよ」

 優しそうな方の女性に話しかけられた立花が答える。


「良かったら案内してくれない?」

「はい……」

「俺が行くから、お前は戻って休めよ」

 海棠が病み上がりの立花を気遣って言う。


「あら? 君、具合悪いの?」

 優しそうな女性は立花の顔を覗き込んで顔をしかめる。


「真っ青じゃない。お部屋はどこ? 連れて行って上げるわ」

「いえ、一人で大丈夫です」

「いいの。遠慮しないでお姉さんに任せなさい」


 優しそう改め強引な女性は護衛の様な男に、十三才とは思えない小柄な立花を抱っこさせて行ってしまった。


「案内お願い……」

「はい」

 残った派手なお姉さんに言われた海棠はさっき行ったばかりの桐生の元に戻ることになった。




「おお、気が変わったか?」

 海棠を見つけた桐生がいう。

「んな訳ないです……」


「ああ、楓かぁ。こんなとこまでどうした? まだ危ないぞ?」

 桐生は明らかに海棠よりも目立つ集団にようやく気がついた様に話しかける。


「そんなこと言って、勝ってから全然連絡しないからでしょう!」

「あ〜心配してくれたんだ〜ありがとう」

「〜〜……」

 楓は恥ずかしいそうにしている。


「?」

「あの二人新婚なんだ」

 海棠に桐生の仲間が教えてくれた。


「さっきもう一人女の人居ましたけど?」

「あの人も桐生様のお嫁さん」

「二人も?」

「うん。三人で結婚式挙げて、すぐにここの国と戦争になったんだよ」

「はぁ。無事で良かったですね」

「本当に……」


 桐生の仲間は微笑ましそうに新婚夫婦を見ながら雑談している。正規軍をまともに知らない海棠でも、ここの軍はユルそうだと思った。




 しばらくすると優しそうだった方の女性がやってきた。


「桐生様お願い。人を探して!」

「いいけど、誰を?」

「立花ちゃんのお兄ちゃん」

「えっ? 何で?」

「だって五才でここに来てから一回も会ってないんですって! かわいそうじゃない!」


「海棠、お前なんか知ってる?」

 桐生は突然話をふってきた。


「詳しくは知りません」

「じゃあ君が探して! お金は桐生様が払うから」

「依頼ってことですか?」

 学園は子供達を使った派遣会社の様な所だから人探しも仕事のうちだ。


「あ〜じゃあ、頼むわ〜。確かなんかの商家だったよな?」

 桐生が軽く言ってくる。


「はぁ。見つけて何をすればいいんですか?」

「立花ちゃんに合わせてあげて」

 優しそうだった女性に言われ、海棠は依頼を受けることになった。

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