第4話 立花のおねがい

 子供たちに連れ帰られた立花を見た棗はホッとしたような笑顔で迎えた。

 何事もなく夕食をとり、子供たちが寝て二人きりになった。



「立花様、棗は別に怒ってなかったんですよ? 立花様にも色々と立場があるというのは分かっているんです」

 棗は立花に改めて伝える。


「うん。分かってる。でも俺は、棗に許してもらいたくないんだ」

「どういう意味ですか?」

 立花は何故か恥ずかしそうにしている。まさか……。


「SM的な意味でですか?」

「全然違うよ! ただ棗に小さな子供を殺そうとするような事を認めてもらいたくないの!」

 立花は珍しくツッコんでくる。慌てた様子が少し怪しい。


「……棗も多少戦略的なことは教わってますよ?」

「棗は戦略的に考えないで! 子供は誰からも大切にされるべきだって言って!」

 何故か立花はたいそう不機嫌で棗には意味が分からない。


「それは子供は大切にされるのが理想ですが……」

「俺の棗は理想とか言わないの」


 棗は少し考えていう。

「……、立花様サイテーです。あんな小さな子供にひどいです」

「なつめぇ!」

 何故か立花は感動したように涙目で棗に抱きついてくる。謎だ。


「誰かに怒って欲しかったんですか?」

 棗は立花の頭を撫でながらいう。


「分かんない……。分かんないけど嫌だっんだ」

「断ればよかったのに」

「違うよ。棗の事だよ」

 本人すら分かっていない気持ちが分かるはずがない。

 分かるのは立花がそれはそれは情緒不安だということだ。


「もう寝ませんか?」

「やだ。棗眠いの?」

「眠くないですよ」

「じゃあ聞いて」

 立花はようやく棗を解放する。


「あの……その……」

「なんですか?」

「ええと……」

 よほど言い辛い事なのだろう。立花は相変わらず涙目だ。


「りこんして下さい……」

「はい?」

「あの……」

「離婚ですか? なんで?」

 棗が驚いて立花を凝視する。


「ええっと桐生様がね、具合悪くて……多分……ながくないんだ……」

 立花は泣きそうだ。


「それは……大変、ですね。でもそれでなんで離婚になるんですか?」

「桐生様がいなくなると戦争になるんだ。俺と一緒にいると危ない」

 立花は涙をこらえて真剣にいう。


「棗は立花様より強いですよ?」

「そうだけど、でもお義父さんの所の方が安全だろ?」

「離婚しなくても戦争の間だけ帰れはいいじゃないですか」

「それじゃダメなんだ。俺は狙われるから……」

 立花は棗の様子を伺っている。


「意味が分かりません!」

「う〜、とりあえず離婚……」

「絶対しない」

「形だけでも」

「ダメ! 納得できません! ちゃんと説明して下さい!」


 立花は深い深いため息をつき、誰にも言っちゃダメだよ? と何故か桐生の事を話し始めた。




 実は桐生は逃げ出したハイブリッドで、元は実験体としてかなり酷い目に遭っていたらしい。そして廃棄処分にされそうなところを仲間と共に国を逃げ出したようだ。


「それからも色々遭ったみたいで、とにかく国を恨んでるんだ。できる事なら皆殺しにしたいって、言ってた……」

「なんで今頃なんですか? もっと元気な時にしておけばよかったのに」

「…………」

 人の気も知らないで、と立花は思う。


「色々と理由があるけど……反対してる人が多かったのが一番かな? 今もいるんだけど、時間がないからって……」

「……何となく分かりましたけど、立花様が何故狙われるんですか?」

「誰よりも協力するから……」

「何故?」


「最初に軍に入る時にね、約束したんだ。俺にも見せてくれるって……」

「なにを?」

「…………復讐」

 棗は怪訝そうな顔だ。


 しかし立花は今でも桐生に勧誘された時の昏い喜びをよく覚えている。


「とにかく、これから酷いことになるから、棗は子供達と帰って」

「いやです!」

「危ないんだよ?」

「立花様は弱いんだから危ない事しちゃダメです!」


 棗は怒っているらしい。


「……分かった。戻ったらもう少し説明するから……」

「またどこか行くんですか?」

「言ったでしょ? 桐生様具合が悪いって……」

「いつ帰ってくるんですか?」

「……んー二週間でとりあえず戻るから」


「約束ですよ!!」

 棗はちゃんと待ってくれるらしい。

「ありがと……」


 叶うならもう少し時間があればいいと、立花は願う。




  ▽▲▽




 そして翌日、立花は王都に行ってしまったので棗は立花の兄の家に相談に来ている。


「どう思いますか? 棗何かしたんでしょうか!!」

 棗は泣いているのか怒っているのか分からない様子だ。


「……知らないよ……。何かあっても立花は言わないでしょ? 心当たりはないの?」

 棗の前では立花を病弱にした様な容姿の尾花おばなが静かにお茶を飲んでいる。


「……んー、なんか怒ってないって言ったら、棗は怒らないとダメみたいな事を言ってました」

「何それ? 意味不明だね。とりあえず僕じゃ何にも分からないよ。話す相手間違ってない?」

「だって! こんな話他の人したら大変なことになります……」

 棗は声を潜めていう。

「なんで?」


「いいですか尾花さま、この国では結婚するとモテるんです」

「は?」

「だから、こう……禁断の恋みたいなのが、他人の旦那さんやお嫁さんじゃないと成立しないでしょ?」


 レオモレアに関わらず、恋愛はフリースタイルが浸透し近親者や幼児相手でもない限り問題視されない。そんな中で既婚者というのはなんとなく背徳感のある恋愛対象として人気なのだ。


「でも別に何人で結婚してもいいじゃないか」

「でも! なんか、人のものって感じがして、いいらしいです……」

「つまり、立花が離婚を考えてるなんて知られたら面倒なことになるってことか」

 弟は普通の女の子十倍可愛いとか言い出す重度のブラコンの尾花は納得している。


「一般的なことはともかく、立花様が言ってた復讐って何のことか分かりますか?」

「桐生がアウローラに復讐するってことじゃないの?」

「何で立花様が見たがるんですか?」

「…………」

「人の復讐なんて見てもどうしようもないですよね? どうせなら自分の復讐の方がいいですよね?」

「僕は……なんとなく分かる気がする」

 尾花は少し遠くを見るようにしてお茶を飲む。




「君のお家と違って僕らの育った街は酷い所だったんだ。立花は僕以上に酷い目に逢っただろうし……特定の誰かを恨んでるとかじゃないんだ。

 なんていうか、世界が憎い、みたいな感じかな?」

「尾花様もそうなんですか?」

「うん。長い戦争で負けるような国はね、どこもひどいんだよ」

 棗の生まれた街は大陸一の武闘派が集まる所なので、永く戦渦に巻き込まれた事も負けたこともない。


「そもそも両親が酷かったし」

「お母様が苦手だとは言ってました」

「うん。僕の父親が一年ぐらい仕入れに行っててね、その間に立花が生まれたんだよ」

「尾花様も立花様の父親が誰か知らないんですか?」

 尾花は大陸中の通信網を牛耳る大企業の社長だ。知らないことなど存在しないと棗は勝手に思っている。


「当時十歳だよ? 流石に分からないよ。店にはいろんな人が来てたし」

「そう、ですよね? 立花様はお父様に無視されてたんですよね?」

「うん。というか僕がほとんど面倒見てた。可愛かったなぁ……」

「それで立花様は何で家を出されたんですか?」

「ええっと……」

 尾花が珍しく言いよどむ。


「僕の所為なんだ……。立花が五歳になる前にね、お友達が出来たんだよ」

「えっ!! 尾花様お友達いたんですか?」

「違うよ、立花に友達が出来たんだよ」

「ああ、そういうことですね!」

 体質的に日光を浴びれず、性格に難のある尾花は棗以外お友達がいない。


「それで立花も居なくなっちゃうって思って……」

「何したんですか?」

「ん~僕病気だろ? だから立花は外で遊んだことなかったんだ。でも友達が外で遊んでくれて、嬉しかったんだって、それで……僕にも外で遊ぼうって言ってくれって……」

「病気だって分かってるのに何もしないで外に出たんですか? なんで??」

 棗はつい攻めるような口調になる。


「友達が出来て外に行くようになったら僕のこと忘れちゃうって思ったんだ……僕だけの立花が居なくなっちゃうって、だから自分の所為で僕が死んだらずっと覚えててくれるかなって……」

 聞いている間にどんどん棗の視線が冷たくなっていくので、尾花の声も小さくなる。


「そしたら病気で死に掛けて、その間に立花様は家を追い出されてたんですか?」

「そう!! 本当に最悪だった。苦しい思いするし、立花が居なくなってるし」

 尾花は本当に悲しそうだ。


「だったら、ご両親がいなくなってすぐに立花様を迎えに行けば良かったのでは?」

「だって立花友達がいっぱい居たんだもん! 僕のこと怒ってると思ったし……それに、店に強盗が入って両親が殺されたから会社がちゃんとなるまで大変だったんだ……」

「本当ですか?」

 棗は疑いの眼差しを向ける。


「うぅ、色々作って少しだけ見てただけだよ……」

「それで満足してたんですか?」

「うう~~だって怖かったんだもん」

 尾花の話では立花に会うのが怖かったから遠隔で見守るために通信技術を開発したらしい。ストーカーの鏡である。


「立花に謝っておいて……」

「ご自分で謝って下さい!!」

「無理だよぉ」


 尾花と立花は情けないところがよく似ている。

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