雷撃との決闘
リドルの剣から迸ったのは、血のように赤黒く濁った雷だった。
古来より、天から地へと向けられたその槍は神の怒り、天の裁きとして恐れられたものだ。
神聖にして厳粛。
不可避なる破滅と死の
それを放っておいて尚、リドルは感心したように短く「凄いな」と呟いた。
「初見で【
「………」
「けど、解ってるだろ? 防いでも無駄だって」
その通りだ。
マーレンを支えに方膝をついたディアは、自分の身体に赤黒い魔力を感じていた。
感電。
雷は細い茨のようにディアにまとわりつき、時折蠢いて、ディアの動きを阻害している。
電気の恐ろしいところは、この貫通性にある。鎧や兜を着込んでも、雷は容赦なく肉体を焼くのだ。
マーレンの【
水は電気を流す。
液体に包まれたマーレンでは盾の役割はもちろん果たせず、ディアの全身は荒れ狂う雷に晒されてしまった。
「意識があるのはタフだと思うがね。もう、まともには動けないだろ………って、うおっ!?」
踏み込み放った逆袈裟掛けの一閃は、咄嗟に仰け反ったことでかわされた。
やはり、早い。
動きが落ちているとはいえ、ディアの一撃をかわすとは、単なる才能だけの男ではないらしい。
恐らくは、あの【
「マジかよ、え、動けんのそれで」
23歩、踊るような軽やかなステップで後退り、リドルは苦笑を浮かべた。
やれやれとばかりに肩をすくめると、不意に鋭い視線でディアを射抜く。
「無茶苦茶してくれるよな、ホント。けど、それだけの実力なら、俺の言ったことが解るんじゃねえの?」
「言ったこと?」
「生まれが実力を凌駕するって話さ。君もさ、そうなんだろ? 貴族でないから、認められないから、だからあんな、暗殺者なんかに、」
「………それ以上は、許しません」
リドルは、息を呑んだ。
心臓から溢れるような世界への憎悪を、つかの間忘れたほどだ。それだけの威圧が、ディアから放たれていた。
あと一言でも、クロナ様を馬鹿にするのなら。何がなんでも殺すという、明確な殺意。
「私は、私の意思でクロナ様に仕えています。それは恩義のためでもありますが、同時に、あの人が世界で一番強く優しいからなのです。不平不満はありませんし、恥だとも思いません」
「………それに、未来なんかねぇだろ。周りから白い目で見られ続ける一生だ」
「それで? それが?」
ディアは、心底不思議だと言うように首を傾げた。目の前の人間と、言語体系がまるで違うとでも言いたげに、純粋な疑問で尋ねた。
「私の人生です。私以外の人間の評価に何の価値があるのですか?」
「それは………」
「貴方の間違いは、そこです。貴方の人生の正しさを、周囲の理解に求めたところです。だから貴方は………世界に敗北したのです」
「なん、だと………?」
ギシリ、と軋むほど、リドルが剣を握り締めた。
荒れる内心を表すように、魔力が赤黒い蛇のようにのたうち、彼の身体から雷撃を撒き散らしている。
元々凝り固まった不気味な色を放っていた瞳からは冷静さが消え、灼熱の憤怒が照らし出していた。
明らかに、危険な状態だった。
進むか、戻るか、危ういところで揺れていたリドルの意志が、憎悪へと大きく傾いていく。あとは、もう転がり落ちるだけ。
それを理解していて。
ディアは、それでもハッキリと言った。
言い切った。
「貴方は、間違っています」
「………く」
「愚かで、そして何よりも、哀れです」
「く、くくく、くはっ、はははははは!!」
リドルの哄笑を、狂笑を、ディアは真正面から受け止める。
痺れは取れた。赤く染まるマーレンを手に、ゆっくりと立ち上がる。
「………貴方を叩きのめします、依頼人様」
「やってみろよ! 下働き!!」
少女は冷静に、少年は狂騒に。
神秘の剣士が向かい合う。
「【
「【
マーレンに籠められた赤いペンキ。
魔力が混じったそれが凄まじい振り抜きで刃となり、リドルへと翔ぶ。
応じるは、赤黒い槍。
リドルの命に従い、赤雷が横に疾る。
人為的な天災は、赤い三日月と激突し、共に消滅した。
「相殺………、けどまだだよなぁ!!」
叫ぶと同時に、剣を振るう。
弾け飛ぶ三日月の陰から、ディアが矢のように突撃してきていた。
常人ならばそのまま串刺しだろうが、しかし、リドルはそれを受けて見せる。
魔女の血を利用して、リドルは自らの肉体を強化、制御しているのだ。
通常の巡視官はおろか、先輩だって届かない、通常の7倍の世界。
にも拘らず、リドルの顔には苦笑が浮かぶ。
「はあっ!!」
気合い一閃。
受けた剣ごとリドルを、軽々浮かして吹っ飛ばすディアの動きは、7倍でさえ追い付けない。
その全身を包む魔力のあまりの濃密さに、リドルはため息すら出てくる。
――化け物かよ、ったく、これで場末の暗殺者見習いだってんだからな。
接近戦は無謀だ。弾かれた勢いそのまま、距離を取ろうとするリドルに、ディアが更に飛び込んできた。
こっちはまだ空中だってえのに………!!
舌打ちし、リドルは剣を構えた。
「っぐおおお?!」
折れるどころか、腕ごともぎ取られそうな重撃に、歯を食い縛って耐える。
「【
「っ!!」
打ち合う剣に、雷を纏わせる。ディアの剣越しに感電させてやろうと思ったが、魔力を読まれたのか、即座に蹴り飛ばされた。
雷撃を、見てから反応するなってぇの!
あまりにも理不尽な、身体能力の差である。内心毒づきつつも、リドル念願の間合いをとることが出来た。
あとは、動きを止めて大技を叩き込む。
そのためには、軽く一撃でも入れて、相手を麻痺させることだ。
「数打つしかねぇよなぁ! 【
詠唱と共に、空中に光球が浮かび上がった。
握り拳ほどの大きさのそいつらは、一つ一つが雷だ。
リドルの号令に従って、球体が一斉に降り注ぐ。ディアはかわすべく身構え、そして、何かに気が付いたようにその動作を中止した。
「ははは!! 正義の味方は大変だなぁ?!」
そう。
ディアの背後には、キルシュがいる。かわしたら、この雨に晒されるのは彼の方であるが、あの貴族様がディアほどタフだとは思えない。
味方だとやたらウザったかったが、初めて役に立ったものだ。ほくそ笑みながら、リドルは雷雨を降らせ続けた。
「………ぅ、うう………」
「………マジかよ。いや、本当に自信なくすぜ。これで、生きてるのかよ」
呆れたようなリドルの呟きに、ディアは言い返すことも出来ない。
くまなく雷雨を浴びた全身には、赤黒い茨がところ狭しとまとわりついていて、ぴくぴくと小刻みに痙攣するばかりである。
流石に、防ぎきれなかった。
何とかキルシュは無事だが、お陰でディアは大惨事。全身至るところがストライキを起こしていて、自分のものでは無いみたいだ。
詠唱が、早すぎる。
強化された身体能力での詠唱だ、一小節など一瞬で唱え終わる。
加えて言えば――これはディアは知る由もなかったが――魔女の詠唱は魔術師のそれと比べて格段に短い。
自分を中心に世界を歪め、幻想を実現する魔術師に対して、魔女は、ただ在るだけで良い。我は魔女、故に魔を紡ぐ――それこそが世界の真実であり、長々と呪文を唱える必要がないのだ。
元より短い詠唱が、加速されて行われる。隙など、在るわけがない。
なら、とディアは決意する。
無いなら創るしかない。
最早虫の息にみえるディアに、リドルが
それが、放たれた瞬間。ディアは、小さく呟いた。
「【
言い終わるのと、同時。
12人のトランプ兵が、部屋中に散らばった。
「ちょ、え、はああああああ?!」
目標を見失い、雷は地面に着弾、霧散する。
お返しとばかりに、12本のペンキの刃がリドルへと殺到する。
リドルは舌打ちし、周囲に雷撃を放ってどうにか相殺。
それを見届けて、12人は声を、意識を再び合わせる。
「「「「「「「「「「「「【
「っ!! んだよ、それ。緊急回避みたいなやつか?」
「似たようなものですが。とにかく、これで、麻痺は消えましたよ?」
バラけたことで、感電は解除された。
自身の雷撃を2度も受けて、再び立ったディアを睨みながら、リドルは唇だけで笑った。
「そうかい。それで? 今の大道芸をもう一度やってみるか?」
「………」
まあ、無駄だ。
ディアは、【王権】で結集することで12人分の力を持っている。バラけては、それが一に下がるだけだ。
相手は7倍。1倍で勝てる相手ではない。
それに、とディアはマーレンを見た。刀身は、4分の3ほどが透明になっている。
あれは燃費が悪い。
この残量では、あと一撃だろう。ならば。
「………最後の、一撃です」
「ははっ、おいおい、本当に馬鹿正直だな。まあ、こっちとしても、そろそろ締めにしたいんでな。その勝負、
リドルの剣に、赤雷が渦巻いていく。
ディアの剣に、赤光が満ちていく。
「いくぜ、【
「【
奇しくも2人が放ったのは、一点突破の突きであった。
互いの全力を細く鋭く固めた一撃が、両者の中央で激突する――。
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