やっぱ鉄の斧がいいよね

逃ゲ水

ある木こりの話

 昔々、あるところに、一人の木こりがいた。

 木こりは毎日鉄の斧を担いでは森へ向かい、木を切って生活をしていた。


 その日も、木こりは湖のそばの木を切り倒そうとしていた。


「よっ、せっ、と。この木はなかなか切れねえなぁ。思いっきりやんねえとダメか」

 木こりは一人呟きながら、木に斧を打ち込んでいた。けれど木こりの言う通り、その木はなかなか倒れそうになかった。

 そこで木こりは斧を大きく振りかぶり、

「おりゃあ!」

 勢いよく木に打ち込んだ。

 斧はガコンと大きな音を立て、深々と木の幹に食い込んでいた。

「へっへー。いくら頑丈でもオレと斧のこんびねーしょんには敵わね……え?」

 不意に木こりは素っ頓狂な声を上げた。なんと、食い込んだ斧が深く刺さりすぎて、木から抜けなくなっていたのだ。


 木こりは急に無言になり、顔を青ざめさせた。というのも、木こりは子供のころから木こり以外の仕事をしたことがない。もしも斧が抜けなかったら、金はなくなり、飯が食えなくなり……死ぬ!

「いやああああ! オレの斧返せええええええ!」

 最悪の想像に囚われた木こりは、必死の形相で斧にしがみつき、渾身の力を振り絞って斧を引き抜こうとした。


 格闘すること約一分。木こりはついに斧を木から引き抜くことに成功した。だが、急に抜けた斧は慣性の法則に従って木こりの手からもすっぽ抜けていく。

 そして不幸なことに、木こりの真後ろには湖が広がっていた。

 バッシャーンと派手に水しぶきを上げ、斧は湖に落ち、木こりは再び言葉を失った。


 木こりは子供のころから木こり以外の仕事をしたことがない。当然、泳いだこともないのだ。そんな木こりが湖なんかに飛び込めば、斧を探すどころか溺れ死んでしまうだろう。

「斧……」

 進んでも死、戻っても死。人生最悪の二択を迫られた木こりは、思わず叫んでいた。

「斧おおおおおおおおおおお!!」

 その瞬間、ザッパーンと弾丸もかくやという勢いで、湖の中から女が飛び出してきた。

「え……?」

「あなたの落とした斧はどれですかー!?」

 いきなりの事態に呆然とする木こり。しかし湖の中から現れた女はそんなことはおかまいなしに押し売りのような強引さで話を始める。

「金の斧と、銀の斧と、鉄の斧があるんですけど、あなたが落としたのはどれですか?」

「あんた……だれ?」

 木こりは絞り出すように尋ねた。すると、女は何か嬉しそうに胸を張って答えた。

「私ですか? 私はこの湖に住む湖の女神です! あなたの助けを求める声を聞いて飛び出してきました! えっへん!!」

「ミズーミノメガミ……?」

 だが、そんな自信に満ちあふれた自己紹介も、あまりの急展開に追い付けない木こりにはほとんど理解できていなかった。それから数分間に渡る女神の粘り強い説明により、木こりはようやく状況の理解に達した。


「それで、女神さんは俺が落とした斧を拾ってきてくれたんだな?」

「ええそうなんです!」

 現状を理解した木こりはそう確認をし、女神は自分の手柄に目をキラキラさせて答える。

「だけども、他にも斧があってどれがオレのか分からなかったと」

「そうなんです……」

 今度はひどく落ち込んだ声で女神が答えた。

 木こりはしかし女神の乱高下するテンションを気にすることなく、一人で考えを巡らせていた。

 斧と言えば木こりの命である。良い斧は仕事を楽にしてくれるし、悪い斧は仕事の邪魔をする。つまり斧は木こりの生活を直結していると言えた。

「いい斧をもらった方がいいよなぁ……」

「え? 何か言いました?」

「い、いやいや、なんでもねえよ。ただ……その斧なんだが、見た目だけじゃ思い出せなくて」

 これはもちろん真っ赤な嘘である。だが、他人を疑うことを知らない女神はこれをあっさりと信じた。

「そうですか。じゃあ試しに使ってみます?」

「ほんとか! ありがてえ!」

 そうして木こりの品定めが始まった。


「じゃあまずは金の斧からだな」

 そう言って木こりは金の斧を受け取った。

 金といえば王様のように身分の高い人が持っているものだということは、木こりも知っていた。だったら、金にはきっとすごい力があるに違いない。そう考えた木こりはまず金の斧を試すことにした。

「それじゃあ……それっ!」

 金の斧が振りかぶられ、木にぶち当たる。ゴンと音が鳴り、手ごたえは悪くなさそうだった。

「あ、これがオレの斧……」

 だが、手元に戻した斧を見て、木こりは絶句した。なんと斧の刃がぐしゃりと潰れ、木の幹の形になっていたのだ。

「なんだこれ。こんなの斧じゃねえぞ……」

 思わず本心からそう呟いた木こりから、女神は金の斧を受け取った。

「そうでしたか。じゃあ次のを試してみましょう」


「次は、銀の斧か」

 木こりは銀色に輝く斧を受け取った。

 銀といえば銀貨。それくらいは木こりでも知っていた。つまり銀は価値がある金属なのだと木こりは思った。例えばすごく硬いとか。

「んじゃあ早速……そらっ!」

 銀の斧はガコッと木に命中した。しかも今度はちゃんと食い込んでいる。少なくとも金のような変な感じではなかった。

 斧を目の前に掲げて、木こりはこの斧に変なところがないかを隅々まで見てみた。そして反対側を確認しようと斧を回した瞬間、日光が最高の反射率を誇る銀の斧に反射して木こりの目に突き刺さった。

「うわあ!?」

 眩しさに咄嗟に目を覆った木こりは、その瞬間に銀の斧から手を離してしまっていた。支えを失った斧は重力に引かれて落下、ドスッと地面に突き立った。

「な、なんだぁ今のは……うわあ」

 足元に目をやった木こりの顔から、血の気が引いた。というのも、銀の斧は木こりの足の真横に突き刺さっており、一歩間違えれば足が切れていたに違いなかったからだ。

「こ、こんな危ないのはオレの斧じゃねえや!」


 木こりは斧を担ぎ、家路を歩いていた。その足取りは軽く、鼻歌まで歌っていた。

 木こりが担いでいたのは、いつも通りの鉄の斧。重くて放っておくとすぐ錆びてしまうような斧だったが、軟らかくもないし光を強烈に反射したりもしない良い斧だということがこの一日で木こりは分かったのだった。

 いつも使っている物への感謝。それを胸に刻みながら木こりは小屋に帰った。そこには木こりの弟がいた。

「おや、鼻歌なんて歌ってごきげんだね兄さん。何かあったの?」

 そこで木こりは今日あった出来事を弟に話して聞かせた。

 弟もきっと当たり前にあるものの素晴らしさに気付くだろうと思って語った木こりだったが、話を聞く弟の顔はどんどんと険しくなっていった。

「……兄さん。金っていくらで売れるか知ってる? 銀でもいいよ」

 木こりは首を横に振る。子供の頃から木こりだけをして生きてきた木こりがそんなことを知るはずはない。

「分かりやすく言うと、金の斧でも銀の斧でも、一本で鉄の斧を何十本も買えるお金になるんだよね。もしかすると何百本かも」

 木こりは、愕然とするしかなかった。

「言いたくないけど、やっぱり兄さんって馬鹿だね」

「そうかもしれない……」

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