死闘の決着
リドルは、持てる魔力の全てを、その一撃に籠めていた。
放つ寸前、ディアの剣から赤色が全て消費されるのが見えた。
回数制限の在る武器には、回数を注ぎ込んで威力を上げることが出来るものが多い。だとすれば、放たれる攻撃がどれ程のものか、甘く見積もるのは危険である。
加えて、形状は突き。
全ての勢いが一点に集中するのだ、生半可な攻撃では、防ぐことは難しい。
だからこそ、リドルは全力を出したのだが………。
「………ちぃっ!!」
それでも尚、勢いは五分だった。
いや、良く見れば、リドルの赤雷は徐々に圧されている。
――拮抗も、出来ねぇのかよ!!
じりじりと呑まれていく雷槍を見ながら、リドルは歯を食い縛った。
駄目なのか。
自分では、やはり届かないのか。
「う、お、おおおおおおお!!」
いいや。
違う、違う違う違う!!
正しい筈だ、間違っているのはこの世界の方だ。どうしようもないくらいに掛け違ったボタンをつけ直すには、一度ぶち壊すしかないのだ。
「おおおおおおおっ!!」
リドルの【
魔力は既に空で、
………リドルの気迫が乗り移ったかのように、赤雷が【
「っ、は、はは、ははははははは!!」
勝った。
雷撃は攻撃を呑み込み、ディアの立っている場所に降り注いだ。
幾らなんでも、あれを受けては生きていられない。
「はははははははは、はは、そっか、そうだよなぁ!!」
狂ったように笑う、リドル。
その眼が、捉えている。
回り込むように左から飛び込んでくる、ディアの姿を。
………リドルの攻撃も、ディアの攻撃も、互いに全てを注ぎ込んだ一撃だった。
ただ――リドルが注ぎ込んだのは魔力であり、それは無くなれば動くことも出来なくなるような代物であり。
ディアの注ぎ込んだものは、ただペンキだったというだけ――マーレンが空になっても、ディアの動きには遜色が無いのだ。
魔力も切れ、最早視認することも難しい、12倍の速度。
それなのに。
何となく、その表情が見えたような気がして、リドルは苦笑した。
あぁ、なんで――そんな、悲しそうな顔をしているんだ。
感想を言うような暇も無く。
ディアの拳が、リドルの顎をとらえ、その意識を刈り取っていった。
「はぁ、はぁ、はぁ………」
荒い息を繰り返して、ディアはようやく、全身の力を抜いた。
少し強めに殴ったリドルは、壁際に転がったまま身動き1つしない。
………死んではいない、と思うけれど。
「………貴方の間違いは、1つだけ」
届いているのか、それとも届かないのか。
リドルは、身動き1つしない。
「たった1つ………それは、貴方が貴方の味方を止めてしまったことです」
マーレンには、最早1滴のペンキも残っていない。魔力はまだあるが………リドルが再び起き上がってきたら、あまり芳しい状況ではない。
それでも――ディアは声を掛け続ける。
「私の故郷では、多分ここよりもっとひどい。
そもそも、名前さえ与えられない者が殆どだ。あそこでは鳥はただの鳥。他ではない誰かになんて、夢にだって見られない。
それでも、それが不幸だと言われるまで、ディアは気が付かなかったのだ。
「貴方は気が付いた――それは素晴らしいことで、この世界には未だ見所はあるということです。けれど、それならば。貴方は逃げるべきではなかった」
一息。
言うべきか、言わざるべきか、ディアは僅かに迷った。
言葉は時に、刃より鋭く相手を切り裂くものだ。扱いは慎重にならなければならない。
迷って、その上で、ディアは続けた。
「世界の破壊に挑むのではなく、世界の歪みに挑むべきでした。実力を隠して不意を討つのではなく、正々堂々立ち向かうべきでした。………騎士であることを、止めるべきではありませんでした」
何故ならば、ディアもリドルも騎士だから。
結局、剣で語るのが、刃をぶつけ合うのが、一番手っ取り早い人種なのだから。
「自分自身の正しさを、胸を張ってぶつけるべきでした。貴方は貴方に、正義を見出だしてやるべきでした。
………私は、強い。世界はもっと強い。そこに挑むのに、片手間では無理です。自分自身と戦っているような暇は、何処を探しても無いのですよ」
届いているのか、いないのか。
届いていて欲しいと、ディアは思う。
「自分は自分の、最高の味方であるべきです。それが、信念というものなのです」
届いて、そして変わって欲しいと、思う。
………リドルは、身動き1つしなかった。
「………やれやれ、これはまた。派手にやったなぁ」
詰所の奥に踏み込んで、私は肩をすくめた。
下級区と異なりそれなりに飾り立てられたホールは、床も壁も抉れ、血と焦げ痕、それからペンキのシミでひどい有り様である。
まあ。
赤の女王の城よりは、マシな状況だろうが。
「クロナ様! ゴーレムは?」
「何とかしたよ。全く、10回くらい吹き飛ばして漸く成仏した。魔術師なんか、殺すもんじゃないな」
「苦もなく………流石です!」
「いや、苦はあったからね? 2度と押し付けないでねあぁいうの」
無邪気に瞳を輝かせるディアに、しっかりと釘を刺しておく。
この子は、私を過大評価する癖がある。暗殺者がゴーレムと真正面から戦うなんて、それなりにレアなことだと覚えてもらわないと。
………でないと、また厄介な奴を置いていかれる。しかも、善意で。
「………リドルは、どうした?」
子犬のように私のもとへ駆けてくるディアに、後ろから着いてきていたラデリンが尋ねた。
重く、そして辛そうな声だ。
無理もない。彼にとっては、激動の一日に過ぎた。肉体的にはともかく、精神的には数回死んだようなものだろう。
ディアでさえも表情を引き締め、固い声で答えた。
「そこで倒れてます。さっき、殴っておきましたから」
「………そうか。殴って、くれたか」
「えぇ。………貴方の仕事だったかも、しれませんが」
「………いや。俺は、何も出来なかったよ」
ゆっくりと、ラデリンはリドルに近付いていく。出会ったときと比べていささか萎んだようなその背中に、私はため息を吐いた。
2人がどんな関係だったかは、知らないが。
父の居ないリドルにとって、そして、子の居ないラデリンにとって、互いに互いを補い合うような間柄だったのではないかと、私は邪推した。
どうでも、良いことだ。
私はディアを促し、そっと部屋から離れる。
ここは、騎士の場所だ。私やディアの居場所ではないし、顛末に関わるべきでもない。
「………リドルさんは」
「ん?」
歩きながら、ディアがポツリと呟いた。
「私の言葉は、届いたのでしょうか。それとも、無意味な言葉だったでしょうか?」
「………さあ。それは、私にも解らないよ。信じるしかないんだ、届いていると、伝わっていると。心が目に見えない以上、そうするしかないのさ」
「………そう、ですね」
ディアが納得したのか。
それとも、受け入れてはくれなかったか。
それもまた、信じるしかないことだ。
神様みたいに。
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