顛末、そして森の中。

 馬車はガタガタと不安定に揺れながら、森の間に作られた道を進んでいく。


 2頭の馬たちは、従順に足を進めている。御者役の巡視官に手綱を任せると、ラデリンは荷台の戸をくぐった。

 護送用に用意された木製の客車は、人が3人も横になればいっぱいになる程度の広さしかない。

 今は、その半分が檻に占領されていた。


「………気分はどうだ」

「んー、ま、悪くないっすね」


 檻の中、特殊な紋様の刻まれた鉄の手枷妖精殺しの枷を嵌められたまま、リドルはニヤリと笑った。


「王都まで、どのくらいっすか? 俺寝てて良い?」


 何となく――何処と無く、晴れ晴れとした態度だ。

 原因は、あの少女騎士か。

 ラデリンはため息を吐いた。10年も掛けて自分には出来なかったことを、ディアは1日でやって見せた。


 リドルがその心の裡に何かを抱えていることは、流石に気が付いていたが。

 それに触れることを、ラデリンは恐れていた。


「………お前の裁きは、内密に処理される。余程キルシュの醜態を隠したいらしいな」

「あー、まあ、ありゃあちょっとダサいですもんねぇ。………んで、は?」


 ヘラヘラと軽薄に、しかし、それまでの作り笑いとはまるで違う、血の通った笑いを浮かべるリドル。

 こんな風に、もっと早くから笑い合えたなら。きっとこうはならなかったろうに。


「………恐らく悪い。どう低く見積もっても、反逆罪で………

「はは、ですよねー」


 貴族への攻撃、それも、巡視官が行った犯行だ。罪が軽くなる要素が1つもない。

 どうしようもない。世界を包む秩序は、リドルの生存を望まない。

 唇を噛むラデリンに、リドルは苦笑する。


「はー、何て顔してんすか、先輩。はは、懐かしっ! 10年前も同じような顔してましたね!」

「………すまん」

「いやいや、あんたが謝ることじゃあ無いでしょ。俺が勝手にやったことっすよ。やったことの責任は、まあ、取らないと」

「すまん………俺は、お前から、今、今度はお前を………!」


 12年前。

 


 森を出て家族を築いた【魔女】を、王国は許さない。人の領域にはみ出た魔は、すべからく狩られる運命だ。

 話し合おうと出てきた父親も、同じ運命を辿った。

 生き延びたのは――逃がされた子供。


 それから2年後。

 街のごみ溜めで見つけた少年は、己の名前すら知らずに、生きるために生きていた。

 その、希望の無い瞳に射竦められた時、ラデリンは理解した。

 自分は、少年から過去と未来を奪ったのだと。だから、その時から。


「………ここに、鍵がある」

「は? いやいや、先輩? なに考えてんすか?」

「これさえ外せば、お前は魔法が使えるだろう。そのまま、逃げろ」

「なに言ってんすか、んなことしたら、あんたは」

「俺のことは良い………!」


 窓の外は、何処までも続くような森。

 王都へ向かうために通らなければならない、【魔女の森】だ。

 普通の人間が出歩けば、【魔女】の餌食だが、リドルならば。


「………俺は、お前を本当の子供のように思ってきた。だが――血縁者の下へ、帰るべきなのかもしれん」

「いや、それは………」

「俺は、かつて秩序のために【魔女】を殺した。お前まで、殺したくはない。だから」


 逃げろと。

 最後まで言うより早く。


 






「っ、かはっ、くそっ………」


 檻は頑丈で、枷もまた頑丈であった。

 馬車がバラバラに壊れるほどの衝撃。それにも耐えた鉄の固まりに、全身を強か打ち付けたリドルは、咳き込みながら辺りを窺う。

 いったい、何が?


 襲撃には違いないだろうが、巡視隊に護送される輩を襲うなんて馬鹿を、誰がやる?

 まして、中身は【魔女】の出来損ない。何の価値もない筈だが。


「せんぱいは………」


 見渡す限りには、誰も居ない。

 余程吹っ飛ばされたのか。眉を寄せるリドルの耳が、がさりという足音を聞き取る。

 次の瞬間、はもう到来していた。


 横倒しになった檻の上に、岩が着地する。

 いや、それは岩ではなかった――そう見えるほどの、筋肉マッスルだ。

 刃さえ弾きそうな胸板を、丸太のような腕を、惜しげもなく晒した彼は、上半身に何もまとっていない。しかし、下半身のズボンのピチピチ具合を見れば、案外何も着ていない方が自然に感じられた。


 のし掛かる岩山のような筋肉を見上げながら、その顔を見て、リドルは眉を寄せた。

 毛むくじゃらなその顔は、


人狼族ウァーウルフ? まだ生きてる個体が居るなんてな」

「………

「あぁ?」


 呟いた言葉に、リドルは首を傾げる。

 が、次の言葉に、目を見開いた。


「なんだと?」

「………我が主の死に関わった、暗殺者。その匂いがする!」

「うおおおおっ!?」


 怒りのままに人狼は檻から飛び降りると、

 転がる檻の中で再び身体を打ち、リドルは呻き声を上げた。


「ちょっと乱暴過ぎるだろ、くそっ………」

「人間………! 全て語れ!!」

「頼むんなら、相応の態度ってもんがあるだろ犬っころが!」

「ならば、身体に聞くまでだ!!」


 爪と牙を剥き出しに、人狼が迫ってくる。

 やれやれ、とリドルは肩をすくめた。一足早いが、処刑の時間となりそうだ。

 それも良いか。

 犬に食われるなんて、自分にはお似合いの結末かもしれない。


 怒り狂う人狼の前では、鉄の檻など容易く破壊されるだろう。振り上げられた爪を無感動に眺めながら、リドルは静かにその時を待ち、


「リドルっ!!」

「っ!?」


 聞き慣れた声が、耳を打った。

 見慣れた背中が、立ち塞がった。

 見たこともない鮮やかな【赤色】が、檻の中へと降り注いだ。


「リ………ドル、逃げ………ろ………」

「せん、ぱい………?」

「………チッ、時間を掛けすぎたか………」


 鼻をひくつかせ、人狼は顔をしかめた。


「暗殺者に伝えろ。必ず仇を討つとな」

「………は? おい、どこ行く気だよてめえ………!!」


 身を翻し、人狼は森に消えていく。

 


「待てよ………待て………待ちやがれてめえぇぇぇぇぇ!!」


 檻の中で、枷を嵌められ、打つ手もなく。

 少年の咆哮は、誰にも聞かれず消えていく。

 ………筈だった。


 


「喧しいのぅ、まったく。これだから俗世の輩は迷惑じゃ」


 煩わしそうに、楽しそうに。

 老練な口調で、幼い声が響く。

 突然現れた。森そのものを凝縮したような、深い緑のワンピースに身を包んだ、リドルやディアと同じくらいの年齢にしか見えない、長い長い髪の少女が。


 その、金色に輝く瞳に、リドルは覚えがあった。


 自分以外にそれを持つ者は、最早この世に一人しか居ない。


「………てめえが、【森の貴婦人フォレスト・ミストレス】………?」

「いかにも」


 悠然と、泰然と。

 自然を司る少女は、ニヤニヤと笑いながら頷いた。

 【魔女】は嗤う――それが、彼女の役割だというように。


「初めまして、そして、ようこそ我が森に。歓迎するぞ、

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暗殺者クロナの依頼帳Ⅳ 無影の殺人者 レライエ @relajie-grimoire

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